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第五十九話:贖罪詩

Scene.209 嫉妬という病


暗闇。

絶対的な、無。

樹里がウチから奪った世界。

その暗闇の向こうで、エリナとリラの悲鳴が聞こえる。

樹里がウチの大事な仲間たちに、その汚い手をかけようとしている。


(やめて…)


体が動かない。

レベル1にされたこの体は鉛のように重い。

左腕はない。

胸もない。

目も見えない。

もうウチには何もない。


(やめてって、言ってんじゃん…!)


ウチは歯を食いしばった。

なのに、この絶対的な絶望の中で、ウチの頭は不思議なくらい冷静だった。


考えていた。

「嫉妬」って、なんだろうって。

そいつはね、この世で一番しょーもなくて、一番救いがない感情だよ。


始まりはいつだって「憧れ」だ。

アイツは綺麗。アイツは強い。アイツは愛されてる。…いいな。ウチもああなりたいな。

ここまでは健全。誰もが持つ向上心ってやつ。

でも、そいつが一線を越えるとこうなる。


「なんでアイツ“だけ”が?神様は不公平だ」


憧れが不公平感に変わる。自分にそれがないのは、自分のせいじゃなく世界のせいだって、責任転嫁が始まる。

そして、そのドス黒い感情が育ちきった時、嫉妬は最終形態になる。


「アイツが持ってるモノを奪っちまえばいい。壊しちまえばいい」


「そうすりゃアイツは、ウチと同じ何も持ってない、空っぽの人間になる」


自分を引き上げるんじゃなく、相手を引きずり下ろすことでしか、心の平穏を保てなくなる。

これが、嫉妬の正体だ。


樹里はウチの全てが羨ましかった。

ウチの強さも、その輝きも。

でも、アイツはウチにはなれなかった。

だから、選んだんだ。ウチを自分と同じ、独りで空っぽの場所に引きずり下ろすことを。


そして、その究極の形が「相手によって、破壊されること」だ。

自分が相手になれないのなら、せめて相手の一番記憶に残る傷になる。

相手を自分と同じ人殺しの化け物にして、その手で殺されることで、永遠に相手の魂の一部になろうとする。

…最高に歪んだ自己満足。

結局、嫉妬ってのは、相手を見てるようで、本当は自分の中のどうしようもなく空っぽな部分しか見てないんだよ。

…救いがないじゃん?



Scene.210 空っぽの玉座


(…嫉妬では、何も奪えないんだよ)


ウチは暗闇の中で、全てを悟った。

キミはウチの全てを奪ったつもりでいる。

レベルを奪った。腕を奪った。胸も目も。ウチがウチであるための記号を、全部奪い取った。

でも、だから何?

キミが奪ったのはただの数字と肉の塊だけだ。

ウチがこのクソみたいな世界で手に入れた本当のモノ。

エリナやリラとの絆。

ブランの爺さんとの奇妙な信頼。

ザハラたちと交わした約束。

…そのどれ一つとしてキミは奪えてない。

キミには奪うことしかできないからだ。

自分じゃ何も生み出せない。他人の輝きを羨んで、それを自分のものだと思い込むことしかできない。

空っぽの化け物だ。


本当に悲しい女だよ、キミは。…樹里。

あの屋上で、一緒にメロンパンを食った時。キミ、笑ってたじゃん。ウチのくだらない夢物語を聞いて、子供みたいに笑ってた。

あの笑顔は本物だったはずだ。

ウチらは確かにあの時、同じ太陽を見ていたはずだ。

…どこで、間違えちゃったんだろうね。

どうして、こんなことになっちゃったんだろうね。


…分かってる。

気づかないフリをしてただけだ。

ウチの自己満足でキミ守ってあげてるなんて思い上がっていた。

キミの隣で何もかも一人で突っ走って、キミが隣にいることの意味を考えようともしなかった。

キミがウチの背中を見ながら、その心の中で何を腐らせていたのか。

見て見ぬフリをしていた。

向き合うのが怖くて、面倒くさかったから。

ウチがキミを独りにした。

ウチがキミを化け物にした。


(…ウチのせいだ)


