第四十五話:剥がされた王冠
Scene.163 神殺しの一撃
観客席からエリナが神罰の槍を放ち、街中ではザハラたちの陽動の爆炎が上がる。
そして、ウチは砲弾のように貴賓席へと跳躍し、その二本の剣をマモンの醜悪な脂肪の塊へと突き刺した。
「ぐぎゃあああああああっ!」
マモンの口から悲鳴にならない断末魔が迸る。
黄金色をした粘液のようなおぞましい血液が噴き出した。
だが、ヤツは、死ななかった。それどころか、黄金の血液を流しながら狂ったように笑い始めた。
「ぐ、ぎ…ははは!無駄だ小娘!このオアシスが我が領域である限り、我が命は無限!この程度の傷、一瞬で…」
ヤツの言葉が途切れた。
その自信に満ちた顔が驚愕と混乱に染まっていく。
ヤツの体に流れ込もうとしていた街からの黄金の魔力が、ふっ、と途絶えたのだ。
傷の再生が止まった。
「な…なぜだ…?力が…街からの力が来ない…!?我が『徴収』の権能が…なぜ…!?」
ウチも何が起こったのか分からなかった。
ただウチの剣がヤツを貫いたあの瞬間から、ヤツとこの街を繋いでいた何かが断ち切られたような気がした。
(…なんだか、よく、分かんないけど…)
ウチは剣を引き抜いた。
(今がチャンス!)
力を失い、ただのデブでハゲのオヤジに戻ったマモンは、その場にへたり込んだ。
そして、泣きじゃくりながら命乞いを始めた。
「ま、待て…!殺さないでくれ!話を聞いてくれ!わしが…!わしがなぜ、『強欲』になったのかを!」
ヤツは語り始めた。
貧しい土地で生まれ、飢えで愛する娘を失った悲しい過去。
絶望の淵で謎の声にそそのかされ、「二度と、何も失わない」ためにこの力を手に入れたこと。
それはあまりにもありふれた、人間の弱さの物語だった。
Scene.164 だから、殺さない
貴賓席で成り行きを見守っていたエリナの目に、憐憫の色が浮かぶのが見えた。
だが、ウチの心は1ミリも動かなかった。
「…そっか。それは可哀想な話だね」
ウチは静かに口を開いた。
「アンタは大事なもんを失った。ウチもそう。キミは貧乏で何もできなかった。ウチもそうだった。…似てるよね、ウチら。そんでたぶん、そんなやつはいっぱいいるよね、きっと。」
ウチはあの日の樹里の裏切りを思い出していた。
「でもね、アンタはそこから他人のモノを、命を、未来を、奪うことを選んだ」
ウチの言葉にマモンははっとした顔でウチを見た。
「アンタの過去に同情はする。でも、アンタのその生き方を、奪われた人たちは許してくれるのかな?」
「アンタの悲劇は、他の誰かを不幸にしていい理由にはならないんだよ。」
ウチはゆっくりと剣を構え直した。…そして、下ろした。
Scene.165 欲望の結末
「…なぜ…殺さない…?」
マモンが震える声で尋ねる。
ウチはその哀れな男に背を向けた。
「ウチは別に誰かを裁きたいワケじゃないし。…アンタのケジメはアンタがつければ?」
「アンタを殺すか決めるのはウチじゃない。…アンタに全てを奪われた、この街の人々じゃん?」
ウチはアリーナの大観衆を見渡した。
彼らは今、全ての真実を知った。
「アンタがこれからどうなるか。改心するとかしないとか、マジで、どーでもいい。生き延びられるなら、生き延びてみなよ。…このアンタを憎んでる何十万の民衆の中からね」
ウチはそれだけ言うと、貴賓席からアリーナへと飛び降りた。
ザハラたちが駆け寄ってくる。
「…マモンは?」
「上にいる。もう力はないよ。好きにしな」
ウチの言葉の意味を理解したザハラは、ニヤリと笑った。
ウチはもう振り返らなかった。
背後で、今まで抑えつけられていた民衆の怒りの雄叫びが、地鳴りのように響き渡るのが聞こえた。
七つの大罪『強欲』。
…討伐、完了?
いや、ウチは何もしていない。
ただ、事態があるべき姿に戻っただけだ。
ウチはエリナとリラの元へと歩き出した。
この街のショーはもう終わりだ。




