第二十七話:覚悟の代償
Scene.108 覚悟試しのゲーム
ウチらを取り囲むレジスタンスの連中。その目は疑いと警戒心で濁ってる。リーダーのザハラは剣の柄に手をかけたままウチを値踏みするように見ていた。
「…力はこのオアシスじゃ安物だ。金で買えるし、裏切りもする。私たちが信じるのは金や力じゃ買えないもん…“覚悟”だけだ」
ザハラはそう言うと、部下の一人に目配せした。ソイツが禍々しいオーラを放つ古びた木箱をウチらの前のテーブルにドンと置く。
「簡単なゲームだよ」
とザハラは言った。
「この箱の中には『ヴェノムテイル』っていう魔法サソリが一体入ってる。コイツの毒は死にはしない。でも刺されれば全身を焼くような激痛と完全な麻痺が数時間続く」
「…」
「莉央とか言ったな。キミがこの箱に手を入れな。サソリがキミを刺すかもしれないし刺さないかもしれない」
ザハラはウチと隣で顔を青くしているエリナっちを交互に見た。
「キミの手が箱の中にある間、アタシはそこの嬢ちゃん…エリナにいくつか質問をする。彼女の答え、その瞳の光に一切の曇りも嘘もないとアタシが判断したら、キミが刺された場合に限り、解毒薬を渡してあげる」
「もしキミが途中で手を引いたらキミらの負け。もしエリナの覚悟が揺らいだとアタシが判断したらキミらの負け。その時は解毒薬はナシ。痛みにせいぜい耐えるんだね」
ウチはその話を聞いて思わず噴き出しそうになった。
「…ウケる。覚悟試しのゲーム、ね」
エリナっちが泣きそうな顔でウチの服を掴む。
「お姉ちゃん、ダメです!そんな危険なこと…!」
「いいって」
ウチはエリナっちの手を優しく振り払った。そしてザハラの目を真っ直ぐに見据えて笑ってやった。
「いいじゃん、乗ってあげる。てか、ウチの命も魂も、とっくの昔にこの子に預けてるし?」
ウチは一切の躊躇なく目の前の木箱の真っ暗な穴に右手を突っ込んだ。
ガコンと重い音がして手首に枷がはめられる。もう自分じゃ手は抜けない。
「…っ!」
直後。手の甲に灼熱の鉄杭を打ち込まれたような鋭い痛みが走った。
刺された。マジで容赦ないじゃん、こいつら。
毒はすぐに回った。腕の感覚がなくなり全身の血が沸騰するみたいに熱い。意識が遠のきそうだ。でもウチは奥歯を噛み締め、顔には不敵な笑みを貼り付けたまま耐えた。
Scene.109 魂の問いと揺るがない答え
「…さて」
ザハラはウチの様子を一瞥すると、その氷のような視線をエリナへと向けた。
「嬢ちゃん。なぜキミはそいつの隣にいる?そいつはキミと同じ種族じゃない。汚れた人間の殺し屋だ。キミとは住む世界が違うはずだ」
エリナはウチの方を心配そうに見ながらも背筋を伸ばしザハラを睨み返した。
「莉央お姉ちゃんは汚れてなどいません!お姉ちゃんの手はいつだって私を守るために血に濡れてきました!お姉ちゃんは私の光です!」
「光、か。マモンはキミに全てを与えられるぞ。富も名誉も安全な暮らしも。そいつと一緒にいてキミに何がある?痛みと危険だけだ。自分の人生をそんなヤツのためにドブに捨てる気か?」
「捨てません!」
エリナの声が地下のアジトに響き渡る。
「お姉ちゃんがいない世界で一人で安全に暮らすことの方が私にとっては地獄です!お姉ちゃんと一緒ならどんな場所だって天国なんです!」
ザハラの質問がだんだん意地悪くなっていく。
「…そいつがキミを利用しているだけだとしたら?キミのその聖なる力を自分の目的のために利用しているだけだとしたら?目的を果たしたらキミをあっさり捨てるとは考えないのか?」
その質問はウチの心の、一番古い傷を抉るような言葉だった。
だがエリナは一秒も迷わなかった。
彼女はふわりと聖母のように微笑んだ。
「お姉ちゃんが私を利用している…?それなら本望です」
「だって私のこの命はあの日森でお姉ちゃんが拾ってくれたものなんですから。この命もこの力も全部お姉ちゃんのためにあります。もし捨てられる日が来たとしても私はお姉ちゃんに出会えたことを絶対に後悔しません!」
その答えはあまりにも純粋で絶対的で、狂信的ですらあった。
ウチの視界が滲む。
(…クソ、毒のせいかな。なんか汗が目に入ったんですけど…)
Scene.110 新しい仲間
ザハラは何も言わなかった。
ただエリナの目をウチの目をじっと値踏みするように見ていた。
アジトを支配する重い沈黙。
やがてザハラはふっと息を吐いた。
「…合格だ」
ザハラは懐から青く光る液体が入った小瓶を取り出すとエリナに手渡した。
「解毒薬だ。飲ませてやれ」
エリナは泣きながらウチに駆け寄り解毒薬を飲ませてくれた。焼けつくような痛みがすーっと引いていく。
ウチの手枷がカシャンと音を立てて外れた。
ウチはまだ痺れの残る腕をさすりながら立ち上がった。
「…どうやらウチらの覚悟はアンタのメガネにかなったみたいじゃん?」
ザハラは初めてその口元に笑みを浮かべた。それは傷だらけの戦士の笑みだった。
彼女はウチの前に進み出ると右手を差し出してきた。
「ザハラ。この街の“夜明け”を待つ者、『デザート・ドーン』のリーダーだ。…手荒な真似をしてすまなかった。だがこれでキミたちが“本物”だとよく分かった」
「ようこそ、同志よ」
ウチはその手を強く握り返した。
「莉央。…なかなかイケてる挨拶だったじゃん?」
ウチらの間に言葉はいらなかった。
同じ敵を見て同じ覚悟を持つ者同士の固い絆が、確かにそこに結ばれた。
さあ反撃の準備は整った。




