第百話:自尊なき英雄
Scene.381 再生の光と目覚めの予兆
聖樹エリュシオンの聖域へと帰還したウチら。
目の前にそびえ立つその姿は、以前とは比べ物にならないほど力強さを取り戻していた。
幹を蝕んでいた黒い腐敗はほとんど消え去り、その大部分が神々しい白銀の輝きを放っている。
『…よくぞ戻られた』
聖樹の声が響く。その声は以前よりずっと力強い。
『あなた達が大罪を浄化してくれたおかげで私はこうして意識を保っていられる。…だが、最後の呪詛がこの世界を覆っている限り完全な再生は叶わぬ』
ウチは聖樹の高い枝に目をやった。
そこにぶら下がる星の民の繭。
その輝きは以前よりもずっと強くそして温かい。
まるでもうすぐ生まれてくる赤子のようにその光はゆっくりと鼓動している。
エリナはその光景を涙を浮かべながら見上げていた。
「…皆さん…。生きてる…。もうすぐ会えるんですね…!」
そうだ。まだ眠りからは覚めていない。
だが確実に目覚めの時は近づいている。
この最後の戦いが終わったその先に。
Scene.382 七柱の力
聖域の番人であるゲブの爺さんがウチの前に進み出た。
『…見事だ、調停者よ』
彼はウチの魂の輝きを見て深く頷いた。
『『統治』『好敵』『繁栄』『愛情』『義憤』『安息』そして『糧』。古の八柱神の内、実に七柱の聖なる力が今、お主の中にある』
「…」
『だがそれ故に分かるはずだ。たった一つ欠けたピースのその歪みが、どれほど世界を蝕んでいるかが』
そうだ。
ウチは今、この世界の理の七つをその身に宿している。
だからこそ分かる。
最後の一柱…『自尊』が堕ちた『傲慢』の呪いがどれほど強力でこの世界の根幹を歪めているか。
アイツを浄化しない限りこの物語は終わらない。
Scene.383 最後の戦いへ
聖樹がウチに語りかける。
『最後の戦いはお前たちだけに背負わせはしない。我がありったけの力で道を開こう』
エリナがウチの手を強く握った。
「お姉ちゃん。私の故郷と家族を…よろしくお願いします…!」
リラがウチの隣で静かに跪く。
「この剣、あなた様と共に」
ウチは仲間たちの覚悟を受け止めた。
そして聖樹が指し示す最後の目的地…雲の遥か上にあるという『天頂の霊峰』を睨みつけた。
「…分かったよ」
ウチはニッと笑った。
「最後の大仕事だ。ウチがこの手でハッピーエンドを掴み取ってあげる」
Scene.384 二人の夜話
その夜、莉央は久しぶりに深い眠りに落ちていた。
『女王の閨房』の豪華な寝室。
エリナとリラはその穏やかな寝顔を見つめながら静かに言葉を交わしていた。
「…リラさん」
エリナが小さな声で切り出した。
「最後の大罪…『傲慢』とは一体どのような方なのでしょうか…」
リラは手元の古い魔導書から顔を上げた。
「…ゲブ様と聖樹様のお話によればこう記されています。『自尊』とは本来『己を信じる力』。自分が何者であるかを正しく理解し、その価値を認める崇高な精神だと」
「自分を信じる力…」
「ええ。ですがそれが『大いなる虚無』に蝕まれた時、『傲慢』へと反転した。己を信じる力は『己“だけ”を信じる』独善に。自分以外の全ての価値を認めず見下す絶対的な排他の精神。…それこそが『傲慢』の本質ですわ」
Scene.385 最大の不安要素
リラのその言葉にエリナは息を飲んだ。
そして眠っている莉央の顔を見つめる。
その美しい寝顔には時折苦しげな色が浮かんでいた。
「…莉央お姉ちゃんはとても強いです。誰よりも優しくて温かい。…でも」
エリナの言葉をリラが静かに引き継いだ。
「…ええ。莉央様は最強です。ですが、彼女には決定的に欠けているものがある」
二人の視線が交差する。その瞳に宿るのは同じ深い深い不安。
「『自尊心』、ですわ」
リラは静かに言った。
「彼女は私たちのこと、世界の平和のこと…自分以外の全てを守るためには、神すら超える力を発揮する。ですが、彼女自身のこととなると驚くほど無頓着で自己評価が低い。…自分の価値を心の底から信じてはいないのです」
「…はい」
とエリナも頷く。
「お姉ちゃんはいつも自分のことを『クソみたいなギャルだ』と笑います。…それがお姉ちゃんなりの照れ隠しだと分かっていても、時々、本当にそう思っているように聞こえて、胸が痛くなります…」
リラは続けた。
「彼女のあの無謀な戦い方も、あえて自分を貶めるような下品な挑発も、全ては『どうせウチなんて』という強い自己否定の裏返し。…あれほど他人を愛することができるのに、彼女は自分自身を愛してはいない」
Scene.386 最悪の相性
その結論はあまりにも絶望的だった。
「だとしたら…」
エリナの声が震える。
「自分だけを信じ他者を見下す『傲慢』と…。自分を信じられず自分を見下しているお姉ちゃんは…」
「…最悪の相性ですわ」
リラがその残酷な事実を肯定した。
「力と力のぶつかり合いならば莉央様が負けることは万に一つもないでしょう。ですが『傲慢』の真の攻撃が精神的なものであるならば…」
「莉央様の、その唯一にして最大の弱点を的確に、そして容赦なく突いてくるはずです」
二人は黙り込んだ。
眠る莉央の寝顔はまるで迷子の子供のように無防備だった。
彼女はまだ気づいていない。
最後の敵は外じゃなく彼女自身の、一番内側にいるということに。
「…私たちが」
エリナが決意を固めたように言った。
「私たちが、お姉ちゃんの盾にならなければ」
「…いえ」
彼女はリラを見つめた。
「私たちが、お姉ちゃんの『自尊心』にならなければ…」
最後の戦い。
それはただ莉央の強さだけを信じる戦いじゃない。
莉央の「弱さ」を、仲間である自分たちがどう支え守り抜くか。
その絆が試される本当の最終決戦だった。




