第百十四話:英雄のいない世界
Scene.446 英雄のいない世界で
莉央の犠牲によって『大いなる虚無』が消滅してから数日後。
世界は静かに、そして確かに新しい時代へと歩み始めていた。
天頂の霊峰から帰還した各種族の連合軍が持ち帰ったのは、世界の勝利と、そして一人の英雄の喪失だった。
世界中が英雄の死を惜しんだ。
そして同時に彼女が命を懸けてもたらしてくれた、本当の平和の訪れに歓喜した。
その喜びの形は国々によって様々だった。
【聖樹エリュシオン】
聖域には穏やかな光が満ちていた。
完全に目覚めた星の民たちは母なる聖樹の再生を静かに祝い、新しい世界のための祈りの歌を捧げていた。
聖樹の一番太い根元には小さな水晶の祭壇が作られている。
そこには莉央の唯一の形見となった、樹里の白い羽根が大切に安置されていた。
星の民たちはその羽根に毎日星の光を捧げ、莉央という異界の魂への感謝を永遠に忘れないことを誓った。
【砂漠の国 ソルダート】
首都オアシスは建国以来最大級の祝祭に包まれていた。
広場では昼も夜も酒が酌み交わされ音楽が鳴り響く。
かつての円形闘技場は完全に取り壊され、そこには緑豊かな公園が作られた。その名を『莉央記念公園』。
祝祭の最終日。評議会議長のブランは民衆の前で高々と杯を掲げた。
「諸君!我らが解放者に感謝を!あの乱暴で口が悪くてどうしようもない、だが誰よりも気高かった英雄に献杯!」
数万の民衆が一斉に杯を掲げその名を叫んだ。
「「「莉央に栄光あれ!」」」
その声は砂漠の夜空を震わせた。
【怠惰の島々】
『安息』の神ベルはハンモックに揺られ新しい歌を作っていた。
それはもう全てを眠りへと誘う子守唄ではない。
新しい一日を始め、新しい冒険へと旅立つ者を祝福する陽気な船出の歌。
島々には穏やかな風が吹き、人々は働き、笑い、そして休む。
本物の「安息」がそこにはあった。
「…アンタが望んだのはこーいう世界だったんでしょ?」
ベルは夕日を見ながら呟いた。
「…うるさくて、面倒くさくて、でも悪くないよね。…ありがとね、莉央」
【ドワーフの都】
鉄牙山脈のドワーフの都では、国中の名工たちが槌を振るっていた。
彼らが作っているのは武器ではない。
都の中心広場に建てられる巨大なモニュメント。
それはオリハルコンとミスリルで作られた一人の女の像。
神々しい女神の像ではない。
黒い戦闘服を身に纏い、二本の剣を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべて中指を立てている破天荒なギャルの像。
彼らの救世主の本当の姿。
その勇姿は槌音と共に永遠に刻み込まれていく。
世界は確かに救われた。
英雄はもういない。
だが、彼女が遺したその破天荒でどうしようもない愛情と生き様は、物語となって世界中の人々の心の中で永遠に生き続ける。
戦いは本当に終わったのだ。
Scene.447 聖女の凱旋
莉央がその存在と引き換えに世界を救ってから数日が経った。
エリナはリラと共に聖樹エリュシオンの聖域へと帰還していた。
故郷は完全にその輝きを取り戻していた。
聖樹は天を突き歌い、目覚めた同胞である星の民たちは、穏やかな光の中で新しい社会を築き始めていた。
エリナの帰還を知った星の民たちは皆、その作業の手を休め彼女の元へと集まってきた。
彼らは歓声を上げたりはしない。
ただその星雲の瞳を優しく細め、自分たちのたった一人の同胞であり、そして救世主である少女の帰還を静かに祝福していた。
やがて星の民の長老がエリナの前に進み出た。
<…お帰りなさいエリナ。我が同胞。…そして我らが希望の星よ>
その温かい思念がエリナの心に流れ込んでくる。
「…ただいま戻りました…!」
エリナの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
独りぼっちだった。ずっと独りだと思っていた。
莉央とリラというかけがえのない仲間ができても、魂の根源にある孤独感は消えなかった。
だが、もう違う。
目の前には自分と同じ瞳、同じ魂を持つ何百もの家族がいる。
「皆さん…!本当にまた会えたんですね…!」
彼女は子供のように泣きじゃくった。
星の民たちはそんな彼女を優しく、そして愛おしそうに見守っている。
やがてエリナは涙を拭うと顔を上げた。
そしてこの美しい光景をその命と引き換えに守ってくれたたった一人の恩人のことを想った。
(…これが、お姉ちゃんが守ってくれた未来…)
長老は静かに頷いた。
<これからはあなたが我らを導くのです>
「え…?」
<あなたはもはや未来へと託されたただの種子ではない。…世界を救う大樹へと成長なされた。…さあ聞かせてください。莉央という乱暴で温かな光の物語を。そしてこの新しき世界で我らがどう生きていくべきかその道をお示しください>
エリナはその言葉にはっとした。
そうだ。悲しんでばかりはいられない。
自分には新しい役目がある。
莉央の物語を正しく後世に語り継ぎ、そして彼女が守ったこの世界を今度は自分が守っていく役目が。
エリナはもう一度涙を拭うと、今度は強く、そして気高い聖女の顔で微笑んだ。
そして集まった同胞たちに語り始める。
全ての始まりの物語。
森の奥で一人の銀髪のギャルと出会ったあの日のことから。
彼女の新しい人生が今始まった。




