第四十話:消えた対戦相手
Scene.148 決勝の朝
決戦の朝。
屠殺場の空気は昨日までとは違い静まり返っていた。決勝戦を前にして生き残った奴隷剣闘士はウチと『毒蛇のサイラス』の二人だけ。
「莉央様!今日の試合、必ずや勝利を!」
ウチの隣ではいつの間にか筆頭セコンドになったリラが甲斐甲斐しくウチの剣を磨き上げている。
やがて試合開始を告げるゴングが鳴り響く。
ウチはリラと、いつの間にかウチの試合を必ず見に来るようになったブランの爺さんに見送られ、アリーナへと続くゲートを潜った。
Scene.149 開かないゲート
観客席のボルテージは最高潮だ。
「さぁいよいよ決勝戦!昨日あまりにも衝撃的な“フィニッシュ”で我々の度肝を抜いた銀髪の悪魔!『莉央』選手の入場だァッ!」
ウチがアリーナに足を踏み入れると昨日以上の歓声と罵声が入り混じって降り注いだ。
ウチはその中心で静かに、対戦相手の登場を待った。
「対するは、その妖艶な毒牙で数多の猛者を葬り去ってきた暗殺のスペシャリスト!『毒蛇のサイラス』選手の入場…」
アナウンサーの声が途切れた。
「…あれ?サイラス選手がゲートから出てきませんね…?どうしたのでしょうか…?」
アリーナがざわつき始める。
数分が永遠のように感じられたその時、闘技場の衛兵隊長が血相を変えてアリーナに駆け込んできた。そして一直線にウチの前に立ちはだかる。
Scene.150 毒蛇の、死
「莉央!」
「あん?」
「キミ、昨夜サイラスを脅迫していたそうだな。…たった今サイラスが自室で死体となって発見された。キミがやったのか!」
衛兵たちが一斉にウチに剣を向ける。観客席は大騒ぎだ。
(は?死んだ?マジで?誰が?…いや、どーでもいい!)
(それより決勝が中止になったら、マモンが帰っちまうじゃん!最悪!)
「ウチが?殺すなら昨日のうちにとっくに殺してるし。わざわざ試合の日に自分の手を汚すバカがどこにいるわけ?」
ウチがそう言い放った時ゲートからブランの爺さんが出てきた。
「待たれよ。昨夜、彼女は一睡もせずにずっと己の剣と向き合っていた。このわしとそこのエルフの嬢ちゃんが証人だ」
「そ、そうですわ!莉央様は昨夜ずっと私と、一緒に…!」
リラがなぜか顔を赤らめながら証言に加わる。
その時衛兵隊長に伝令が駆け寄ってきた。
「…なんだと?死因は剣によるものではない…?全身の血がドロドロに溶けていた…?…『黒蠍団』の使う特殊な魔呪毒だと…!?」
衛兵隊長はバツが悪そうにウチから視線を逸らした。
「…す、すまなかった。どうやら人違いだったようだ。全員剣を収めろ!」
Scene.151 女帝のアドリブ
衛兵たちが嵐のように去っていく。だが最悪の問題が残っていた。
衛兵隊長が申し訳なさそうに観客席に向かって宣言した。
「サイラス選手の死亡により、本日の決勝戦は、中止とす―――」
(嘘でしょ!?中止!?)
(中止になったら、マモンは来ない!…城から出てこないじゃん!ウチらの計画が全部パーになる!)
「待ちなよ」
ウチは隊長からマイク型の魔道具をひったくった。
そしてアリーナ中の観客と、この騒ぎをどこかから見ているであろうマモンに向かって叫んだ!
「中止とかウケる!こんなに集まってくれたお客さんたちをがっかりさせて帰すわけ?サイアクー」
ウチはアリーナを見渡した。そして貴賓席…マモンが座るはずの玉座の隣で、微動だにせず控えている、一人の男を指差した。
東国の鎧武者のような漆黒の鎧。その膝の上には長い刀が置かれている。
マモンの側近にして、最強の番犬と噂される男。
「だったら新しい試合組めばいいじゃん!」
「そこにいる鎧武者!アンタがウチと戦いなよ!」
そのあまりにも大胆不敵な提案に、アリーナは一瞬静まり返る。
次の瞬間、アナウンサーが絶叫した。
「な、な、なんと!莉央選手、あの、マモン様が最も信頼を置く最強の側近、『不動』のコガ様に、挑戦状を叩きつけたーっ!」
(『不動』の、コガ…。へぇ。面白そうな、相手じゃん)
アナウンサーの絶叫に、観客席は今度こそ爆発するような大歓声に包まれた。
貴賓席の奥からマモンの甲高い笑い声が響き、その提案を許可する合図が送られる。
コガと呼ばれた男はその表情を一切変えなかった。ただゆっくりと立ち上がると、静かにアリーナへと降りてくる。
(…よし。これでいい)
ウチは心の中で安堵の息を漏らした。
(これでマモンは必ず来る)
決勝戦の相手が変わった。
ガリガリのクズ蛇から、底の知れない武士野郎へ。
だがそんなことはどうでもいい。
ショーの主役は揃った。
本当のショーが始まる。




