第百九話:世界の声
Scene.423 世界大戦
それは神話の一ページ。あるいは世界の終わりを描いた叙事詩。
天頂の霊峰の頂で始まった戦いは、まさしくそう呼ぶに相応しい光景だった。
【地上戦線】
「怯むな!奴らの狙いは玉座だけだ!我らが英雄の盾となれ!」
ザハラの檄が戦場に響き渡る。
彼女が率いるソルダートの精鋭騎士団とドワーフの重装戦斧団が巨大な『金剛の巨人』の軍勢に正面から激突する。
人間の剣もドワーフの戦斧も、そのダイヤモンドの体を傷つけることはできない。
だが彼らは一歩も引かなかった。仲間が巨人の一撃で肉塊となっても、その屍を乗り越え次の者が挑みかかる。
後方からはドワーフの機械戦団が巨大な魔力砲を絶え間なく撃ち込み、巨人の硬い装甲を少しずつ削り取っていく。
【空中戦線】
空は混沌を極めていた。
炎を吐くワイバーンの群れと真空の刃を放つ『嵐の妖婦』たちが入り乱れ、激しい空中戦を繰り広げている。
竜騎士たちが次々とその命を散らしていく。だが彼らの捨て身の突撃がハーピィたちを地上から引き剥がし他の部隊への被害を最小限に食い止めていた。
【魔術戦線】
「全魔力を中央の天竜へ!」
リラの父親が率いるエルフの魔法弓兵部隊。
彼らが相対するのは一体で国を滅ぼすと言われる伝説の『天竜』。
天竜が吐き出す絶対零度の星光のブレス。それをエルフたちは数千人がかりの大魔法『世界樹の盾』で必死に防ぐ。
盾が砕けるその僅かな時間に数千本の光の矢を斉に放ち、天竜の鱗を少しずつ剥がしていく。
戦場は阿鼻叫喚の地獄。
だがそのあまりにも壮絶な死闘の中心。玉座の間近だけは嘘のように静かだった。
光の化身ルシエルは眼下で繰り広げられる世界の終焉を、まるでつまらない演劇でも見るかのようにただ静観している。
その足元には黒衣の女が蹲っている。
世界中の希望がその命を懸けて守ろうとしているたった一人の英雄。
だが彼女の瞳に光はない。
この世界の運命を懸けた戦いの音すら、もう彼女の心には届いていなかった。
Scene.424 傲慢の演説
世界大戦は終わらない。
各種族の連合軍は厄災級の魔物たちを相手に、今も死闘を繰り広げている。
その壮絶な戦場を見下ろし『傲慢』の魔人ルシエルは静かにその声を世界中に響かせた。
それは全ての知的生命体の脳内に直接語りかける神の神託。
『愚かなる子らよ。その闘争に意味はない』
『お前たちの英雄は敗れた。希望は潰えた。お前たちの自由や意志という病は、ただ苦しみしか生まぬ』
『さあ全てを私に委ねなさい。抵抗をやめ、思考をやめ、ただ私という完璧な調和の一部となるのだ。それこそが唯一の救済…』
その甘美な絶望の囁きは世界中の人々の心を蝕み始めた。
戦う兵士たちの腕から力が抜けていく。
英雄の敗北という事実に希望の光が消えかけていた。
Scene.425 祈りの集約
「…させるものですか!」
その絶望の奔流にたった一人立ち向かったのがエリナだった。
彼女は戦場の中心に進み出ると天に両手を掲げた。
「聖樹様!星の民の皆さん!そして世界中の人々!どうか私に力を貸してください!」
彼女の魂の叫びに呼応して遥か南の聖樹エリュシオンが眩い光を放った。
その光は世界の龍脈を伝い、かつて莉央が救った全ての街へ人々へと届いていく。
ソルダートで、ヴァニタスで、ドワーフの都で。
ルシエルの声に絶望しかけていた人々は、その温かい光に触れ思い出した。
自分たちを救ってくれたあの乱暴で、口が悪くて、でも誰よりも強くて優しかった銀髪の女のことを。
『…黒狐に幸あれ!』
『莉央に我らの祈りを!』
『姉ちゃん!負けんじゃねぇぞ!』
世界中の感謝と祈り、そして声援。
その全ての想いが光となって再び龍脈を逆流し、天頂の霊峰のエリナの小さな体に集約されていく。
彼女の頭上に、世界中の希望でできた太陽よりも眩しい黄金の光の球が生まれた。
Scene.426 『自尊』の誕生
白い無の世界。
廃人と化した莉央の魂の牢獄。
そこにその黄金の光が降り注いだ。
温かい。懐かしい光。
その光と共にウチの心に声が聞こえてくる。
『立て、莉央!お前は独りじゃない!』
『姉ちゃん!俺諦めねぇぞ!』
『あなたには価値がある』
『莉央様…!』
『お姉ちゃん…!』
ザハラのカイトのブランの、リラのそしてエリナの声。
ウチが救ったはずの世界が今、ウチを救おうとしてくれていた。
(…ああそっか)
ウチは独りじゃなかった。
ウチは無価値なんかじゃなかった。
ウチがここにいることを望んでくれるヤツらがいる。
ウチが戦うことを信じてくれるヤツらがいる。
その温かい想いの奔流が、砕け散ったウチの心の鏡の破片を一つ一つ繋ぎ合わせていく。
そしてウチの魂の中心に最後の柱が生まれた。
八柱神最後の一柱。『自尊』の力が。
ウチは世界中の人々の「あなたは独りじゃない」「あなたには価値がある」という想いを受けて、生まれて初めて自分自身を心の底から愛することができる気がした。
物理世界。
ルシエルの足元で蹲っていた莉央の体から黄金の光が溢れ出す。
その虚ろだった瞳に一筋金色の涙が伝った。
そしてゆっくりとその瞼が持ち上がり、かつてないほど強くそして優しい光がその瞳に灯った。
莉央は静かに立ち上がった。
本当の戦いが今、始まる。




