第四十八話:見間違い
Scene.171 解放の街と英雄の戸惑い
ウチが一週間も泥のように眠っている間に、オアシスの街は完全に生まれ変わっていた。
貴賓席のバルコニーから見下ろす街は、マモンが支配していた頃のギラギラした悪趣味な輝きじゃない。もっと温かくて活気に満ちた本当の“命”の光に満ち溢れていた。
街の広場では昼も夜も解放を祝う宴が続いている。
奴隷の首輪を外された人々が種族も身分も関係なく肩を組んで歌い踊っている。中央オアシスから惜しげもなく引かれた水が噴水となって子供たちの歓声を浴びていた。
「…マジで浮かれてんじゃん」
ウチはバルコニーの手すりに頬杖をつきながらその光景をぼんやりと眺めていた。
「まぁ無理もないか。あのクソ豚がいなくなって首輪も外れてメシも水も自由になったんだもんね」
ウチはただ自分のケジメをつけたかっただけ。この街の、こいつらのことなんて正直どうでもよかった。
でも結果的にウチの行動がこの街を救った。こいつらに笑顔を取り戻させた。
(…ウチも、人の役に立ってたり、すんのかな…)
そんならしくない感傷に浸っていたその時だった。
ウチの目が群衆の中の一点に釘付けになった。
Scene.172 過去からの亡霊
雑多な人混みの中。
一人の女がいた。
派手な化粧をして数人の男たちに媚びるような笑みを浮かべて酒を飲んでいる。
その髪をかき上げる仕草。
男の肩にもたれかかる角度。
そしてあの、ウチが世界で一番憎んでいる、あの笑顔。
「…は?」
ウチの心臓がドクンと大きく跳ねた。
グラスを持っていた手が震える。
(…樹里…?)
ウチの唯一の親友で。
ウチの心を殺した裏切り者。
(なんで…なんでアイツがここに…)
(いや、バカかウチは。見間違いじゃん。似てるヤツなんて世界に三人くらいいるって言うし。そうだよ、見間違い…)
ウチは自分に言い聞かせるように頭を振った。
そしてもう一度その場所に視線を戻す。
だがもうその女の姿は雑踏の中に消えていた。
Scene.173 ありえなかったはずの可能性
見間違い。
そう思うことにした。
だけど一度芽生えた疑念の種はウチの心の中で急速に根を張り育っていく。
(…でももし、アイツが本物の樹里だとしたら?なんでこの世界に?…転生…?)
ありえない。
だって転生者はウチだけで…。
(…あれ?)
ウチは思考の途中で固まった。
…待って。あの白ギャル神…ルナ様、言ってたじゃん…!
『キミみたいな世界の理からバグって外れちまう魂は、たまーにいるんだけどね?』
そうだ。
ルナ様はウチが『特別』だとは言った。
でも。
(…『唯一』だとは、一言も、言われてない…!)
背筋を冷たい汗が流れた。
ウチは今までずっと自分だけがこの世界のイレギュラーなんだと思い込んでいた。
でも違ったんだ。ウチ以外にもいる。
だとしたらその中に樹里がいてもおかしくない…!
ウチはもう一度眼下の楽しそうな群衆を見下ろした。
さっきまでの温かい光景が今はまるで得体の知れない怪物たちの蠢きのように見えていた。
この世界はウチが思っているよりもずっと広くて、そして、ウチの過去と深く繋がっているのかもしれない。




