第六十二話:傀儡都市
Scene.221 次なる獲物の匂い
獣将軍バエルを討伐し、ドワーフの都を解放してから数日。
ウチらはドワーフたちの過剰なまでの歓待を受けていた。毎日が宴会。美味い酒に美味い飯。新しくなったオリハルコンのネイルも絶好調だ。
だが、ウチは内心焦れていた。
こんな場所で油を売ってる暇はない。
そんな時だった。
ドワーフの長老が、一通の密書をウチらの元へ運んできた。
「救世主殿…。バエルが倒されたという噂を聞きつけた者から、これが密かに届けられた」
巻物を開くと、そこには震えるような文字で助けを求める文面が綴られていた。
差出人はここから南に数週間ほど旅した場所にある、人間の都市国家『ローリア』のレジスタンスを名乗っていた。
『ローリアは表向きは平和な街です。ですが、その実態は魔王軍四天王の一人『妖将ウェパル』に支配された生きた地獄。街の要人たちは皆ウェパルの影の糸に操られた傀儡です。我々は来る日も来る日も、見えない恐怖に怯えながら生きています。どうかバエルを討ち滅ぼした英雄様。我々をお救いください』
「…妖将ウェパル」
リラがその名を呟いた。
「噂に聞いたことがあります。四天王の中でも最も狡猾で残忍な魔術師だと。姿を見せず影の糸で人を操り、国すら内側から腐らせる…。蜘蛛のような女だと」
「蜘蛛、ねぇ」
ウチはニヤリと笑った。
「影でコソコソやってる陰険なのが一番タチ悪いよね。いいじゃん、その蜘蛛の巣ごとウチの炎で焼き払ってあげよっか」
Scene.222 傀儡都市ローリアへ
ウチらの次の目的地はすぐに決まった。
ドワーフたちに別れを告げ、ウチらは南のローリアへと向かった。
鉄牙山脈の険しい山道を抜け、緑豊かな平原へと出る。
そして、旅を続けること数週間。
ウチらの目の前にその都市は姿を現した。
白い美しい城壁。城壁の内側に立ち並ぶ清潔で綺麗な街並み。
「…なんだろ、この街…」
ウチは丘の上からその光景を見下ろして眉をひそめた。
「平和そのものじゃん。でもそれが逆に気色悪い。まるで作り物の人形の家みたい」
ウチらは街の中へと足を踏み入れた。
門番の兵士はにこやかにウチらを迎え入れた。街を行き交う人々も皆穏やかな笑みを浮かべている。
だがその笑顔には感情がなかった。誰もが同じ仮面を被っているかのようだ。
ウチらが近づくと人々は会話をやめ、不自然な笑顔で会釈をして通り過ぎていく。
「お姉ちゃん…」
エリナがウチの服の裾を掴んだ。
「皆さんの魂の光がとても弱いんです…。まるで何かに心を吸い取られているみたいで…」
「うん。街全体がウェパルとかいうクソ女の操り人形ってわけね」
ウチは舌打ちした。
ここはバエルの要塞よりも厄介だ。敵がどこにいるのか、誰が敵なのか、全く分からない。
ウチらは密書に書かれていたレジスタンスとの合流地点…街の裏路地にある寂れた酒場へと向かった。
酒場の扉を開けるとそこには数人の客がいた。
全員が一斉にウチらを見る。
その目は街の他の人間たちとは違っていた。
絶望と恐怖、そしてほんの僅かな希望の色を宿していた。
ウチは静かに言った。
「…『黒狐』だよ。話、聞かせてもらおっかな」
Scene.223 蜘蛛の巣の街
ローリアのレジスタンスのアジト。それは寂れた酒場の地下にある小さなワインセラーだった。
リーダーはオリオンと名乗った。元々はこの街の衛兵隊長だったが、ウェパルにその座を奪われ、今は数人の仲間と共に息を潜めている、疲れた顔の中年男。
「…ようこそ『黒狐』殿。よくぞ来てくれた」
オリオンはウチらの前に街の地図を広げた。
「キミらが知りたいのは『妖将ウェパル』…あの蜘蛛女のことだろ」
オリオンの話によると、ウェパルがこの街を支配したのは武力による侵略じゃなかった。
最初は美しい人間の女の姿で街の有力者たちに近づいた。そして一人また一人と、甘い言葉と魔術で篭絡し、影の糸で傀儡へと変えていった。
市長も、商人ギルドの長も、今の衛兵隊長も、全てがウェパルの意のままに動くただの人形。
「ウェパルはこの街全体に見えない『巣』を張っている」
オリオンは絶望的な顔で言った。
「街のどこで誰が何を話しているか、ヤツは全て把握している。壁にも床にも蜘蛛の巣の糸が張り巡らされていると考えた方がいい。街でウェパルへの不満を口にすれば、次の日にはその人間は忽然と姿を消す。…あるいは意思のない『微笑む人形』になっているかだ」
だからレジスタンスも身動きが取れない。仲間を増やそうにも誰がウェパルのスパイか分からない。
まさにじわじわと真綿で首を絞められるような地獄。
Scene.224 狩りの始まり
ウチが忌々しげに舌打ちしたその時だった。
部屋の隅の薄暗い天井から一匹の小さな蜘蛛がすーっと糸を垂らして降りてきた。
何の変哲もないただの蜘蛛。だがウチのレベル99の直感が警鐘を鳴らしていた。
ウチはその蜘蛛を凝視した。するとその豆粒のような頭にある八つの複眼が、一斉に妖しい紫色の光を放った。
その目はウチらを観察し、分析し、そして嘲笑ってさえいる。
こいつウェパルの“目”だ。
「チッ…!」
ウチは腰に差していたナイフを抜き放つと、音速で投げつけた。
ナイフは寸分の狂いもなく蜘蛛の胴体を壁に縫い付ける。
その瞬間キィィィィン!と、ウチらの脳内にだけ響く甲高い精神的な悲鳴がこだました。
同時に、壁に突き刺さった蜘蛛は黒い煙となって消え失せる。
「な、なんだ今の…!?」
「監視されてたんだよ。最初からずっと」
ウチは吐き捨てるように言った。
「あの蜘蛛女にね」
アジトに戦慄が走る。ここももう安全じゃない。ウェパルはウチらがここにいることを完全に把握した。
「くそっ…!すぐに移動するぞ!」
オリオンが叫ぶ。
だがウチはその肩を掴んで制止した。
「いや」
「もう隠れるのは終わり」
ウチはニヤリと笑った。
「バレたんなら好都合じゃん。ネズミみたいにコソコソ嗅ぎ回るのは性に合わないし」
ウチは酒場の扉を蹴破るように開けた。
そして、外の不気味なほど静かな街に向かって宣言した。
「こっちから蜘蛛の巣のど真ん中に乗り込んであげる!」
ウチの宣戦布告。
蜘蛛女との本当の戦いが今始まった。




