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第十一話:港町と弱者の代償

Scene.45 港町の潮風と血飛沫


ウチらは商人のバルトロ爺さんと別れ、彼が教えてくれた南の大きな港町『アクアリア』に到着した。

潮の香りとカモメの鳴き声が新しい旅の始まりを告げている。

アクアリアでの日々は森や山とはまた違った、潮の香りと生臭さが混じる戦いの連続だった。ウチらはギルドで海に関連した依頼を片っ端からこなしていった。



【討伐依頼①:鋼鉄蟹『ショア・クラッシャー』】


海岸を縄張りにするデカい蟹。その甲羅は鋼鉄みたいに硬くてウチの安物の剣じゃ傷一つ付けられない。

「お姉ちゃん!泡を吐きます!」

エリナの叫びと同時に蟹の口から強力な酸の泡が発射される。ウチはそれを転がって避け蟹の側面へ回り込んだ。

「関節しかないっしょ!エリナ、足を狙って!」

「はいっ!《氷柱》!」

エリナの氷の魔法が蟹の足の付け根で炸裂。動きが鈍った隙にウチはその関節の隙間に剣を突き立て抉るように捻り上げた。地道な作業だったけどなんとか勝利。全身、潮と返り血と蟹味噌でベトベトになった。


【討伐依頼②:半魚人『ギルマン』の巣窟掃討】


海辺の洞窟に棲みついたギルマンの集団。水中での素早さは厄介極まりない。ウチらは燻した臭い草を大量に洞窟に投げ込み煙でヤツらを咳き込ませながら外へと誘い出した。

煙で視界が悪い中、奇声と共に飛び出してくるギルマンたち。ウチが前衛でヘイトを集めエリナが後方から光魔法で的確に援護する。一体また一体と確実に数を減らし最後の一匹を仕留める頃には夜が白み始めていた。


【討伐依頼③:霧の幽霊船】


沖合に現れる幽霊船の調査。物理攻撃が効かないゴースト系の討伐は完全にエリナっちの独壇場だった。

「一思いに成仏させなよね、エリナ!」

「はい!大いなる光よ、迷える魂に安らぎを!《ホーリーライト》!」

エリナが放つ神々しい光が船内に渦巻く怨念を浄化していく。ウチは彼女を守る壁に徹した。


【討伐依頼④:大海蛇『シーサーペント』】


漁船を襲う巨大な海蛇の討伐。船の上っていう不安定な足場で海中から突き上がる巨大な顎と戦うのはマジで死ぬかと思った。

船乗りたちと協力しバリスタでヤツの動きを止め、ウチはマストからヤツの背中に飛び移った。

滑る鱗に足を取られながらも逆鱗の隙間に剣を突き立てる。エリナの雷魔法が海面で炸裂しシーサーペントが苦し紛れに暴れ回る。三日三晩の死闘の末ようやくヤツを仕留めた時には港中で英雄扱いされた。ま、悪くない気分だったかな。


【討伐依頼⑤:奴隷密輸団『黒鱗会』】


最後は人間相手の汚れ仕事。獣人族を攫って売りさばいているクソみたいな密輸団のアジト摘発。

夜陰に紛れて倉庫街のアジトに潜入し見張りを背後から気絶させていく。ウチの荒っぽいが洗練された体術とエリナの補助魔法のコンビネーションは完璧だった。


これらの依頼をこなすうちにウチのレベルは30を超えエリナもそれに迫っていた。港町でのウチらの評判は『黒衣の女剣士と星の聖女』として確固たるものになっていた。



Scene.46 倒錯の館


聖樹エリュシオンのある大陸へ渡るには嵐の海域を越えられる特別な大型の魔導船が必要だった。そしてそんな船をこの港で持っているのはたった一人。全てを牛耳る大商人バザロフだけだった。


ウチらは紹介状を手にヤツの屋敷を訪れた。通された部屋は金銀財宝で飾り立てられた悪趣味の塊みたいな場所だった。

ソファにふんぞり返っていたのは絵に描いたようなデブでハゲのオヤジ。豚みたいな顔に蛇のようにいやらしい目が付いている。


「南の大陸に渡りたい。アンタの船に乗せてくんない?」


「ククク…いいだろう。だがタダというわけにはいかん」


「金ならある」


ウチは今までの報酬が入った袋をテーブルに叩きつけた。だがバザロフは鼻で笑う。


「金などいらん。私が欲しいのはもっと“楽しい”ものだ。…条件は一つ。今夜一晩、お前たち二人、私の“おもちゃ”になってもらう」


「…は?」



Scene.47 葛藤と拒絶


その言葉を聞いた瞬間、ウチの頭の中で何かがプツリと切れた。

隣でエリナが息を飲む気配がする。

ウチはゆっくりと立ち上がった。


(…ダメだ。無理だ)


(ウチ一人の体ならまだいい。舌を噛み切ってでもこいつを殺して終わりにする)


(でもエリナまで巻き込むわけにはいかない…!)


