第四十七話:解放者の休息
Scene.168 英雄の長い眠り
マモンと戦いの直後からの記憶が、ウチにはほとんどなかった。
ただ、エリナっちとリラっちに両肩を担がれ、ザハラたちが道を開ける中、熱狂する群衆の間を歩いたような気もする。
だけどウチの意識はとっくに限界だった。
張り詰めていた緊張の糸が切れた。魔人化したコガにブチ折られた肋骨が、今更悲鳴を上げていた。
アジトの汚くて硬い石の寝床に辿り着いた瞬間。
ウチの意識は深い深い海の底へと沈んでいった。
泥のように眠った。
何日も、何日も。
時々、夢を見た。樹里に裏切られたあの夜の夢。魔王に陵辱されたあの日の夢。
でも、その悪夢はいつも、誰かの温かい声で終わりを告げた。
『お姉ちゃん…大丈夫ですよ、私が、そばにいますから』
エリナの、声だ。
苦い回復薬を口移しで飲まされたような気もする。
その温かさだけを頼りに、ウチはただ眠り続けた。
Scene.169 目覚めと祝祭の音
ウチが次にはっきりと意識を取り戻した時。
最初に耳に届いたのは、音楽と人々の楽しそうな大歓声だった。
(…なに?うるさいんだけど…)
ゆっくりと目を開ける。
そこはもう薄暗い地下のアジトじゃなかった。
天蓋付きのフカフカのベッド。窓から差し込む砂漠の太陽が、部屋の豪華な装飾をキラキラと照らしている。マモンの城から分捕ってきたスイートルームかな、ここは。
「…莉央様!」
「お姉ちゃん!」
ウチが身を起こそうとするのに気づいて、ベッドの脇でうたた寝していたリラとエリナが同時に飛び起きた。
「目が覚めたんですね!よかった…!もう一週間も眠り続けていたんですよ!」
「…一週間?」
マジかよ。そんなに寝てたのか、ウチは。
体を起こそうとして脇腹にズキリと鋭い痛みが走る。
「いっ…つ…!」
「だめです、まだ安静にしてないと!肋骨にヒビが…!」
「へーきだっての。…それより、なにこの外のバカ騒ぎ」
ウチが窓の外を指差すとエリナは嬉しそうに笑った。
「祝賀会です!この国がマモンの支配から解放されたことを祝うお祭りなんですよ!」
ウチが眠っている間にこの国は歓喜に包まれ色々なことがあったらしい。
マモンの力が消滅すると共にヤツの『所有権』の影響は全て消滅した。
奴隷たちは解放され闘技場は閉鎖。街の中央オアシスは全ての民に開放された。
ザハラたち『デザート・ドーン』はマモンの残党や悪徳商人たちを一掃し街の治安を完全に掌握していた。
Scene.170 新しい国の夜明け
部屋のドアがノックされザハラとブランの爺さんが入ってきた。
「目が覚めたか、莉央。…いや、『解放者』殿とお呼びすべきかな?」
「やめてよ、ザハラ。気色悪い」
「はは、違いない」
ザハラは笑うと、ウチにこれからのこの国のことを話してくれた。
「我々はこの国ソルダートをもう誰にも搾取されない自由な民の国として再建することを決めた」
「へぇ。王様は誰がやんの?キミ?」
ウチの問いにザハラは首を横に振った。
「私は軍人だ。政治は好かん。それにこの国はもう一人の王が全てを決める独裁国家には戻さない。民の中から選ばれた者たちによる『自由都市評議会』がこの国を導いていく」
「その初代の評議会議長をこの老いぼれが引き受けることになった」
ブランの爺さんが照れくさそうに頭を掻いた。
元近衛騎士で誰よりもこの国を愛し民からの信頼も厚い。最高の人選じゃん。
ザハラは新設される国軍の最高司令官になるらしい。
「全てキミたちのおかげだよ、莉央」
「…別に。ウチはただあのクソ豚の鼻を明かしてやりたかっただけだし。英雄ごっこはガラじゃないし」
ウチはそっぽを向いて答えた。
でも悪い気はしなかった。
ウチの個人的なやり方が結果的にこの国を救った。それもまた事実。
「さぁ莉央様!みんな待っています!あなたの顔を一目見ようと!」
「はぁ?やだよ、めんどい…」
リラっちとエリナっちがウチの両腕を掴んでバルコニーへと引っ張っていく。
窓の外にはウチらの名前を呼ぶ何万人もの人々の笑顔が広がっていた。
その光景はムカつくくらい眩しくて、そしてほんの少しだけ温かかった。




