第百十一話:白い亀裂
Scene.431 解放の光
莉央が『傲慢』の魔人ルシエルを完全に消滅させたその瞬間。
彼女の魂から放たれた八つの神々の力が一つになった黄金の波動。
それは天頂の霊峰の頂から世界中へと光の速さで広がっていった。
その光は呪いを浄化する光。
その波動は世界を再生させる産声だった。
Scene.432 聖樹の完全なる復活
光の波動が精霊の国アルベリアの聖域に到達した時、奇跡は起こった。
今までかろうじてその命を繋ぎ止めていた、聖樹エリュシオン。
その幹に僅かに残っていた最後の呪いの染みが、完全に消え失せた。
次の瞬間、聖樹は内側から爆発するような純白の光を解き放った。
それはもはやただの光ではない。
生命そのものの根源的な輝き。
枯れていた枝の先々から一斉に、星屑の結晶でできた新しい葉が芽吹き、瞬く間に天を覆い尽くす。
その葉が触れ合う音色は、もはやただの鈴の音ではない。
世界の再生を祝福する壮大な天上の音楽。
幹からは生命の蜜が溢れ出し、聖域全体が甘い香りと生きる喜びに満ち溢れていった。
聖樹エリュシオンは数千年ぶりに、その完全な姿を取り戻したのだ。
Scene.433 星々の目覚め
そして、聖樹の完全復活に呼応して。
その高い枝にぶら下がっていた何百もの光の繭が、一斉にその輝きを増大させた。
心臓の鼓動のように明滅を繰り返していた光が一つに繋がり、繭全体が太陽のように輝き始める。
やがてその繭が蓮の花のようにゆっくりと、一枚、また一枚と光の花弁を開いていく。
その中から現れたのはエリナと同じ星の民たち。
光でできた羽衣を纏い、その銀色の髪は星の光を反射して、キラキラと輝いている。
彼らは一人、また一人と、ゆっくりとその星雲の瞳を開いた。
何千年もの永い眠りからの目覚め。
彼らは声を出さなかった。
ただ生まれ変わった故郷を、完全に癒えた母なる聖樹を見上げ、その瞳から光の涙を静かに流していた。
長かった悪夢の終わり。魂の奥底からの歓喜。
やがてその全ての星の民が、まるで示し合わせたかのように一斉に同じ方角を向いた。
遥か北。天頂の霊峰の方向を。
彼らには分かっていた。
自分たちを目覚めさせてくれた、その温かい光の持ち主の存在を。
そして、自分たちのたった一人の同胞が、今そこにいることを。
星々の祈りが一つの感謝の想いとなって、戦いの終わった空へと届けられた。
Scene.434 白い亀裂
ウチらは歓喜の輪の中心にいた。
長かった戦いは終わった。
ウチはエリナとリラ、そして集まってきてくれたザハラやブランの爺さんたちと、勝利の余韻に浸っていた。
「さあ帰還の準備だ!」
ザハラが声を上げる。
ウチらも頷き、この世界のてっぺんからそれぞれの故郷へと帰る準備を始めた。
その時だった。
ウチは山頂から何気なく眼下に広がる世界を見下ろした。
雲海の上に広がる青い空と青い海。
ウチらが守り抜いた美しい世界。
(ん?なんだろ、あれ…?)
ウチは目を細めた。
遥か西。
水平線の一部が、ほんのわずかだけど白く欠けているように見える。
まるで美しい絵画の一部が、絵の具ごと削り取られたかのように。
不自然な真っ白な傷。
そしてそれはとてもゆっくりだけど確実に、少しずつその範囲を大きくしているように思える。
Scene.435 『虚無』の顕現
(なんだろ?新種の雲?)
ウチがそう思った瞬間。
ウチの内なる八柱の神々の力が一斉に悲鳴を上げた。
恐怖じゃない。
自分たちの存在そのものを否定する「天敵」に出会ったかのような本能的な戦慄。
(!?八柱神の力なの、これ…!)
ウチははっきりと感じた。
いや、理解した。
(あの『白いそれ』が、ゲブの爺さんが言っていた『大いなる虚無』…)
(全ての元凶…!)
それはそこに「何か」があるんじゃない。
そこだけ「何もかもがなくなって」いるんだ。
世界そのものが端から消滅を始めている。
ウチがその恐るべき事実に気づいたのとほぼ同時だった。
ウチ以外にも軍の中の何人かが、その異常に気づき始めた。
鋭敏な魔力感知能力を持つエルフの魔術師たち。
世界の理を読み解くドワーフのルーン使い。
そして、百戦錬磨の戦士たちの野生の勘。
「…おい、あれを見ろ…」
「…地平線が、消えていく…?」
「…なんだ、あれは…。不気味だ…」
さっきまで勝利に沸き立っていた数万の群衆の歓声が、徐々に静まっていく。
代わりにじわりじわりと伝染していく不安と動揺。
誰もが本能的に感じ取っていた。
本当の終わりが今、始まろうとしていることを。