(…ウチのせいなんだ)


だから、終わらせてあげる。

ウチが始めた物語だ。

ウチがこの手でケリをつける。

それが、ウチがキミにできる最初で最後の贖罪だ。


「…さよならだ、樹里」


ウチは暗闇の中で、静かに呟いた。


「ウチの、たった一人の親友」



Scene.211 届かなかった刃


「…まだやるの? あなたもう何も残ってないのに」


樹里の嘲笑。

その声だけを頼りに、ウチは最後の力を振り絞った。

レベル1のただの女の、みっともない最後の悪あがき。

樹里は油断しきっていた。ウチがもう戦えるはずがないと信じきっていた。

だから、反応が遅れた。


ズブリ、と、鈍い手応え。

ウチの右腕一本で引きずってきた剣の切っ先が、樹里のその華奢な胸の真ん中に、深く、突き刺さっていた。


「…え?」


樹里が信じられないという顔で、自分の胸を見下ろす。

元々、肉体的に強化されている訳でもない樹里の体。レベル1のウチの渾身の一撃ですら、それは致命傷だった。


「…なんで…?私は、あなたのレベルも、力も、腕も、目も…ぜんぶ、うばった、のに…」


樹里の体がぐらりと傾ぐ。

ウチはその体を支えながら静かに言った。


「…うん」


その瞬間、ウチを覆っていた漆黒の絶望が、ガラスのように砕け散った。

閉ざされていた瞼の裏に、光が戻ってくる。

失ったはずの左腕がそこにあった。

平らだったはずの胸の膨らみも。

ウチの体は最初から、何一つ失われてなんていなかった。


「やっぱりね。これはキミが、ウチに見せていた、幻覚。ウチの心をへし折るための、最後の悪あがきだったんだ」


ウチは樹里の耳元で囁いた。


「結局、キミはウチの本当のモノは、何一つ奪えなかったんだよ」


「嫉妬では何も奪えないんだよ」



Scene.212 愛と贖罪の別れ


樹里の体から、緑色の嫉妬のオーラが消えていく。

その瞳はもう魔人の色じゃなかった。

ウチが知っている昔の泣き虫で甘えん坊だった樹里の瞳に戻っていた。


「…あ…莉央…?」


彼女はまるで長い夢から覚めたように、ウチの名前を呼んだ。


「…そっか…。私、また、あなたに負けちゃったんだ…」


「…うん」


「…ねぇ、莉央…。あのタワーの、レストラン…行きたかったな…。あなたの稼いだお金で…」


樹里の口からこぼれたのはあの日の約束。

ウチの胸が張り裂けそうに痛んだ。


「…ごめん…ね…。莉央…」


消え入りそうな声。

ウチの頬を涙が伝った。


(ああ、ウチもごめんだよ、樹里。キミを独りにしちゃって)


(キミをこんな化け物にしちゃって)


だから、これで終わりにしてあげる。

キミのしょーもなくて悲しい呪いを。

ウチが断ち切ってあげる。

ウチはいつの間にかそこにあった左腕で、樹里の冷たくなっていく体を優しく抱きしめた。

最初で最後の本当のハグ。


挿絵(By みてみん)


「もういいよ、樹里」


「…もう、休みな」


ウチは彼女の耳元でそう囁くと、胸に突き刺さった剣に静かに力を込めた。

樹里の体はもう抵抗しなかった。

ただ安らかに、ウチにその命を預けた。

彼女の体はやがて優しい光の粒子となって、ウチの腕の中から空へと溶けていく。


跡には何も残らなかった。

ただ一枚だけ。

純白の鳥の羽根のようなものが、ひらりとウチの手のひらに舞い落ちてきただけ。

ウチはそれを強く握りしめた。

ウチの長くてくだらなくてそして悲しい過去が、今、本当に終わった。

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