(この純粋で綺麗な魂をこんな汚物で汚させるわけにはいかないんだよ…!)


「断る」


ウチは静かに、しかしきっぱりと言い放った。


「そのふざけた条件。…ウチらは他の方法を探す。行くよエリナ」


ウチはエリナの手を引いてその場を立ち去ろうとした。



Scene.48 卑怯な罠


「ククク…」


背後でバザロフの下品な笑い声が響いた。


「このバザロフの館から無事に帰れると思ったかね?」


その言葉と同時だった。

急に目の前がぐにゃりと歪んだ。体の力が抜けていく。

部屋に焚かれていた香。それが強力な魔力性の麻痺薬だったんだ。


「…くっ…!」


ウチは必死に意識を保とうとするがもう指一本動かせない。エリナもその場に崩れ落ちていた。


「冒険者だか英雄だか知らんがな。結局力がなければただの雌だ。…金と権力の前では赤子同然よ」


バザロフのその下卑た笑い声を最後にウチの意識は完全に闇に堕ちた。



Scene.49 記憶のない夜と不条理


―――次に目を覚ました時。


ウチらは薄暗くカビ臭い石造りの風呂場のような場所に転がされていた。

服は着ていない。体はアザだらけであちこちがズキズキと痛む。そして体中にこびりついた覚えのない粘ついた汚物。

記憶はない。だが体が覚えている。魂が悲鳴を上げている。

何かとてつもなく恐ろしくて屈辱的なことが行われたのだと。


「…う…うわあああああん…!」


隣で目を覚ましたエリナが自分の体を見て泣き叫んだ。

ウチはそんなエリナをただ抱きしめることしかできなかった。怒りよりも深い深い無力感がウチの心を支配していた。


(…クソが。…クソ、クソ、クソが…!)


(なんだよこれ…。レベル? スキル? …そんなもん、何の意味があんだよ…!)


(結局そうだ。どんだけ強くなっても剣を握れない毒を盛られたらその一瞬で全部終わり。…力がないヤツはただ奪われるだけ。犯されるだけ。…それがこのクソみたいな世界のルール)


(魔王に叩き込まれたはずのその不条理を、ウチはまた忘れて調子に乗ってたんだ…)


ウチは唇を強く噛み締めた。血の味がした。



Scene.50 夜明けの船出


そこに身支度を整えたバザロフが現れた。


「おや、お目覚めかな。約束通り船に乗せてやろう」


その顔には昨夜の狂気は微塵もなかった。ただの人の良い商人の顔。それが余計にウチの怒りを増幅させた。


港まで連れて行かれ大型魔導船の甲板へと通される。


「では良い旅を」


バザロフが背を向けたその瞬間。ウチはヤツの耳元で静かに、しかし地の底から響くような声で囁いた。


「…覚えてなよね、クソ豚」


バザロフの肩がピクリと震える。


「次に会う時は、その汚い#$%根元から食いちぎってケツの穴から脳みそまで掻き出してやる!」


返事は聞かずにウチは船に乗った。

出航の鐘が鳴る。船がゆっくりと岸壁を離れていく。

ウチとエリナは朝日が昇る甲板の上でどちらからともなく抱き合った。


「お姉ちゃん…私何も覚えてない…。でも怖い…。体が覚えてる…」


「…うん」


ウチは震えるエリナを強く抱きしめた。


「…だから絶対に殺す。…でもそれだけじゃ足りない」


(…もっと強くならなきゃ。誰にも何も奪わせない本当の力。…どんな卑怯な手も権力も金も全てをねじ伏せる絶対的な力を手に入れなきゃ、ウチらの魂は一生救われない)


新たな誓いを胸にウチらの船は聖樹のある大陸へと進んでいった。

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