第十話:星の道標
Scene.41 遺跡の呼び声
ゼニスを拠点に地道な依頼をこなす日々が数ヶ月過ぎた頃。
ウチのレベルはようやく25を超えていた。相変わらず呪いのせいで成長は亀の歩みだったけど、エリナとの連携は完璧に近づいていた。
その日、ウチらはゼニスの近くにある小さな古代遺跡の調査依頼を受けていた。
「うわ、カビ臭い…。こんなとこに大したモンないっしょ」
「お姉ちゃん、気をつけてください。何か嫌な感じがします…」
遺跡の奥に進むと壁一面に古い紋様が刻まれた広間に出た。
その紋様を見た瞬間、隣にいたエリナが
「あっ…」
と小さな声を漏らしてガタガタと震え始めた。
「どうしたの、エリナっち?」
「わ、分かりません…でも、この模様…見たことがある気がします…。頭が、痛い…」
エリナは頭を押さえてその場にうずくまってしまった。そしてその瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「白い…大きな木…。みんなが…お祈りしてる…。光が…空から…あああっ!」
エリナは短い悲鳴を上げて気を失ってしまった。何かの記憶がフラッシュバックしたらしい。ウチは慌ててエリナを抱きかかえ、依頼を放り出して宿へと戻った。
Scene.42 ペンダントの秘密
その夜、熱にうなされるエリナの手を握っていると、彼女がいつも首から下げていた小さな石のペンダントが淡く光っていることに気づいた。ウチがそれに触れると石がカシャリと音を立てて二つに割れ、中から折り畳まれた小さな羊皮紙が出てきた。
そこには、震えるような文字でこう書かれていた。
『我が愛し子へ。どうか、聖樹のもとへ。星の導きがあらんことを』
「聖樹…?」
ウチは壁の紋様とエリナの言葉を思い出す。
「白い、大きな木」。
それのことか。こいつの故郷はそこにあるのかもしれない。
魔王への復讐。その目的は変わらない。でも今は目の前で苦しんでるこのか弱い仲間を放ってはおけなかった。こいつの謎を解くことがウチの呪いを解く近道になるかもしれない。そんな打算もあったけどね。
翌朝、目を覚ましたエリナに羊皮紙を見せると彼女は泣きながら頷いた。
「行きます。私は自分のことを知りたいです」
「決まりじゃん。じゃあ、旅支度しよっか。ちょー長い旅になりそうだし」
こうしてウチらの新しい旅が始まった。目的地は遥か南にあるという伝説の地、『聖樹エリュシオン』。
Scene.43 死闘、また死闘
旅は想像以上に過酷だった。
【戦闘記録①:断崖の悪魔、ロックワイバーン】
街道を外れ、険しい山脈を越えようとした時だった。鋭い風切り音と共に巨大な翼を持つトカゲ…ロックワイバーンが襲いかかってきた。
「エリナ、隠れて援護!ウチが引きつける!」
「で、でも、空を飛んでます…!」
「だから、いいんじゃん!地面に引きずり下ろせば、ただのデカいトカゲだし!」
ウチはヤツの鉤爪をスレスレで避けながら挑発を繰り返す。ヤツが怒り狂って急降下してきた瞬間、エリナが目くらましの光魔法を放った。
「《閃光》!」
「ギシャアアア!?」
視界を奪われたワイバーンがバランスを崩し岩壁に激突する。その隙を見逃さずウチはヤツの翼の付け根に駆け上がるとありったけの力で剣を突き立てた。
「おらぁっ!」
もがき狂う巨体に振り落とされないようにしがみつき何度も剣をねじ込む。数時間に及ぶ死闘の末、ようやくワイバーンは動かなくなった。ボロボロになりながらもウチらは価値のある素材『風切りの羽根』を手に入れた。
【戦闘記録②:古の番人、ミスリルゴーレム】
次に立ち寄った遺跡でウチらは銀色に輝くゴーレムに遭遇した。物理攻撃がほとんど効かない最悪の相手。
「お姉ちゃん!あの胸のコアです!あそこだけ魔力が集まってます!」
「分かってるって!」
ウチはゴーレムの鈍重な攻撃を紙一重で避け続け、エリナが魔法で足元を凍らせて動きを止める。その一瞬の隙にウチはゴーレムの腕を駆け上がり胸のコアに渾身の一撃を叩き込んだ。
「砕けなよね!」
甲高い音を立ててコアが砕け散りゴーレムは光の粒子となって崩れ落ちた。その残骸の中からウチらは虹色に輝く奇妙な水晶、『星屑のプリズム』を発見した。
【戦闘記録③:闇夜の狩人、魔将ザギル】
旅の途中、森で明らかに今までの敵とは格の違う魔族に襲われた。
「ククク…面白い人間がいると聞いて来てみれば女二人か。なかなかの上玉だな」
「…魔王軍の、幹部クラス?」
魔将ザギルと名乗ったソイツはウチの剣を余裕で弾き強力な闇の魔法でウチを追い詰めていく。
「ぐっ…!」
エリナを庇った瞬間、背中に灼熱の痛みが走った。闇の刃がウチの体を深く切り裂く。
「お姉ちゃん!」
「逃げな、エリナ…!」
「嫌です!お姉ちゃんを置いてなんて絶対に逃げません!」
ウチの血を見てエリナの何かがキレた。
「よくも、よくも、お姉ちゃんを!あなたなんか…光に呑まれて消えてしまえええええええっ!」
エリナの体から今まで見たこともないような巨大で神々しい光の柱が迸った。それは闇をかき消し魔将ザギルの体を焼き尽くす。
「ぐあああああ!?こ、これは…聖なる光だと!?なぜ人間の子が…ば、馬鹿な…!」
断末魔を残してザギルが消滅する。エリナはその場に倒れ込みウチも意識が遠のいていった。
Scene.44 商人との出会いと砕けたプライド
なんとか一命を取り留めたウチらは街道で偶然通りかかった旅の商人のキャラバンに拾われた。
商隊の長らしき人の良さそうな爺さん、バルトロに世界の状況を聞くことができた。魔王軍の侵攻は激化し人間同士で争ってる国もあるらしい。ろくでもない世界だ。
「ねぇ、爺さん。もっと詳しいこと教えてくんない? ウチと“イイコト”したらもっと色々話す気になったりしない?」
ウチは昔の自分を思い出すように悪戯っぽく笑ってみせた。そして爺さんの目の前でわざとスカートの裾をまくり上げてみせる。…ウチの最後の武器。その無防備な姿を晒す。
―――だが、その詳細はここには書けない。
しかしバルトロ爺さんはウチの下半身を一瞥すると呆れたように、しかし穏やかに笑った。
「ハッハッハ。嬢ちゃん、わしはもう枯れとるんでな。それにそんな安っぽい手で男が釣れると思うとるなら嬢ちゃんもまだまだじゃな」
「…は?」
「価値のある女ちゅうもんはな、肌を見せんでもその魂の輝きで男を跪かせられるもんじゃよ」
ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。最強の武器だと思っていた「女の体」が、いとも容易く説教付きで一蹴された。
「…うるさいな!」
ウチは顔を真っ赤にして悪態をつくとその場から逃げ出した。悔しくて恥ずしくて涙が出そうだった。ウチが本当は自分の心にも体にも何の価値もないと思っていることを、この爺さんに見抜かれた気がしたからだ。
翌朝ウチらは商隊と別れた。爺さんは最後に南へ向かうための大きな港町の名前を教えてくれた。
数週間後ウチらはその港町…『アクアリア』に到着した。
潮の香りとカモメの鳴き声が新しい旅の始まりを告げていた。