第百三話:傲慢降臨
Scene.397 『傲慢』降臨す
天頂の霊峰。その頂。
雲海を見下ろすその世界のてっぺんに、一つの質素な水晶の玉座があった。
そこに男は座っていた。
背には純白の十二枚の翼。絹のように輝く白銀の髪。
男とも女ともつかない神々しいまでに完璧な美貌。
その姿はかつてウチが見たアスモデウスの人工的な美とは違う。
生まれながらにして完璧である絶対的な存在。
七つの大罪最後の一柱。『傲慢』の魔人ルシエル。
彼がゆっくりと立ち上がると、その周りの空間が歪んだ。
ウチが道中で斬り捨ててきたはずの厄災級の魔物たち…金剛の巨人、嵐の妖婦、そして天竜までもが無傷の姿で次々と現れ、彼の玉座の周りにひざまずく。
まるで神とその使徒たち。
その威厳は今までウチが出会ったどんな敵よりも圧倒的だった。
『…来たか、調停者よ』
ルシエルの声は穏やかで、そして絶対的な自信に満ちていた。
彼はウチに向かって語り始める。
この不完全な世界への嘆きを。彼が目指す完璧な世界の創造を。
『この世界は失敗作だ。悲しみ、苦しみ、嫉妬、怒り…。あまりにも不純物が多すぎる。故に私はこの世界を一度無に還し、私という唯一の完璧な意志の元に再創造する』
Scene.398 通じない刃
だけどウチはそのクソ長い演説を聞く気はさらさらなかった。
(問答無用!)
ウチはヤツが語っている途中だというのに全力で突っ込んだ。
周りの厄災級モンスターどもはウチに見向きもしない。ルシエルが命じない限り動く気はないらしい。
ウチはルシエルの懐に飛び込むと神速の剣舞を叩き込んだ!
手応えはあった。
ウチの『星屑』の刃は確かにヤツの神々しい体を何度も切り裂いた。
純白の翼が斬り飛ばされ銀色の血が舞う。
だが。
『…美しい』
ルシエルは顔色一つ変えなかった。
その体から血を流しながらも、まるで意に介さず延々と語り続ける。
『その力、まさに世界を書き換える力。我が理想の世界を創るための礎として実に相応しい…』
ウチはさらにヤツの心臓を二本の剣で貫いた。
物理的にもスキル的にもダメージは確実に通っているはずだ。
なのにヤツは全く意に介さない。
『お前は思うだろう。何故我が抵抗せぬのかと。…簡単なことだ。この肉体などただの器。我が魂、我が完璧な意志の前では何の意味も持たぬ』
なんだよこいつ…!
気色悪い…!
Scene.399 肉体の終焉
「…だったら!」
ウチはヤツから距離を取ると、自分の内なる七柱の神の力を全て解放した。
ウチの全身から虹色のオーラが噴き出す。
「そのガワごと完全に消し飛ばしてあげる!」
ウチは最強の神技スキルを放った。
【義憤の断罪】。
七つの神の力が一つになった絶対的な処刑技。
虹色の巨大な破壊の奔流がルシエルに直撃した。
『…さあ始めようか。本当の創世を…』
ルシエルはその光に飲み込まれる瞬間、満足そうに微笑んだ。
そしてヤツの完璧な肉体は轟音と共に完全に爆散した。
跡形もなく。
Scene.400 静寂の玉座
光が収まる。
ウチは肩で息をしていた。
目の前の玉座は空っぽ。ルシエルの姿はどこにもない。
周りを囲んでいた厄災級の魔物たちは、主を失ったというのに変わらずそこに佇んでいる。
そして何より。
この山頂を支配していたあの圧倒的な『傲慢』のオーラが消えていない。
いやむしろさっきよりも濃密になって世界全体に広がっていくのを感じる。
ウチは空っぽの玉座と動かない魔物たちを見回した。
勝った。
確かにヤツの肉体は消し飛ばした。
だけど何も終わった気がしない。
(…終わった…の!?)
ウチの魂が警鐘を鳴らす。
本当の戦いはまだ始まってすらいないと。
Scene.401 ありえたかもしれない未来
不気味なほどの静寂が天頂の霊峰を支配していた。
ルシエルの肉体を滅してからもう数分が経つ。だがヤツの配下である厄災級の魔物たちはピクリとも動かない。
ウチは剣を構え直しながら思考を巡らせる。
リラたちと別れてもう一ヶ月が経った。
(…あいつら、今頃、何してんのかな)
その上でふと考える。
もしこの最後の戦いが終わって世界が本当に平和になったら。
ウチはそのあとどうするんだろう。
その瞬間。ウチの脳内に一つの鮮明な未来の光景が浮かび上がった。
―――そこは完全に再生した聖樹エリュシオンの聖域。
銀色の葉が風に歌い目覚めた星の民たちが穏やかに暮らしている。
その中心でエリナが笑っていた。
ウチが今まで見たこともない心の底からの屈託のない笑顔でその本当の家族たちと語らっている。
ウチの姿を見つけた彼女は「お姉ちゃん!」と叫んで駆け寄ってくる。その顔は幸せに満ち溢れていた。
―――場面が変わる。
どこかの賑やかな街の一角。そこには『Bar Stardust』という看板を掲げた小さな店がある。
カウンターの中ではウチがシェイカーを振っていた。
店の奥の事務所ではリラが帳簿をつけながら
「莉央様!また常連にタダ酒を振る舞いましたわね!赤字ですわよ!」
と怒っている。
「いーじゃん別に。ウチの店だし」
「いいえ、共同経営です!」
そんなくだらない言い合い。戦いも使命も何もないただの日常。
―――砂漠の国ソルダート。
議長になったブランの爺さんと、国軍のトップになったザハラに会いに行く。
すっかりたくましくなったカイトが照れながら、ウチに街を案内してくれる。
―――南の楽園。
『怠惰』の島々で、完全に『安息』の神に戻ったベルの元へバカンスに行く。
―――そしてどこかの湖のほとり。
ウチとエリナとリラの、三人だけの小さな家。
ウチが慣れない手つきで料理をして、黒焦げの何かを作り出し、二人に腹を抱えて笑われる。
そんな何でもない一日。
明るくて楽しくて温かい毎日。
Scene.402 幸福の違和感
(…ああ、いいな)
ウチはそのあまりにも幸せな光景に、涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。
ウチが心のどこかでずっと求めていた未来。
守りたかった世界。
…だが。
その完璧な幸福感の中に一つの小さな違和感があった。
ウチは気づいていた。
この幸せな未来予想図の中に、ウチ自身が守りたかったはずのエリナとリラの顔が、どこかぼんやりと霞んでいることに。
ウチの記憶の中の二人と少しだけ違うことに。
(…なにこれ)
これは本当にウチが望んだ未来?
それともこれは…。
誰かがウチに見せている都合のいい夢…?
ウチの背筋を冷たい汗が流れた。
目の前の空っぽの玉座がまるで嘲笑うかのように静まり返っていた。




