3話 レイヴン・グレース
こんにちは、あんなです!
今回は、ルナ達がちょっと闘います。どうぞ、お楽しみください!
自己紹介を終え、ルナはレイヴン・グレースを改めてじっくりと観察した。
レイヴンには、夜の森に潜む猫のような、しなやかでどこか危うい魅力がある。
黒髪は無造作に伸びていて、手入れはされていないようだ。長めの前髪は、闇の中に燃える炎のような、深く鮮烈な赤色の瞳に少しかかっている。
背筋は真っ直ぐで、無駄のない動きは、まるで訓練された獣のようだ。身体のラインにフィットする黒い長袖のシャツは伸縮性があり、動きを一切妨げない。袖口には親指を通す穴が開いており、手の甲まで覆われていた。下には少しゆとりのある黒いカーゴパンツを履き、黒いブーツは革のような素材で、走りやすそうに見える。彼女の周囲には、常に張り詰めた緊張感が漂っているが、その緊張感は決して不快なものではなく、彼女の存在を際立たせる個性となっていた。
「――だから、仲良くしろよ」
ボンドの声がした。それまでの話をルナは全く聞いていなかったが「はーい」と、適当に相槌を打っておくことにした。
「レイヴン、案内を頼んだ」
「はい、ミスター」
ルナは少し疑問に思った。
レイヴンがボンドに敬語を使っているのはなぜだろう?
「行こう」
レイヴンは言った。透き通るような綺麗な声だ。
「う、うん」
レイヴンがスタスタと歩き出したので、ルナ達はついていく(彼女の足が速いため、ルナ達は小走りになっている)。
ルナは歩きながら、レイヴンに話しかけた。
「あの……私、ルナ・エリア。よろしくね、レイヴン」
「知ってる。さっき、あの人があなたのこと、話してたから」
「あっ……そうだっけ」
(やっば、全然聞いてなかった。アイツ、そんなこと話してたんだ。そういや、さっき自己紹介したな。何回も自分の名前言ってどうするんだよ……)
「ねえ、レイヴンはさ、どうしてあの人に敬語を使っているの? どうしてあの人に……従ってるの? 仕えているの?」
レイヴンが黙っているので、ルナは答える気がないのかと思って、少し俯いて歩くスピードを落とした(今まではレイヴンの隣にいるために、全速力で走る必要があった)。
「仕えてなんかいないよ」
レイヴンの声がした。驚いて顔をあげると、レイヴンはさっきと少しも変わっていない様子で歩いていたため、ルナは一瞬、空耳かと思ってしまったが、空耳ではないようだ。レイヴンが先を続けた。
「好きでやってるだけだから」
(好き……)
ルナは考えた。この言葉に深い意味があるのかないのか。あの男の魅力など、自分ならどう足掻いたって一つもあげられないと思うが、人それぞれ好みのタイプはあるし、長い間一緒にいたら、魅力に気づく、なんてこともあるのかもしれない。
ボンド「好きだ……」
レイヴン「ジェームズ……♥」
ボンド「愛してる……」
レイヴン「キュン……♥」
(なんと! ハレンチな!)
ルナは想像するのを止めることにした。
しばらく行くと、少し大きめの小屋があり、入り口に武装した巨人が立っていた。
レイヴンが、何の躊躇いもなく、堂々と巨人のところへ歩いて行ったので、ルナ達はちょっとビクビクしながらついていった。
「通せ」
レイヴンが巨人に偉そうに命令したので、ルナ達は一生懸命、空気に見えそうなポーズをとった。
だが、意外なことに巨人は、
「イエス、ミス・グレース」
と礼儀正しくお辞儀して、脇に退いて道を開けた。
レイヴンを尊敬の眼差しで見つめるのに忙しくて、すぐ近くで巨人が躓き、グラッとしていることには、誰も気がつかなかった――。
「ぬぁぁああーっ!!!」
轟くような叫び声がした。なんだろうと振り返って見てみると――うわっ、巨人がこっちに倒れてきている!
レイヴンが気づいて、走ってきてくれたが、殿をのんびり歩いていたルナには遠すぎた。ルナは慌てて避けたが、巨人の手が背中にぶつかってしまい、ルナも一緒に倒れてしまった。
「ゔっ……!」
幸い、巨人にのしかかられたりすることはなく、髪の毛がブチブチといったが、それ以外は特に何もない。それなのに、レイヴンは、
「ああ、まずい……」
と呻くように呟いた。
巨人がゆっくりと起き上がる。さっきも礼儀正しく挨拶してくれたのだし、謝罪でもするのだろう――ルナは楽観的に考えていた。
「逃げて!」
レイヴンが声を張り上げている。それなのに、ルナが咄嗟に考えたのは、レイヴンの声は叫んでもキレイだな、ということだった。
巨人がぐわっと襲いかかってきた。目が異様なほど赤い。ロジャーやレイヴンのような、綺麗な赤ではなく、凶暴な色だ。
ルナはさっきまでのおめでたい考えが吹っ飛び、身体中にアドレナリンが駆け巡るのを感じた。
レイヴンが凶暴化した巨人に素早く蹴りを入れた。巨人は呻いて、よろめく。その隙にレイヴンは、ルナ達に叫んだ。
「走って! 逃げて!」
「逃げるわけないでしょ!」
ルナが叫び返すと、みんなもそうだそうだ、と頷いた。
「ダメ、逃げて! あなた達じゃ、何もできない! 抑えておくから……逃げて!」
巨人が起き上がり、レイヴンに殴りかかった。レイヴンは猫のような低姿勢になって避ける。しかし、凶暴化した巨人が相手だ。このままではレイヴンが力尽きて、死ぬ。今の様子では、ルナ達が猛ダッシュで逃げたら、結構遠くまで逃げられるだろう。それでも、人の命を犠牲にして生き延びたら、一生まともに眠れない。
(私も巨人のところへ――!)
