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第百十五話:それぞれの決意

Scene.448 魔女の凱旋


エリナが星の民の元へと還ったその数日後。

リラはたった一人で故郷であるエルフの国へと帰還した。

先日、傲慢との闘いの協力要請に、数百年ぶりに足を踏み入れた故郷。その美しい白亜の都。


だが、彼女を迎える人々の目は変わっていた。


かつて彼女に向けられた軽蔑と憐憫の視線はない。そこにあるのは畏敬と尊敬そして戸惑い。

『堕ちた貴族』リラエールは今や、世界を救った三大英雄の一人『紅月』として、その土を踏んでいたのだ。


彼女は評議会にも実家にも寄らなかった。

ただ真っ直ぐ一つの場所へと向かう。

かつて彼女が罪を犯した場所。


古い決闘場。


そこに一人のエルフの男が立っていた。

リラのかつての許嫁ヴァレリウス。

その美しい顔の半分には、今もリラの炎が刻んだ古い火傷の痕跡が残っている。

リラは彼の前に進み出ると静かに頭を下げた。


「…ただいま戻りました。ヴァレリウス殿」



Scene.449 誇りの在り処


ヴァレリウスは何も言わなかった。

ただ自分の顔の傷跡にそっと触れた。


「…この傷はお前の罪の証ではなかった」


彼は静かに言った。


「…私の未熟さと傲慢さが招いた、愚かさの証だったのだな」


そして彼は、リラに向かって深く深く頭を下げた。


「世界を救ってくれた英雄に、エルフの民を代表して感謝する。…そして私の友として言わせてくれ。…よく戻ってきてくれた、リラエール」


その言葉にリラの瞳が大きく見開かれる。

その時、決闘場にもう一人姿を現した。


リラの父親だった。

彼は娘の前に立つとその肩に静かに手を置いた。


「…お前の『紅蓮』はもはや禁忌の炎ではない。…世界を照らした聖なる炎だ」


「…アルストロメリア家の誇りだ、リラ」


その一言で。

数百年もの間、彼女の心を縛り付けていた重い枷が音を立てて砕け散った。

リラの瞳から涙が溢れ出す。

それは悲しみでも悔しさでもない。

ただ温かい許しの涙だった。



Scene.450 新しい道


「戻ってきてくれるな、リラ。お前の席はもうここにある」


父親の言葉にリラは涙を拭うと静かに首を横に振った。

そして莉央が消えていった北の空を見上げた。


「…感謝します父上。ですが私の還るべき場所は、もうここにはありません」


「私の誇りは『莉央様の剣』であること。私の居場所はエリナ様と共に、莉央様が遺してくれたこの新しい世界を見守っていくことなのです」


彼女はもう過去に囚われた堕ちた貴族ではなかった。

新しい使命と誇りを胸に未来へと歩き出す、一人の気高き戦士だった。


リラはもう一度深く頭を下げると、故郷に背を向けた。


それは追放ではない。

祝福された旅立ち。


彼女は仲間が待つ聖樹の元へと還っていく。

莉央の遺した物語を紡いでいくために。

彼女の本当の人生が今、始まった。



Scene.451 女神の涙


そこは星屑のネオンが煌めく神々のためのプライベートクラブ。

いつもなら音楽と嬌声が響き渡るその場所は、今嘘のように静まり返っていた。


たった一人。

女神ルナは宇宙に面したVIPルームのソファに座り、目の前の巨大な魔力スクリーンを眺めていた。


そこに映し出されていたのは莉央が消滅した後の世界の様子。

エリナとリラの凱旋。世界中の歓喜。そして莉央を偲び語り継ごうとする人々の温かい想い。


女神ルナの完璧に作り上げられたギャルメイク。その頬を、一筋黒い涙が伝った。

マスカラが滲んでいくのも構わずに、彼女はただ静かに泣いていた。

その顔はもうノーテンキなギャルのそれじゃない。

大切な愛しい我が子を失った母親の顔だった。


挿絵(By みてみん)


(…マジ最悪の結末…)


彼女は心の中で呟いた。


(…いや、あの子にとっちゃあれが最高のケジメだったのかも。…弱くて不器用で独りよがりで…でも誰よりも優しかったあの子の、最後のワガママ…)


(…でも、アタシはこんな終わり望んでなかったんだって…)


彼女が莉央を選んだのは、ただその魂が面白かったからじゃない。

そのドス黒い絶望の一番奥底に、誰よりも強く輝く愛情の光を見つけていたから。

いつか彼女が自分自身を愛せる日が来ることを、誰よりも願っていた。

その結末がこれか。


(…アタシのせいだ)


女神は唇を噛み締めた。

彼女は全てを知っていた。

知っていてあえて莉央を突き放し、試練を与え続けた。

それが彼女を成長させる唯一の方法だと信じて。


だがそのせいで、彼女は命を落とした。

女神はそっと自分の手のひらを開いた。

その白い手の中に、一枚の神々しい純白の羽根が現れる。


彼女はその羽根を持ち上げると、スクリーンに映る平和になった異世界ではなくその遥か彼方。

無数に広がる宇宙の中のたった一つのちっぽけな青い星を見つめた。

莉央が生まれたあの世界を。


そして彼女は、その白い羽根に向かって自分の神気のほんの僅かをそっと優しく吹きかけた。


ふぅと。

まるでタンポポの綿毛を飛ばすように。


白い羽根は彼女の息吹を受けるとキラキラと輝くピンク色の光の粒子となって、宇宙の闇の中へと溶けていく。

そして一筋の流れ星となってあの青い星へと向かって飛んでいった。


誰にも気づかれない、ほんの僅かな奇跡。

女神の最後のエゴ。


全てを見届けた女神ルナはそっと目を伏せた。

そして最後に一度だけ呟く。

その声はもう泣いてはいなかった。

ただどこまでも優しく慈しみに満ちていた。


「…今度はちゃんと幸せになりなよね」


「…バカ」

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