第五十四話:地獄への入口
Scene.190 裂け目を渡る三人
「行くよ!」
リラの空間魔術が発動する。
ウチらの目の前に空間が裂けて真っ暗なゲートが口を開けた。
一瞬躊躇したエリナの手をウチが強く握る。
「信じなよ、リラを」
「…はい!」
ウチらは顔を見合わせると同時に闇の中へと飛び込んだ。
内臓がひっくり返るような不快な浮遊感。
そして数秒後。ウチらは裂け目の中腹に浮かぶ、崩れかけた岩の足場へと吐き出された。
「ぐっ…!オエッ…!」
「…少し揺れましたわね」
平然としているリラ。船酔いどころの騒ぎじゃない。
ウチが体勢を立て直したその時だった。周りの濃密な瘴気の中から、半透明の亡霊のような魔物が無数に湧き出してきた。
「出た!お出迎えって感じ!?」
ウチは剣を抜くが刃が亡霊の体をすり抜ける。物理攻撃が効かないタイプか!
「エリナっち!」
「はいっ!悪しき魂よ、光に裁かれなさい!《ホーリーライト》!」
エリナが放った聖なる光が亡霊たちを照らし出す。光を浴びたヤツらの体が実体化した!
「そこだ!リラっち!」
「お任せを!燃え尽きなさい、塵芥ども!《クリムゾン・フレア》!」
リラの紅蓮の炎が実体化した亡霊たちを一瞬で焼き尽くした。
…って、ウチ一回も斬ってないんですけど。
そんな地獄みたいな中継地点がいくつも続いた。
ゲートを越えるたびに現れる厄介な魔物たち。空を飛ぶガーゴイルの群れ。硬い甲殻を持つ巨大なムカデ。
でも、戦いを重ねるたびにウチらの連携は完璧になっていった。
エリナが聖なる力で敵の弱点を暴き出す。
リラが広範囲の炎で雑魚を一掃する。
そしてウチが二人が仕留め損なった大物を確実に仕留める。
ウチ、エリナ、リラ。三人のそれぞれの役割が完璧に噛み合っていた。
Scene.191 招かれた獲物
そして、七つ目のゲートを越えたその時。
ウチらはついに裂け目の対岸へと辿り着いていた。
目の前に広がるのは黒くねじくれた木々が生い茂る、禍々しい大地。
そして、その遥か先にそびえ立つ、巨大な黒曜石の城…魔王城だ。
「はぁ…はぁ…。くっそ…しんど…」
ウチはその場にへたり込んだ。いくらレベル99でも、この連続転移と連戦は精神的にくる。
「…てかさ」
ウチは空を見上げながらふと思った。
「前回ウチ、なんでこんな場所まで、あんなに簡単に来れたんだろ(笑)」
ウチのしょーもない疑問に答えたのは、リラだった。
彼女は息一つ乱れていない澄ました顔で、静かに首を横に振った。
「…莉央様。それは、恐らく…悪意。」
「は?」
「…前回は、魔王があなたというイレギュラーな『餌』を、自らの城におびき寄せるために、あえて道を開けていた…。そう考えるのが最も合理的です」
リラのその言葉に、ウチは背筋が凍るのを感じた。
エリナも息を飲んでいる。
「そ、そんな…!」
「なるほどね。ウケる」
ウチはゆっくりと立ち上がると、服についた黒い土を払った。
そして、心の底から楽しそうに笑った。
「あのクソ野郎、ウチを最初からオモチャ扱いしてたってワケか」
「…上等じゃん。ますますぶっ殺す理由ができた」
ウチは、目の前にそびえ立つ魔王城を睨みつけた。
「さあ、着いたよ。地獄の入口だ」
Scene.192 沈黙の魔王城
ウチらは魔王城の巨大な正門の前に立っていた。
黒曜石を削り出して作られた、高さ数十メートルの威圧的な門。
普通なら門番の強力な悪魔でも数体立っているはずだ。だけど誰もいない。
「…留守?それとも、ウチらが怖くて逃げ出したとか?」
「お姉ちゃん気をつけてください。何かおかしいです」
エリナの言う通りだ。城全体から凄まじい魔力の圧を感じる。でも、個々の生命の気配がほとんど感じられない。
「返事もないみたいだし、勝手に入るよ」
ウチは二本の剣を抜くと門の蝶番を力任せに斬りつけた。
金属が断ち切れる甲高い音と共に、巨大な門がゆっくりと内側へと倒れ込んでいく。
轟音を立てて床に激突し、砂埃が舞い上がった。
そしてその向こうに広がっていたのは…。
がらんどうの巨大なエントランスホールだった。
「…は?」
マジで誰もいない。
高い高い天井。磨き上げられた大理石の床。壁には禍々しい魔神たちの彫刻。
でもそこにいるはずの衛兵もメイドも魔物も一匹もいやしない。
ウチらの足音だけが不気味なくらいホールに響き渡っていた。
「おかしい…。静かすぎる。まるでゴーストタウンじゃん。…罠?」
ウチは剣を構えたまま慎重に奥へと進む。
「魔力はとても濃いです…。城そのものから放たれているみたい…。でも人の気配があまりにもなさすぎます」
「これは…結界の一種かもしれません、莉央様」
リラが周囲の魔力の流れを探りながら言った。
「全ての気配を城の一点に収束させているような…。あるいは我々を特定の場所へ誘導するための…『道標』…」
Scene.193 玉座への一本道
ウチらは顔を見合わせた。
…なるほどね。そういうこと。
「上等じゃん。その招待、受けてあげる」
ウチらは城の奥へ奥へと進んでいった。
長い長い廊下。巨大な螺旋階段。
どこまで進んでも誰一人現れない。隠し扉も罠も何もない。
まるで、玉座の間まで赤い絨毯でも敷かれてるみたいに、道はひたすら開かれていた。
それは嵐の前の不気味な静けさ。敵の絶対的な自信の表れ。
ウチらの実力を知った上でなお「来てみろ」と挑発してるんだ。
やがてウチらは城の最上階、ひときわ巨大で豪華な双開きの扉の前に辿り着いた。
扉の隙間から今までとは比べ物にならない、濃密な魔力が漏れ出してきている。
この奥だ。この奥に全ての気配が集まっている。
そしてあの銀髪のクソ野郎が待っている。
ウチは一度息を吸った。
そして隣に立つエリナとリラに笑いかけた。
「パーティーの準備はできてるみたいだね」
「…招待状は、ないけど」
ウチはその巨大な扉に両手をかけた。
「主役の登場ってね!」




