第十七話:聖樹の試練と絶望
Scene.73 終わらない森
最強の力を手に入れたウチらは自信満々で大陸の中心にそびえるという聖樹エリュシオンへと最後の旅を始めた。
聖樹は大陸のどこからでも見える天を突くような巨大な樹木だと言われていたから、方角さえ間違えなければ着くのは余裕っしょ!って思ってた。
…でも、三日経っても五日経ってもウチらは聖樹に辿り着けない。
「ねぇ、エリナっち…なんかおかしくない?」
「はい…。あの丘、昨日も通った気がします…」
景色はほとんど変わらない。どこまでも続く美しい神聖な森。明らかにウチらは同じ場所をぐるぐる回らされている。
ここは森そのものが作り出した巨大な結界迷宮だった。
「ちょーめんどいんだけど!こうなったらこの森、全部燃やしちゃダメかな!?」
ウチがそう言って悪態をついた時だった。
「待ってください、お姉ちゃん!」
エリナがウチの前に両手を広げて立ちはだかった。彼女は目を閉じ、女王から授かったばかりの新しい力を使った。
【スキル:聖樹の御子】。
「…森が怒っていません…。悲しんでいます…。そして私たちを試しているんだとそう言っています…!」
「試してるだって?しょーもない。で、どうすればいいわけ?」
「心を開いてください、と…。私たちの目的が本当にこの星を救うためのものなのか、魂を直接見せろ、と…」
エリナはそう言うとその場に座り祈るように目を閉じた。森の精霊たちが光の姿となって彼女の周りに集まってくる。
ウチは剣を構えエリナの背中を守るように立った。森がウチらの心の中に様々な幻影を見せてくる。金、権力、永遠の命…。くだらない誘惑をウチは全部舌打ち一つで斬り捨てた。
ウチが欲しいのはそんなもんじゃない。ただエリナの隣で全部のケリをつけて笑いたいだけだ。
ウチらの覚悟が伝わったのか。
やがて目の前の空間が陽炎のように歪んだ。そして今までなかったはずの光る苔に覆われた一本道が森の奥へと続いていた。
Scene.74 傷ついた聖樹
光の道を進んだ先。そこに聖樹エリュシオンはあった。
…デカい。デカすぎる。雲を突き抜け天の星々に届きそうなほど巨大な光の樹。その幹は真珠のように輝き葉の一枚一枚から生命の魔力が溢れ出している。
だがその神々しい姿は痛々しく傷ついていた。
幹の一部が黒く腐ったように変色している。枝は枯れ落ち葉は輝きを失っている。聖樹は明らかに何かに蝕まれ死にかけていた。
『…よくぞ参られた、人の子、星の子よ』
樹の幹から老婆のような穏やかでそして悲しげな声が響いた。聖樹自身の意識だった。
「アンタがエリュシオン?一体何があったの?魔王軍の仕業?」
『魔王は確かにこの世界を脅かす大きな“破壊”の力。ですが我を内側から蝕むこの“腐敗”はまた別の者たちの仕業です』
聖樹はウチらに語り始めた。
あの女神ルナが言っていた、もう一つの災厄について。
『“七つの大罪”。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。七つの歪んだ欲望の化身たる原罪の魔人たち。彼らは破壊を望みません。ただ全てを自分たちの罪の色に染め上げ堕落させ腐らせることを愉しむのです』
魔王軍とは目的も性質も全く違う敵。その七つの大罪の「強欲」と「色欲」の魔人がこの大陸に根を張り、聖樹の生命力を吸い取っているのだという。
Scene.75 星の民の故郷
「じゃあエリナは…。エリナの故郷は、どうなったの?」
ウチの問いに聖樹は悲しげに答えた。
『…ここが、星の民の故郷です』
「は?」
『星の民は街や国を持ちません。彼らは私が天の星々から光を集めそのマナを結実させて生み出す私の“子供”なのです。この聖樹エリュシオンこそが彼らの母であり故郷そのもの』
エリナの記憶にあった白い大きな木と祈る人々。それはこの聖樹がまだ健康だった頃の最後の星の民たちの姿だった。
聖樹が七つの大罪に蝕まれ始め星の民たちはその命を長らえさせるために再び聖樹の中へと還り、深い眠りについているのだという。
『…おお、我が最後の愛し子よ。…よくぞ、還られた』
聖樹はエリナに向かって優しく語りかける。
『…そして、良き名を授かったのですね』
「え…?」
『あなたは私たちが未来へと繋ぐため、外の世界へと放った最後の“種子”なのです』
「…そう、だったんですね」
エリナは涙を流していた。でもその顔はどこか晴れやかだった。
やっと辿り着いた。自分のルーツに。自分の帰るべき場所に。
だがその故郷は今まさに消え去ろうとしている。
「…泣かないで、エリナ」
ウチは涙を拭おうともしないエリナの頭をわし掴みするように撫でた。
「故郷が見つかったんでしょ。だったらウチらがやることはもう決まってんじゃん」
ウチは黒く腐った聖樹の幹を見据えた。
「大掃除の時間じゃん!魔王のケリはまだついてないけど、とりあえずその七匹のゴミどもから先に片付けちゃお!エリナのこのデカすぎる実家を元通りピカピカにして、エリナの兄弟たちも叩き起こしてあげよーよ!」
ウチの言葉にエリナは涙でぐしゃぐしゃの顔で、それでも力強く頷いた。
ウチらの本当の戦いが今ここから始まる。