第四話:泥中の光
じゃあウチのドン底からのリスタート!
第四章【泥中の光】、行くよ!
Scene.15 絶望と悪夢
ウチが次に目を覚ました時、そこはどこかの洞窟の中だった。 燃え盛る焚き火のそばで、エリナが心配そうにウチの顔を覗き込んでいる。
「お姉ちゃん! よかった、気がついたんですね…!」
ウチは体を起こした。その瞬間、脳裏にあの地獄がフラッシュバックする。魔王の嘲笑。ウチを見下す赤い瞳。ウチの全てを否定する冷たい指先。
「あああああああああああああああっ!」
ウチは絶叫し、自分の体を掻きむしった。 気持ち悪い。汚された。ウチの一番奥まで、あの男の気色が悪い力がこびりついてる。 ウチは自分のステータスを確認した。
【スキル:絶対支配】
▲使用不可(魔王の呪縛による封印)
その文字がウチの心を完全に折った。ウチはその場に崩れ落ちた。
Scene.16 突き放す手
それから数日間、ウチは抜け殻だった。 悪夢にうなされ飛び起きては吐き気を催す。エリナは必死にウチを看病してくれた。でも、ウチはその優しさすら拒絶した。
「…触んないで」
「でも…!」
「汚れるから、触んないでよ! ウチは、もう、汚いんだから!」
ウチはエリナを突き放した。こんな汚れたウチが、エリナのその綺麗な魂に触れる資格なんてない。
「アンタも行きなよ。ウチはもう最強じゃない。ただのレベル1の雑魚だし。一緒にいても足手まといになるだけじゃん」
Scene.17 離れない手
だけど、エリナは行かなかった。 彼女は涙をぽろぽろとこぼしながら、ウチの手を強く握りしめた。
「嫌です!」
「お姉ちゃんは汚れてなんかいません! 私の知ってるお姉ちゃんは、世界で一番綺麗で、カッコいいです!」
「今度は私が、お姉ちゃんを守ります! だから、お願いです、私を一人にしないでください…!」
その魂の叫びに、ウチは何も言い返せなかった。
Scene.18 守るための一歩
その夜だった。 巨大な影がウチたちの洞窟の入り口を塞いだ。一体でCランクパーティーを壊滅させるという巨大なオーガ。その濁った目がウチたちを獲物として捉えていた。
(…もう、どうでもいいかな)
ウチは動かなかった。だけど、エリナは違った。 彼女は震えながらもウチの前に立ちはだかった。
「…っ! お姉ちゃんには指一本、触れさせません!」
その小さな背中を見た瞬間、ウチの壊れた心の奥で何かが灯った。 そうだ。ウチはもう独りじゃない。守るべき光があるじゃん。
Scene.19 泥臭い勝利
ウチは動いた。 エリナを突き飛ばし、オーガの棍棒を転がって避ける。 剣はない。スキルもない。 でも、ウチにはまだ残っているものがあった。歌舞伎町で生き抜いてきた喧嘩殺法。そして何よりも、エリナを絶対に守るっていう覚悟。
ウチは泥にまみれ、血を浴び、獣のように叫びながら戦った。 それはもう戦いじゃなかった。ただの生きるための殺し合い。 どれくらいの時間が経ったか。 気づいた時、ウチは息絶えたオーガの死体の上で倒れていた。 全身傷だらけ。だけど、ウチは勝ったんだ。ウチ自身の力で。
Scene.20 再生の夜
その夜、ウチはまた悪夢にうなされていた。 魔王の冷たい指がウチの肌を這う。
「やめて…」
ウチはうわ言のように呟き、震えた。 そのウチの体を、温かい何かがそっと包み込んだ。エリナだった。 彼女は黙ってウチの隣に横になると、その小さな体でウチを抱きしめてくれた。 ウチは、その温もりに、すがるように、向き直った。
「…エリナ…。お願い…」
ウチは、震える声で、言った。
「アイツの、感触を、消して…」
エリナは一瞬息を飲んだけど、すぐに全てを理解したみたいだった。 彼女は涙を浮かべた優しい目で、ウチの震える唇に、そっと自分の唇を重ねた。
「…はい、お姉ちゃん」
―――その夜、ウチらは、傷ついた獣のように、互いの肌を寄せ合った。 魔王につけられた心の傷を、エリナの優しさで上書きするように。 エリナの無垢な体を、ウチの汚れた体で染めてしまう罪悪感に苛まれながら。 それでも、ウチはその温もりを手放せなかった。 その夜、ウチらがどうやって本当の意味で一つになったのか。 その切なくてどうしようもない夜の詳細は、ここには書けない。
Scene.21 新しい朝
翌朝、ウチは穏やかな気持ちで目を覚ました。 腕の中では、エリナが安心しきった寝息を立てている。 ウチの心にこびりついていた魔王の呪いの感触が、少しだけ薄らいでいる気がした。 ウチはエリナの寝顔を見ながら、静かに誓った。
(…まだ、戦える)
ウチはもう一度立ち上がる。 最強の英雄としてじゃない。 ただ一人の、大切な仲間を守るための、一人の戦士として。 ウチとエリナ。 二人だけの本当の旅が、今、始まった。