ルナはとがった石を持って、巨人に力いっぱい投げた。
「やあっ!」
石が刺さって、巨人の腹から少し血が流れた。
「ウォ――――ッ!!!」
巨人が絶叫したので、ルナは思わずガッツポーズした。
その時、ロジャーの手から光が放たれ、巨人に直撃した。巨人がグラッとよろめく。
「ロジャー! 凄いじゃないか、どうやったんだ? 僕にもできるか?」
ジェームズが興奮して尋ねた。
「わ、わかんねえ。気づいたら……出てた」
「なんだよ、それ!」
ロジャーとジェームズは混乱しているが、ルナにはすぐにわかった。魔術だ。
「逃げてって……言ったじゃない……!」
レイヴンが再び叫んだ。
ルナは叫び返す。
「逃げるわけない。友達でしょ!」
「今さっき出会ったばかりじゃない!」
「今さっき友達になったのよ!」
わめきあっていたら、聞き覚えのある甲高い悲鳴が耳を貫いた。
「キャーッ! ウヮァーッ! 助けて!」
「ベリー!」
ベリーは巨人にわしづかみにされて、叫んでいる。
「今、助けるから!」
(絶対助ける。どうやって助ける? わかんないよ。筋力も体力も、スピードもアイツには負けてる。私達にあるのは……知能だけ? なら、その「知能」だけで勝ってみせるわよ)
ルナは頭をフル回転させた。巨人の弱点は、たしか、足が心臓よりも上の位置に来たら動けなくなること。
何かちょうどいいものはないかと見回し、ルナは道の端っこに木の箱が積んであることに気がついた。そして、頭の中にはめちゃくちゃで、失敗する確率が99%の、危険な作戦が出来上がった。
「……まあ、やるっきゃないよね」
ルナはため息を吐いた。
「ロジャー、あの箱を持ってきて」
ルナは、木の箱を指差した。
「え、どの箱?」
「あそこにある、木でできた箱!」
「あ、ああ。わかった」
ロジャーは、疑うようにルナを見たが、もそもそと箱を持ってきた。
「レイヴン、アイツを挑発して、ここまで連れて来て」
「簡単に言うわよね」
と言いつつ、レイヴンは巨人の方へ走っていってくれた。
これで、簡素ではあるが、ベリーを取り返す罠の出来上がりだ。レイヴンが巨人をうまく挑発して、こちらに連れて来た。ここまでは、計画通りだ。そしてここからが、本番だ。
巨人が、さっき置いた箱の前に来て――ルナは巨人に思いっ切り体当たりした。
「やあああああっ!」
巨人がグラッとよろめき、箱に足を引っ掛けてひっくり返った。箱に足が乗り、|足が心臓よりも上の位置にある《・・・・・・・・・・・・・・》という状態になった。
巨人は凍りついたように動かなくなった。
「ジェームズ……! ベリーを……お願い……ゲホッ……」
ルナはというと、さっき巨人にタックルした時からゴホゴホ咳き込んでいる。
ベリーは、ジェームズの手によって無事に助けられた。
「ベリー、良かった!」
「怪我はない?」
ベリーは号泣している。
「みんな、ありがとう……! ごめんなさい!」
そんな感動の再会の背後では、巨人がフラフラしながらも立ち上がり、突撃の構えをしていた。
ゾワリと背筋が粟立ち、ルナの手がカタカタと震えだす。抱き合う輪からさりげなく外れ、巨人と向き合った。レイヴンはすでに気づいていたようで、輪から出ていた。ベリー、ロジャー、ジェームズも気づき、じりっとあとずさる。
ルナは、自分でも驚くほど冷静で、頭はすでに、一つの答えを見つけだしていた。
――魔術を使え。
ルナが手に意識を集中すると、だんだん手がヒンヤリしてきた。
「うそ……何、あの魔力……」
レイヴンが呟いたが、気にしている場合ではない。
(これをあいつに……)
その時、腕に激痛が走った。手が膨れ上がり、ジタバタと暴れ出す。
「いけない、魔力を制御できてない!」
レイヴンは、青くなって慌てている。
そんなことより――痛い!
「いやーっ! 痛い痛い! 無理無理無理死ぬー
! ったい! いったい! ヤバみを極めし本物のヤバみだぁ! いぃー! ゐたゐ!」
ルナは本能的にばっと腕を上げた。視界に赤いフィルターがかかったように世界が赤くなる。手から何色とも言えない凄い光が放たれた。
「目をふさいで!」
どこか遠くで、レイヴンがベリー達に叫んだ。
ルナはガクッと膝をついて、倒れた。意識が遠のいていく。自分と同じように倒れてしまった巨人が目に入る。
(良かった……)
ルナは全身から力を抜いて、夢の世界に意識をゆだねた。
いかがでしたか?
次話は「4話 あの子が好きだ」です。お楽しみに! ブクマ、評価、コメント、リアクションもお待ちしています。




