表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/116

第五十八話:折れない心

Scene.205 奪われる女


ウチは左腕があったはずの滑らかな虚無を見つめ、呆然としていた。

痛みと喪失感でもう何も考えられない。

樹里はそんなウチの抜け殻のような体を満足そうに見下ろしている。

そしてその嫉妬の瞳はウチの胸元へと注がれた。


「…そのおっぱいもさ」


樹里は心底つまらなそうに言った。


「昔から大嫌いだった」


「男たちがみんなキミのそのデカい胸ばっかり見て…。私は目にも入らないで。…馬鹿みたいに揺らしちゃってさ。…羨ましかったなぁ」


「だからそれも、ちょうだい」


「や…」


やめてと叫ぶ声すら出ない。

樹里の緑色に光る手がウチの胸に触れる。

腕を奪われた時と同じおぞましい感覚。

ウチの女としての最大の武器であり誇りであったその豊満な二つの膨らみが存在そのものを否定され、光の粒子となって樹里の体へと吸い込まれていく。

ウチは恐る恐る自分の胸元を見た。

そこにはもう何もなかった。まるで発育する前の少女のように真っ平らな胸板があるだけ。

ウチの女としてのアイデンティティが奪われた。



Scene.206 奪われる世界


「そして」


樹里はまだ満足していなかった。

彼女はウチの顔を覗き込む。


「その生意気な目」


「私をずっと見下してきたその目もいらないよね?」


樹里の両手の親指がウチの両目にそっと添えられる。


「やめ…やめて…!」


ウチは生まれて初めて心の底から命乞いをした。

だが樹里は笑うだけだった。


「じゃあね莉央。もう私の顔も見なくて済むよ」


指先に力が込められる。

視界がぐにゃりと歪んだ。

世界から色が消える。形が消える。光が消える。

見るという概念そのものがウチの中から引き剥がされていく。

そしてウチの世界は完全な漆黒の無になった。

もう何も見えない。何も感じない。

ただ樹里の甲高い嘲笑とエリナとリラの悲鳴だけが遠くに聞こえる。



Scene.207 絶望の底の違和感


絶望。

ああこれが絶望か。

レベル1。片腕。胸もない。目も見えない。

ウチはもう何者でもなくなった。ただの転がる肉塊だ。

もう終わりか。全部奪われた。

ああもうどうでもいい…。


樹里がエリナたちのほうへ向かっていく気配がした。

助けなきゃ。

でもどうやって?

ウチにはもう何も…。


…でも。

……なんだ?

絶望の一番底。何もかもが終わったはずの思考の片隅で、一つの小さな違和感が芽生えた。


(…おかしい)


(腕を奪われた。胸も目も。…なのに)


(血の匂いがしない)


(…痛みは?激痛のはず。なのにこの魂が削られるみたいな喪失感だけがある。まるで最初から無かったことにされたみたい…)


(なんだこれ?)


これは現実か?

本当にウチの体は奪われたのか?

それともこれはもっと別の…。ウチの精神を心を殺すための何か…?

樹里は言った。私はあなたの全てを知ってると。

だとしたら、こいつはウチが一番何を恐れているか知っているはずだ。

力を失うこと。女であることを否定されること。仲間を守れないこと。


(…なんだよこれ…!)


暗闇の絶望のその先で。

ウチのまだ死んでいなかった魂が必死に答えを探し始めていた。

これはただの絶望じゃない。

これは樹里がウチに仕掛けた最後の“ゲーム”だ。



Scene.208 折れない心


「勝機はまったく見えない。…けどね樹里。受けてあげるよアンタのそのクソみたいなゲーム!」


ウチは暗闇に向かって叫んだ。声が震える。でも心は折れていなかった。


(やり方は分かんない。でも決めたんだ)


(エリナとリラ。あの二人だけはウチが絶対守り抜く…!)


(絶対だ!)


「あはは!守る?あなたが?そのガラクタみたいな体で?無理に決まってるじゃん!」


樹里が腹を抱えて笑う。

そうだ。その通りだ。ウチはもうレベル1のただのガラクタのはずだ。

なのに。


(おかしい…)


(こんな絶望的な状況なのに…)


(なぜだか樹里には負ける気がしないんだよね…!)


その根拠のない絶対的な確信。

それはウチの魂の一番奥深くから湧き上がってくる不思議な感覚だった。

なんで?どうしてウチは勝てるなんて思える?

そして。

ウチは気づいた。

ウチの脳裏に浮かぶ樹里の顔。それは勝利を確信した支配者の顔じゃない。

楽しそうに笑っているくせに、その瞳の奥は泣いていた。

助けてくれと叫んでいた。


挿絵(By みてみん)


(…ああ、そっか)


(…そういうこと、樹里)


ウチは全てを理解した。


(樹里、本当は勝ちたいんじゃないんだ)


(…ウチに殺されたがってる)


(ウチをアンタと同じ醜い化け物にした上で、自分を殺してほしくてたまらないんだ…!)


それが嫉妬の最終地点。

相手と正面から一つになることができなければ、相手によって破壊されることで相手と一つになろうとする歪んだ願望。

こいつがウチに仕掛けたこのゲームの本当のルール。

ウチの口元に笑みが浮かんだ。それは絶望から生まれた氷のように冷たい覚悟の笑みだった。


「…いいよ、樹里」


ウチは残された右腕一本で重い剣を構えた。


「樹里のその最後のワガママ」


「この莉央様が聞いて叶えてあげる」


「…最高の地獄を見せてあげるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