第五十五話:最悪の再会
Scene.194 復讐の舞台へ
ウチは一度息を吸った。
脳裏に蘇るのはあの日の地獄。
力でねじ伏せられ、女としての尊厳をズタズタに引き裂かれた、あの屈辱。
ウチの全てを奪った、あの男。
スキルを封じられ、レベルも上がらない呪いをかけられ、泥水をすするような日々を強いられた。
その全ての怒り、悲しみ、悔しさ。
今、この瞬間に、その全てをアイツに叩きつける。
(待ってなよね、クソ魔王)
(アンタがオモチャにした女が、アンタを殺しに来たよ)
ウチは魔王城の最上階。玉座の間に続く巨大な扉をゆっくりと押し開けた。
Scene.195 玉座の間の異変
ギィィ…と重い蝶番が軋む音。
その向こう側に広がるはずだった。ウチがずっとこの目で見ることを望んでいた光景が。
だが、そこに広がっていたのは、ウチの想像とは全く違う地獄だった。
玉座の間は半壊していた。
壁は崩れ床には巨大な亀裂が走り、天井からはシャンデリアが無残に砕け散ってぶら下がっている。
ついさっきまでここで天変地異みたいな激しい戦闘があったことを物語っていた。
そしてその部屋の中央。
ボロボロになった玉座のすぐ側で。
あの銀髪の魔王が血塗れで倒れていた。
胸には黒い影でできた何本もの禍々しい杭が突き刺さり、ヤツを床に縫い付けている。
虫の息だったが、まだ生きてはいた。
(…は?何これ?)
誰かがウチより先にコイツと戦った?
一体誰が…。
そしてウチは気づいた。
倒れた魔王のすぐ側に立つ、一つの人影に。
その影はゆっくりとウチの方に振り返った。
逆光で顔はよく見えない。
だがウチは、そのシルエットを、その立ち姿を、その魂の匂いを間違うはずがなかった。
「…樹里!?」
Scene.196 最悪の再会
女はウチの名前を聞くと楽しそうにクスクスと笑った。
そして一歩光の中へと足を踏み出す。
そこにいたのは間違いなく樹里だった。
ウチがこの世で最も憎み、最も殺したいと願った裏切り者の親友。
「…アンタ…!なんでここに…!」
「あら、莉央。久しぶり」
その声は昔の面影もないほど、冷たく、そして、残酷な響きを持っていた。
「…まーだそんなみすぼらしい復讐ごっこを続けていたの?成長しないわね」
「黙りなよ!それより魔王は…アンタがやったわけ…?」
「そうよ」
樹里はあっけらかんと頷いた。
「ウチの復讐相手を、奪ったってこと!?」
「復讐?あはは!あなたのそのちっぽけな自己満足のために、こんな大物を殺さずに取っておいてあげるとでも思ったの?」
樹里は足元に転がる魔王を、ゴミでも見るような目で見下ろした。
「でも、どうやって…?アンタみたいな普通の人間が魔王を倒せるわけ…」
「普通の人間?…ああ、そうだったわね。昔は」
樹里は恍惚とした表情で自分の両手を見つめた。
「魔王の力?ええ、もらったわよ」
「…は?」
「だって羨ましかったんですもの。魔王のこの絶対的な“支配”の力が。だからもらっちゃった」
その瞬間、樹里の体から緑色の嫉妬の色をしたおぞましい魔力が溢れ出した。足元の魔王の体から黒いオーラが樹里の体へと吸い上げられていく。
「あなたが『強欲』を殺してくれたんですってね。おかげで私たちも動きやすくなったわ」
「…私たち?」
「そう。七つの大罪『嫉妬』の魔人…それが今の私の名前」
樹里は笑った。
ウチの全ての思考が停止した。
Scene.197 奪われた獲物
床に縫い付けられていた魔王が最後の力を振り絞ってウチを見た。
「…小娘…気をつけろ…。そいつの力は『簒奪』…。他者の全てを羨み、妬み、そして奪い取る力だ…」
それが魔王の最期の言葉だった。
ヤツの体は完全に魔力を吸い尽くされ、塵となって消えていく。
そして、その全ての力を奪い取った樹里は、満足そうに息を吐いた。
「ああいい力。これで魔王軍の残りカスも私のオモチャね」
「…樹里っ…!」
「あなた本当に馬鹿よね、莉央。昔からずっと。私があなたの何を羨んでいたか、まだ分からないの?」
樹里はウチを指差した。
「魔王の力なんてただの前菜。私が本当に欲しくて羨ましくてたまらなかったのは…」
「昔からずっと一つだけよ、莉央」
「…あなたのその全てだ」
樹里の緑色の瞳がウチを捉える。
それはウチのレベルもスキルも仲間との絆もその魂ごと奪い取ろうとする底なしの嫉妬の光。
本当の敵。
ウチが本当に殺すべきだった相手。
それは魔王なんかじゃなかった。
ウチの過去そのものだったんだ。
絶望的な戦いの幕が今静かに上がった。




