三十三話 ジェームズと“太陽の支配者”
更新遅れてすみません!
今回はジェームズ視点です。どうぞ、お楽しみください!
ジェームズは警戒していた。
ルミナこと“太陽の支配者”は、頭を悩ませているようだ。
あからさまに頭を抱えているわけではないが、瞳はどこか虚ろで、嵐のようにざわざわと揺れている。それに、先ほどからピクリともしないのも、考えごとをしているせいだろう、とジェームズは考えた。
瞳が虚ろでピクリとも動かないのは、ルミナだけではなかった。
ルナはベリーの腕をつかんだ状態でフリーズしているし、ベリーの方は目を見開いていて、口は半開きだ。
ガリウス、アダムまで、完璧に固まっている。
キィィィン、と耳元で耳鳴りのような高い音が鳴り響くほどの沈黙。
(どういうわけだ……?)
「――っ……う、く……はぁっ、は……っ」
突如、鋭い息遣いの音が、ジェームズの耳を突いた。
さらに体を強張らせる。
この世界に来て以来、彼の肩の力が完全に抜けたことは、ほとんどなかった。
“いつもどおり”がどこにも存在しない、この異世界で出会った、同年代の人間、ロジャーとの会話は、楽しかった。しかし、そのロジャーはここにはいない。ロジャーがいなくなってからは、かわいい女の子(自称を含む)二人に挟まれて、非常に気まずい思いをしていたのだ(ジェームズは、アダムのことを人間として――少なくとも女子の恋愛対象として――見ていなかった)。
音がした方へ視線をやると、ルミナが座り込んで薄い唇の間から苦し気な呼吸を繰り返している。
「けほっ……」
ジェームズには、育ちの良さがあらかじめインストールされている。考える前から口が開いていた。
「……あの、大丈夫ですか?」
ルミナが弾かれたように顔を上げた。その瞬間、ジェームズは、しまった、と思った。
三メートルほど前にある黄金色の瞳と、視線が真っ向からかち合う。踏み込まれれば一瞬の距離だ。その事実に今更気づき、ジェームズは自分の不用意さを呪った。
「……は……あ、苦しそうにしていたので……」
思わず目をそらしながら言う。
(この女……の人を「苦しんでいる一人の女性」として見ちゃいけない。この人は“太陽の支配者”だ……歩く天災、論理の通じない未知の力、敵――とは言い切れないけど……)
「――あ、あぁ、あなたは、何もなかった、の?」
かすれた声を出すルミナ。咳払いをして、言い直した。一度目よりは、威厳のある声だ。
「……あなたの体には何も起こらなかったのかしら?」
ジェームズは眉をひそめた。
(何の話だろう。僕はなんともないけど)
数秒の間に、頭をフル回転させて、答える内容から口調と二人称、声のトーンまで計算しつくす。
(無視するか答えるか、なら、無難に答えておいたほうがいい。僕の体には何も起こらなかった。だけど、あの様子だと、僕が平気なのは、おかしいようだ。隠した方がいいのだろうか……いや、今嘘をつくと、貫き通すのが大変だし、隠すメリットもハッキリしていない)
――ここまでで、一秒間経過。
(口調は無難に「〜です、〜ます」調で、無知な少年を演じるか……いや、そもそも僕は何も知らないし、実際にそうなのかもしれない。――声のトーンは低め? それだと、明らかに警戒しているように見えるかもしれないけど、向こうだって僕のことを明らかに警戒してるみたいだし)
――二秒間経過した。
(“太陽の支配者”と称号で呼ぶか、「あなた」か「ルミナさん」か……。馴れ馴れしいと、消されたり……するかもだけど、下手に敬いすぎるのも、それはそれで……)
――三秒が過ぎ、ジェームズは結論を出した。
(よし、丁寧語を維持しつつ、一歩引いた立ち位置を崩さない。トーンは低めに「幸いなことに、僕には特筆すべき異変は起きていないようです」)
「……。幸いなことに、僕には特筆すべき異変は起きていないようです」
ルミナは目を細めた。ジェームズを品定めするように、じっと見つめる。
やがて、どうでもよさげに肩をすくめた。
「あらそう。よかったわね」
ジェームズはこのあと、激しく後悔することになる。どうしてあのとき、好奇心を抑えきれなかったんだ、と。
そう、ジェームズは自分の知らないことがあると、知りたいという気持ちを抑えきれなくなる、知的好奇心の塊だった。
理性は「これ以上関わるな」と悲鳴を上げていたが、彼の内側に棲む探求者が、その喉を無理やりこじ開けた。
「逆に聞きますが、あなたには何が起こったんですか?」
ルミナはしばらく黙っていたが、ようやく口を開いたかと思えば、ジェームズの問いには答えず、問い返してきた。
「……あなたには、どうして何も起こらなかったのか、わかる?」
「全くわかりません。僕以外の人に何が起こったのか知らないので、比較のしようがないです」
さっさと教えろ、と目で訴えかけるジェームズを、ルミナは見事にスルーした。
「……恐らく、今さっき“月の支配者”の攻撃を食らってしまったためでしょうね。魔力に対する免疫のようなものかしら? そんなものが存在するとしたら――」
ルミナがひとりごとのように呟いた。
ルミナの言う「“月の支配者”の攻撃」とは、ジェームズがルナに、一時的にニワトリに変身させられてしまった事件のことだろう。
僕は攻撃はされていない、と反論したいのをこらえつつ、ジェームズはさりげなくルナとベリー、アダムとガリウスへ視線を走らせた。
相変わらずフリーズしたままだ。意識はあるのか、ないのか。
再びルミナに視線を戻すと、ルミナもジェームズを見ていた。思わずびくっとする。
「私に起こったことは……あの子の中に入れられたのよ」
ルミナはベリーを手で示した。
「闇の中に放り込まれて、無我夢中で戻ってきたわ。彼らもきっと、まだあの子の中に閉じ込められてるに違いない」
ジェームズが切れ長の目を見開いた。
「どうしてそんなことが……」
ルミナへ問いかけたつもりはなかったが、ルミナが考え込みつつ答える。
「“月の支配者”があの子の中に入る時、周りにいる人も巻き込んでしまったのよ、きっと。かなり強い思いを込めていたようだったから」
イマイチ理解できなかったが、それよりも重要なことがある、とジェームズは判断し、ルミナの言葉の考察を後回しにした。
「あなたは、どうやって……戻ってきたんですか? 彼らを元に戻すこともできますか?」
「……ええ、できるわよ」
ルミナは考え込むのをやめて、わりとあっさり答えた。
「え!? え……どうやるんですか?」
ジェームズは思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
「方法はいくつかあるわ。……一つ目は、一番簡単で単純明快だけど、あなたが賛成するとは思えない方法ね」
嫌な予感がした。言わないでいいです、と遮ろうか迷ったほどだった。
「彼らを閉じ込めている体の持ち主を殺せば――」
「却下ですね」
ジェームズは即座に却下した。ルミナが言っているのは、ベリーを殺すということなのだ。許すはずがなかった。
「他にはどんな方法があるんですか?」
「そうね、二つ目は、彼らを閉じ込めている体の持ち主をバラバラにすれば――」
「変わっていません」
「微妙に違うわ。……三つ目は、彼らを閉じ込めている体の持ち主――」
「あり得ません。まず、ベリーに危害は加えないでください」
「まだ最後まで言っていないのがわからない? 最後まで聞きなさい。三つ目は、彼らを閉じ込めている体の持ち主と、その体に彼らを引きずり込んだ本人の両方の体に、大きな刺激を与えればいいのよ」
その言葉を聞くと、ジェームズは胡散臭そうな目でルミナを見た。そんな方法があるなら、最初から言えばよかったのに、という本音は、目で伝えるだけに留めて、口ではルミナの言葉を繰り返す。
「刺激、ですか……」
「そんな目で私を見るのはやめなさい。不快だわ」
「すみません」
『不快』という言葉に、ジェームズの脊髄が反射的に謝罪を繰り出した。
「じゃあ、どうやって刺激を与えるつもりですか?」
ルミナは不敵に微笑んだ。
「無論、私の力で、よ」
パチン、パチンと二回指を鳴らす。
一度目に指を鳴らしたとき、空中に光輝く球――小さい太陽のようなものが現れた。
キラキラ、ピカピカどころじゃない輝きから目を守ろうと目を閉じるが、まぶたごしにも伝わってくる。異常な輝きとエネルギーが。
二度目。耳に何かを詰められたような違和感を覚える。
恐る恐る、うっすら目を開けた。
ルミナの表情は微笑んだまま固定されているが、瞳は恐ろしく冷たかった。口を動かして、何か喋っているようだったが、ジェームズは一時的に耳が聞こえなくなっていた。
ルミナが手を振りかざして小さい太陽をベリーとルナの体に叩き込むのを見ながら、ジェームズはその姿を思わず美しいと思ってしまった。同時に、どことなく力を暴走させるときのルナに似ているな、とも思った。
――――!!!
「……っわ」
強い衝撃と爆風に、小さく悲鳴を上げる。
ルミナの魔術のおかげで、音は聞こえなかったが、地面が震えるような衝撃はしっかり感じ取った。土ぼこりが舞って、視界が真っ白になる。
ふいにボワンッと耳がすっきりして、咳込む声と、誰かの悪態が聞こえた。
「――ゲホッ、ゲホッ……ざっけんじゃないわよ、さっさと死ねば! ぇほっ――私に触わらないで! 地獄に落ちろ! ファッk――ゴホッ……」
ルナの声だ。聞き慣れた罵声に、ジェームズはどこかほっとした。
「ル、ルナ! どうしたの? どうなったの? 私……」
ベリーの混乱した声が響く。
「ベリー? ベリーなの?」
「ルナ様っ! 無事ですか!?」
アダムの声に、ルナが呆れつつ、別の誰かへの不満を漏らした。
「あー平気。あんたは? ……んなことより、あいつマジ狂ってるんだよ! キショいの! すこぶる付きにキショい! 死ねばいいのに! 消えろ大バカヤロー! 最低最悪の悪魔だ!」
「ルナ様……! あの大爆発を耐えきった上、私の心配をする余裕まであるなんて、流石は我が女神、慈愛の器が違います!」
「どうも。……あんたもあいつと同じくらい狂ってるね。知ってたけど」
「おいルナ……さっきから罵詈雑言が結構心にきてるんだが……」
知らない男性の声だ。低くて、若い声だが、どうにも好きになれない。誰だろう。
その声にルナは、皮肉を込めて答えた。
「それはよかった!」
「……全員、無事か。五体満足なのを神に感謝すべきだな」
苦笑しつつ立ち上がったのは、恐らくガリウスだ。
「ルナ様の話す言葉なら、言葉の暴力さえ、もはや芸術の域! それは至高の福音――」
アダムがまた何か言うのを遮って、ジェームズはルナ達へ声をかけた。
「ベリー、ルナ! 大丈夫か?」
罵詈雑言と、狂信的なポエムと、震える声。およそ再会には似つかわしくない不協和音が、今のジェームズにはとても心地よく響いていた。




