第十三話:精霊の国とよそ者
Scene.56 精霊の国『アルベリア』
長い船旅の果てに、ウチらの目の前に現れた大陸は今までのどの土地とも全く違っていた。
空気が甘い。澄み切った大気に満ち満ちた濃密なマナが肌をピリピリと刺激する。港町『シルヴァン』の建物は人間たちが建てたような四角い石の塊じゃない。巨大な樹木そのものが家となり生きた蔦が編み上げられて橋となり、街灯の役割を果たしているのは夜になると淡い光を放つ不思議な水晶だった。
「…うわ。マジ、ファンタジーじゃん」
「綺麗…!お姉ちゃん、見てください!小さな妖精さんが飛んでます!」
エリナが指差す方を見るとキラキラした光の粉を撒き散らしながら羽の生えた小さな人型の何かが飛び回っていた。すれ違う人々も尖った耳を持つ美しいエルフや屈強なドワーフ、様々な獣人たちが当たり前のように歩いている。人間はウチらくらいしか見当たらない。
ここは精霊と、その血を引く者たちが住む国、『アルベリア』。
神秘的で幻想的で、そして…よそ者にはどこか冷たい空気がこの美しい街には流れていた。
Scene.57 最初の洗礼
この美しい国はウチらにそう優しくはなかった。
港の入国管理をしていたのは絵に描いたようなイケメンだけど、性格がちょー悪そうなエルフの衛兵。ウチらの姿を見るなりゴミでも見るような目で鼻で笑った。
「…人間? 穢れた種族が何の断りもなく、聖なる我が地へ足を踏み入れたのですか」
「は? 用があって来てんだけど。つーかその上から目線やめてくんない? アンタ名前なんてーの?」
ウチがいつものノリで聞き返すと、エルフは侮蔑の表情を浮かべた。
「下等種族に名乗る名はありません。ここはあなた達のような欲望の塊が来ていい場所ではない。お帰りなさい」
一触即発。ウチが剣に手をかけようとしたその瞬間、エリナがおもむろに懐から『星屑のプリズム』を取り出した。それに気づいた衛兵の上官らしきエルフが目を見開いて駆け寄ってくる。
「そ、そのプリズムは…! まさか古代の星の民の聖なる紋章…!? なぜ人間がそれを…」
「…話が通じそうじゃん?」
ウチがニヤリと笑うと上官は渋々といった様子で
「…よろしいでしょう。ですが素性が知れるまで監視させてもらいます。街で問題は起こさないように」
と言い渡しなんとか入国は許可された。
最初っからこれかよ。先が思いやられるんですけどー。
Scene.58 二番目の洗礼
腹が減って立ち寄った市場のパン屋。ウチはアクアリアで稼いだ金貨を差し出した。
だが、店の頑固そうなドワーフの親父はそれを見るなり、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「金だと!? このわしが大地の恵みに感謝して焼いた聖なるパンを、そんな汚らわしい欲望の金属片で買おうというのか! 人間め、失せろ!」
「はぁ!?金でモノ買って何が悪いわけ!?」
ウチがまたキレかけた時、エリナが前に出た。
「あの…でしたら、私たちの故郷の歌を聴いていただけませんか?そのお礼に少しだけパンを分けてください」
そう言うと、エリナは透き通るような美しい声で歌い始めた。それはこの世界のありふれた子守唄。だけど彼女の清らかなマナが乗った歌声は市場の喧騒を一瞬で静まり返らせた。頑固なドワーフの親父もその歌声に聴き入っている。
歌が終わると親父はふん、と鼻を鳴らした。
「…悪くない歌だ。…持っていけ」
店主はぶっきらぼうにパンの包みを投げてよこした。ウチは自分の常識がここでは全く通用しないことを噛み締めながら、そのパンを受け取った。
Scene.59 三番目の洗礼
宿を探して路地裏を歩いていると、最悪のタイミングでエルフの若者グループに絡まれた。
「おい人間。いい匂いがすると思ったら欲望と汚物の匂いだったぜ」
「その隣の娘は少しはマシなマナの匂いがするな。おい、こっちへ来いよ。そんな汚れた女と一緒にいるとお前まで穢れるぞ」
その一言でウチの何かがブチ切れた。
「…今なんて言ったか、もう一回言ってみなよ」
「事実を言ったまでだが?」
「そっか。じゃあその綺麗な顔面二度と元の形に戻れないように、ウチのヒールの裏でリフォームしてあげる」
戦闘は避けられなかった。相手は三人。俊敏な動きと風や水の魔法を巧みに使ってくる。
ウチはエリナを背中に庇いながら二本の剣で必死に応戦する。
「エリナ!援護!」
「はいっ!《ライトバインド》!」
エリナの光が一体の足止めをするが残りの二人の連携は速い。ウチの肩が風の刃で浅く切り裂かれた。
「お姉ちゃん!」
「かすり傷だって!それよりこいつら…ウチの連れに手ぇ出そうとしたこと、後悔させてやんよ!」
怒りで体の奥から熱い何かがせり上がってくる。闘気。ウチの体から放たれる純粋な殺気にエルフたちが一瞬怯んだ。その隙を突いて反撃に出ようとした時、衛兵隊が駆けつけてきて戦いは中断された。
ウチらはこの国では圧倒的に“アウェイ”だということを、骨の髄まで思い知らされた一日だった。
Scene.60 ウチらの現在地
その夜。シルヴァンの安宿の一室。
窓の外には水晶の街灯がキラキラと輝く幻想的な景色が広がっている。
だが、ウチらの心は昼間の立て続けのトラブルでささくれ立っていた。
「…マジ、ムカつくんだけど。てか、ウチら今、どんくらい強いんだっけ?」
ウチはベッドにふて腐れて寝転がりながら、自分のステータスを確認した。
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名前:莉央
レベル:38
HP:2850/2850
MP:800/800
【スキル】
・絶対支配: 使用不可(魔王の呪縛)
・女神の加護(中)
・ギャルのカリスマ
・二刀流剣術
・戦闘直感
・不屈の魂 ※パッシブ
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名前:エリナ
レベル:34
HP:1550/1550
MP:3500/3500
【スキル】
・聖属性魔法(上級)
・治癒魔法(上級)
・古代知識 ※パッシブ
・聖歌(エリアヒール&バフ)
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「…我ながら、エグい成長率じゃん」
「お姉ちゃんが、無茶ばっかりするからです!」
ウチらはもうあの頃の力に溺れただけの女や、ただ泣いてるだけのガキじゃない。
準備はできた。
「よし、行くか。こんなとこで油売ってる暇はねぇ」
いよいよこの国の中心、聖樹エリュシオンを目指す時が来たんだ。