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第十九話:過去の亡霊

Scene.80 束の間の休息


聖樹の元へと辿り着いたウチらは、その聖域にしばらく滞在することにした。

今までの旅の疲れ。そして聖樹のあまりにも絶望的な状況を知った精神的なショック。

張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、ウチは久しぶりに高熱を出してぶっ倒れた。


…目を覚ました時。

ウチは聖樹の柔らかな苔の上に作られた寝床で寝かされていた。

ひんやりとした濡れタオルが額に乗せられている。


「…エリナ…」


「お姉ちゃん!目が覚めましたか?」


心配そうにウチを看病していたエリナが、嬉しそうに顔を輝かせた。



Scene.81 優しい毒


薬草のいい匂いがする。

ウチはぼーっとする頭で体を起こした。


「大丈夫ですか?おかゆ作りましたよ」


エリナはそう言うと、木の器に入った湯気の立つおかゆをウチに差し出した。


そしてその光景を見た瞬間。

ウチの世界から音が、消えた。



(大丈夫?おかゆ作ろっか?)……



脳裏にフラッシュバックする。

あの日の光景。

ウチを裏切った樹里の、あの優しい笑顔。


「お姉ちゃん?顔色が…」


エリナが心配そうにウチの額に手を伸ばす。


「触んなっ!」


ウチはその手を反射的に思い切り振り払っていた。

ガシャンと音を立てておかゆの器が地面に落ちて割れる。


「…お前…ッ!」


ウチは目の前のエリナを睨みつけた。

違う。

この子は、エリナだ。

樹里じゃない。

頭では分かってる。でも心が、体が、拒絶する。

信じたらまた裏切られる。

優しさを受け入れたら、また地獄に堕とされる。


「…悪い。…ちょっと頭冷やす」


ウチはそれだけ言うと、エリナに背を向けて森の奥へと逃げるように走り出した。



Scene.82 信頼と裏切り


ウチは泉のほとりで一人、膝を抱えていた。

最悪だ。マジで最悪の気分。

心の傷が化膿して腐ったみたいにズキズキ痛む。

ウチの心の一番奥。…壊れたままのウチが叫んでる。


『信じちゃダメ。この子も同じ。いつか裏切る。キミがあげた愛情ぜんぶ踏みにじって笑うんだよ。…樹里がそうだったみたいに』


『今は純粋な顔してるだけ。もっと良い暮らしがしたくなったら? もっと強い力が欲しくなったら? 簡単だよ。キミを売ればいいんだから』


『独りは楽じゃん。傷つくこともない。期待しなきゃ絶望することもないんだから』


その声が頭に響く。

でも、ウチの中のこの数ヶ月、エリナと一緒に旅をしてきたウチが、それに言い返す。


『違う。この子は違うじゃん』


『ウチが魔将に斬られた時、この子は自分の命を懸けてウチを守った』


『あのクソ豚の屋敷でウチと一緒に記憶のない地獄を見た。それでもウチの手を離さなかったじゃん』


『この子は樹里なんかじゃ絶対にない』


分かってる。

頭では分かってるんだ。

でも、怖い。

またあの絶望を味わうのが死ぬより怖いんだ。

だから突き放した方が楽なんだ。この子がウチから離れていく前に、ウチから離れればいい。


どれくらいそうしていただろうか。

ふと背後に人の気配がした。エリナだった。

でも、彼女は何も言わなかった。ただウチから少し離れた場所に静かに座った。そして、木の実と水筒をウチとの間の地面にそっと置いただけだった。

その何も言わない優しさが、ウチのささくれた心に一番効いた。

樹里ならきっと泣き落とすか逆ギレして、ウチを言いくるめようとしただろう。

でも、エリナはただ待っていた。ウチが自分で答えを出すのを。



Scene.83 世界なんていらない


ウチは、ゆっくりと立ち上がると、エリナの前に、立った。


「…エリナ」


「…はい、お姉ちゃん」


「…もし、魔王がウチの首と世界の半分を交換してやるって言ったら、エリナはどうする?」


意地の悪い最低の質問。試すような問い。

でも、エリナは一秒も迷わなかった。


「世界の半分なんていりません」


まっすぐな綺麗な瞳でウチを見上げて言った。


「お姉ちゃんがいない世界なんて、全部、壊れてしまえばいいんですから」


その言葉に嘘は一ミリもなかった。

ウチの心の奥でずっとウチを縛り付けていた樹里の亡霊が、その光に焼かれて消えていくのが分かった。

涙が止まらなかった。

あの地獄以来、一度も流したことのなかった涙が。


ウチはしゃがみ込むとエリナを力いっぱい抱きしめた。


「ごめん…ごめんな、エリナ…」


「ううん…ううん…!おかえりなさい、お姉ちゃん…!」


ウチは決めた。

この温もりをもう一度信じてみる。

コイツがもし万が一、ウチを裏切るようなことがあったら、その時はウチがこの手でコイツを殺して、ウチも死ぬ。

でもそれまでは。

こいつがウチを「お姉ちゃん」と呼んでくれる限りは。

ウチはこの世界でたった一人の相棒を、命を懸けて信じ抜いてやる。


トラウマは消えない。傷は残ったままだ。

でも、その傷の上からもっと強くて温かい絆を結ぶことはできる。

ウチらはもう一度、二人で立ち上がった。

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