第六十七話:帰るべき場所
Scene.240 帰るべき場所へ
「…ねぇ、エリナ」
ウチは荒野の焚き火の前で、星空を見上げていたエリナに声をかけた。
「キミのあのデカすぎる実家。そろそろ様子見に帰ろっか」
「え…」
エリナが驚いたようにウチを振り返る。
「強欲と嫉妬。二匹始末したんだ。聖樹様の呪いも、少しはマシになってるかもじゃん?…それに何より」
ウチはニッと笑った。
「エリナの故郷を救わないとね」
「お姉ちゃん…!」
エリナの目に涙が浮かぶ。
「はいっ!」
「聖樹エリュシオン…。賢者の書でしか読んだことのない伝説の地。…承知いたしました、莉央様」
リラも静かに頷いた。
ウチらの次の目的地は決まった。
Scene.241 英雄の凱旋
旅は、来た時とは全く違うものだった。
砂漠の国ソルダートを通過すれば、街の人々がウチらの姿を見て歓声を上げ、道を開ける。解放者の凱旋だ。
やがて、ウチらは再び精霊の国アルベリアの森へと足を踏み入れた。
以前はウチらを拒み、惑わせた結界の森が、今度はまるで歓迎するかのように、自ら道を開き木々の葉がざわめいて、ウチらの帰還を祝福している。
精霊たちがウチらの周りをキラキラと飛び回っていた。
そしてウチらは、再びあの聖地へと辿り着いた。
Scene.242 聖樹の変化
「…ああ…!」
エリナが感極まったように、声を上げた。
目の前にそびえ立つ聖樹エリュシオン。
その姿は以前見た時とは明らかに違っていた。
幹を蝕んでいた黒く腐った呪いの染み。その範囲が明らかに小さくなっている。
枯れ落ちていたはずの枝からは、新しい銀色の若葉が芽吹き始めていた。
そして、樹そのものから、以前よりもずっと力強い、清浄な生命の光が放たれている。
「聖樹様が喜んでいます…!苦しみが少し和らいでいます…!」
エリナが駆け寄り、その幹にそっと手を触れる。
すると、聖樹の意識がウチらの脳内に直接語りかけてきた。
『…ありがとう、我が子らよ。あなたたちが、大地を蝕む二つの呪詛を、滅してくれたおかげです』
だが、その声にはまだ、苦しみが滲んでいた。
『ですがまだ脅威は残っております。残る五柱の大罪が、この世界のどこかで毒を吐き続けている限り、完全な再生は叶いませぬ』
「…へっ。そっか」
ウチは天を突く聖樹を見上げた。
「だったらやることは変わらないね」
魔王への消化不良の復讐劇は終わった。
だがその代わりに、ウチには新しい、そしてもっとデカい目標ができた。
「残りのゴミどもも、さっさと見つけ出して掃除するだけじゃん」
「ねぇ、エリナっち。キミの実家、完全に元通りにしてみせるから」
「はいっ、お姉ちゃん!」
Scene.243 旅の終わりを思う夜
その夜、ウチは一人眠れずにいた。
リラが作り出した豪華な寝室の窓から外を見る。
窓の向こうには、月明かりを浴びて幻想的に輝く、聖樹エリュシオンがそびえ立っていた。
(…ところでさ)
(そんな、簡単にはいかないだろうけど…)
(もし、大罪全部倒して…聖樹様が完全に復活したらさ)
(…ウチ、そのあと、どーすんだろ)
唐突に浮かんだ、あまりにも現実的な問い。
ウチがこの旅のゴールテープを切った、その一歩先。
そこには何が待ってる?
(元の世界ではもうとっくに死んでるわけだし。今更、帰れないよね?)
(…まぁ、帰ったところで、待ってる人もいないけど)
ウチは自嘲気味にフッと笑った。
じゃあ、この世界で生きていくの?
戦いが終わったこの世界で、ウチは何をして?
ウチはベッドで幸せそうに眠っている二人の寝顔を見た。
エリナっちと、リラっち。
ウチのたった二人の相棒。
(エリナっちだって聖樹様が元気になったら、眠りから覚めた星の民の本当の家族とかいるだろうし…)
(リラっちだってなんだかんだ、エルフの元・お姫様だ。故郷の連中と和解する日が来るかもじゃん。…ずっとウチと一緒にいる訳にもいかないよね、そりゃ)
そうだ。
この戦いが終われば、彼女たちには帰る場所ができる。
ウチがその帰る場所を作ってあげるんだから。
でも、そしたらウチは?
ウチはまた独りぼっちになるの?
歌舞伎町で、誰のことも信じられずに、独りで生きてたあの頃みたいに?
胸の奥がきゅう、と痛んだ。
寂しいなんてクソダサい感情。
とっくの昔に捨てたはずだったのに。
(…この旅が終わらないでくれたらいいのに)
そんな最低な願いが心の底から込み上げてきた。
エリナの故郷を救うための旅。
その旅が終わらなければ、ウチらはずっと三人で一緒にいられる。
(…なんてね。これから助けようって聖樹様には、ちょっと罰当たりなこと考えちゃった)
ウチは窓枠に額を押し付けた。
その時だった。
「…ん…おねぇ、ちゃん…」
ベッドで寝ていたはずのエリナが、寝ぼけながらウチの方に手を伸ばしてきた。
ウチはベッドの側に戻り、その小さな手をそっと握ってやる。
エリナは安心したように、またすーすーと寝息を立て始めた。
(…今は、まだ)
ウチはその温かい手を握りしめた。
(今はまだウチは独りじゃない)
(…だったら、それでいっか)
先のことなんて考えるのは全部終わってからだ。
今はただこの温もりを守るためだけに戦う。
ウチは、そう心に決めた。




