第六十一話:八つ当たり
Scene.217 最初のサンドバッグ
魔王城を後にして数週間。
ウチらは魔王領を抜け、再び人間たちの国境近くの街へと戻ってきていた。
目的はただ一つ。魔王軍の幹部…『四天王』とやらの情報収集だ。
「チッ、どいつもこいつも魔王が死んだってのに、ビビってまともな情報も持ってないし」
酒場のカウンターでウチは悪態をついた。
魔王の死はまだ公にはなっていない。だが最前線の兵士や冒険者の間では「魔王軍の動きが鈍った」という噂が流れていた。それでも四天王の具体的な居場所を知る者はいなかった。
その時だった。
酒場の扉が勢いよく開き、ボロボロの鎧を纏ったドワーフの男が転がり込んできた。
「み、水を…!頼む、水を…!」
男は全身傷だらけ。明らかに過酷な戦場から逃げてきたという有様だった。
エリナがすぐに駆け寄り治癒魔法をかける。
「しっかりしてください!いったい何が…!」
「…要塞が…我らの故郷が…『鉄牙山脈』のドワーフの都が…!」
男は途切れ途切れに語り始めた。
数週間前、魔王軍の大軍が彼らの鉱山都市を襲撃したこと。そしてその軍を率いていたのが魔王軍四天王の一人『獣将軍バエル』であるということを。
「…四本の腕を持つ巨大な魔猿…。山のように巨大で、その一撃は大地を割った…。我らの自慢の戦士団も一瞬で壊滅させられた…」
バエルはドワーフの都を占拠し、生き残ったドワーフたちを奴隷として強制的に武器を作らせているらしい。
ウチはその話を黙って聞いていた。
そしてニヤリと口の端を吊り上げた。
Scene.218 鉄牙山脈へ
「決まりだね」
ウチは立ち上がると、エリナとリラを見据えた。
「最初のサンドバッグは、その猿将軍だ」
「莉央様…!」
「お姉ちゃん…!」
ウチは震えるドワーフの肩を掴んだ。
「案内してよ、おじさん」
「え…?」
「キミの故郷、取り返しに行ってあげる。ついでにそのデカい猿をミンチにしてくるね」
ドワーフは信じられないという顔でウチを見上げていた。
だが、ウチの瞳の中の揺るぎない光を見て、やがて涙を流しながら何度も何度も頷いた。
ウチらはドワーフの案内で、北の険しい山岳地帯…『鉄牙山脈』へと向かった。
数日後、ウチらの目の前にその光景は広がっていた。
山をくり抜いて作られた巨大なドワーフの石造りの都。だがその勇壮な都は今、黒く禍々しい魔王軍の旗で埋め尽くされ、いくつもの坑道からは休むことなく黒い煙が吐き出されている。
ウチは崖の上からその占領された都を静かに見下ろした。
(…いいじゃん、バエル)
ウチの腹の底で、魔王へのやり場のない怒りが再び燃え上がってくる。
(キミが最初のエモノだよ)
(ウチのこのモヤモヤを晴らすための、最高のエモノじゃん)
(せいぜい楽しませてよね!)
Scene.219 一方的な蹂躙
ドワーフの爺さんの案内で、ウチらは都の裏手にある廃坑から、城の中心部『心臓の炉』へと潜入した。
そこでは何百人ものドワーフたちが悪魔の兵士に鞭打たれながら、強制的に禍々しい武具を作らされている。
そしてその中心。壊された巨大な金床を瓦礫のように積み上げた即席の玉座にヤツはいた。
四本の腕を持つ山のように巨大な魔猿。獣将軍バエル。
「ひゃはは!遅いぞノロマども!もっと手を動かせ!」
「…何だ、お前らは?」
バエルはウチらの侵入にすぐに気づいた。
「猿が人間の言葉喋ってまぢうけるー。キモいんだけど」
ウチは堂々とヤツの前に歩み出た。
「キミがバエル?ウチのサンドバッグになるために、わざわざ待っててくれた感じ?」
「…ぬかせ!」
バエルが玉座から立ち上がる。その四本の腕にはそれぞれ巨大な戦斧や鉄球が握られていた。
「キミらは手ぇ出さないで。こいつはウチのエモノだから」
エリナとリラを制止し、ウチは一人その巨大な猿の前に立った。
戦いは一瞬で終わった。いや戦いですらなかった。
ただの一方的な蹂躙だった。
バエルの四本の腕から繰り出される嵐のような猛攻。だがその全てがウチの残像を虚しく切り裂くだけ。
ウチはまず、ヤツのおもちゃを壊してやることにした。
神速の踏み込み。すれ違いざまに閃く二本の剣。
キィンと甲高い音を立てて、バエルが握っていた四つの巨大な武具が、全て半ばから切断され地面に落ちた。
「なっ…!?」
「腕が四本あっても、当たらなきゃ意味ないじゃん。」
ウチは武器を失い呆然とするバエルの懐に潜り込むと、その四本の腕を一本ずつ掴み、ありえない方向へとへし折っていく。
ゴキッ!バキッ!骨が砕ける鈍い音が鍛冶場に響き渡った。
「ぎゃあああああああああっ!」
四本の腕をだらりと垂らし戦闘能力を完全に失ったバエル。
ウチはそこから容赦しなかった。剣を鞘に収める。
ここからは拳と蹴りだけの時間だ。
顔面に拳。腹に膝蹴り。金的に容赦ないローキック。
ウチは魔王への、樹里への、やり場のない全ての怒りとムカつきを、目の前の猿に叩きつけた。
「お姉ちゃん…」
エリナが見ていられずに顔を覆う。
「もう十分です…。相手はもう戦えません…」
「…これが莉央様の本当の『怒り』…。魔王や大罪と戦った時とは違う。これはただの八つ当たり…。でも、それ故に純粋で恐ろしい…」
リラが戦慄したように呟く。
二人が敵であるはずの魔将軍に同情するくらい、ウチの攻撃は一方的で残虐だった。
やがてバエルは肉塊のように床に崩れ落ちた。ウチはその鼻先に剣の切っ先を突きつける。
「…サンキュー、猿」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながらウチは笑った。
「おかげで少しスッキリした」
そしてウチは一閃。ヤツの首を刎ねた。
Scene.220 最高級の戦利品
バエルを倒すと、残った悪魔の兵士どもは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
解放されたドワーフたちが歓喜の声を上げている。
やがてドワーフの長老らしき爺さんが、ウチの前に進み出て深々と頭を下げた。
「おお、救世主様…!この御恩は一生忘れませぬ!どうか我らの国一番の宝を!」
「宝とかいらないし。…でも」
ウチはドワーフの鍛冶場を見回した。ここにはこの世界で最高級の金属が眠っているはず。
ウチはドワーフの一番腕の良さそうな職人を指差した。
「そこのおじさん。ウチのこのネイルとピアス、最強のヤツに作り変えてくんない?」
「…は?」
ドワーフたちは全員ぽかんとしていた。
だがすぐに彼らは国中の最高級の金属をかき集めてきた。伝説の金属オリハルコン。魔法の金属ミスリル。
そして国一番の名工たちが、何日もかけてウチのためだけに作り上げた。
どんな攻撃も弾き返すオリハルコン製の漆黒のネイルチップ。
身につけるだけで魔力が増幅されるミスリル製のピアスとボディピアス。
「うん、悪くないじゃん」
ウチは新しくなった豪華ギャル装備を身につけて満足げに笑った。
「やっぱギャルはオシャレが一番だよね!」




