三十二話 最悪の再会
どこまでも真っ暗で、何も見えない。
匂いも音も、地面もない。空気がないので、重力もない。
ただただ、魔力だけが満ちている。
(……何、ここ……? 私……ベリーを……)
ルナは思ったが、ルナの体は、この場に存在していない。
ルナの魔力――魂が、ベリーの体内に一時的に入り込んでいるだけだ。
その時、真っ暗な空間に泣き声が響いた。
「……ぐすんっ……ぅ………」
(ベリー?)
ルナは、確信した。この声の主は、きっとベリーだ。
真っ暗な空間へ、呼びかける。
『ベリー? ……どこに――ハッ!?』
バッと振り返った。何かの気配を感じた気がしたからだ。
しかし、だれもいない。
気のせいかと肩をすくめて、再びすすり泣く声をたよりに、ベリーを探し始めた。
『ベリー……どこ?』
声が、不自然にあたりへ響き渡る。
『いるなら、返事して!』
進めば進むほど、声が近づく。
(――いた!)
そこには、うずくまっている小さな背中があった。
膝を抱え、顔を伏せ、震える左手には――今と違って――傷一つない。うっすら発光していて、ルナの目には、ひどく幼く見えた。
ベリーに近づくと、だんだん足音がハッキリしてきた。
――ザッ、ザッ……すざぁ。
ルナは、地面があるのに驚きつつ、声を発した。
「ベリー!」
ベリーは泣くばかりで、何も答えない。
「ベリー……ベリー? 大丈夫?」
ベリーに触れようと、手を伸ばすルナを、不快な吐き気と立ちくらみが襲った。
「無駄だよ」
いきなり低い声が耳元で響き、ルナは思わず叫んだ。
「ふおおおお誰!?」
「……久し振り。覚えてるか?」
男は、微笑みながらこれ以上ないほど愛想の良い声を絞り出した。
ルナは眉をひそめた。
どこかで見た顔、どこかで聞いた声だ。
「……誰だっけ?」
「覚えてねぇのか。俺は、あんたのことを忘れたことは一度もねぇっていうのに」
グレーの肌、ギラリと鋭い牙、残酷な光を放つ瞳。
「まさか……」
「ああ、そのまさかだ。俺は、ランク。悪魔のランクさ」
悪魔のランクは、以前ルナが戦った悪魔だ。力を制御しきれていないルナが、ランクに魔力をぶつけたので、ランクは粉々になってどこかの畑の肥料にでもなっているのだろう、と思われていた。しかし、ランクはベリーの左手に、ルナの魔力とともに入って、ルナの魔力を食べながら、のんびり穏やかに、退屈な日々を過ごしていた。
ランクはルナを睨んだ――視線で物理的な攻撃ができるなら、ルナはとっくにノックアウトされていただろう。
「こんなせまっ苦しい所で、ずぅっと大人しく過ごしてたら、俺の性格も穏やかになる。前の俺だったら、一目見た瞬間、あんたに襲いかかって、復讐してただろうな」
感謝しとけよ、と毒づくランクへ、ルナは鋭く返した。
「あんたが、ベリーをずっと苦しめてたの?」
自分がこの悪魔に相当嫌われているらしい、ということは、今のルナにはどうでもよかった。
「あんたが俺をこんなところに閉じ込めてくれたおかげで、俺はそこの女にビビりながら、こそこそと退屈な生活をするはめになったんだ!」
ランクが、しくしくと泣いているベリーを顎でしゃくりながら、ありったけの憎しみを込めて吐き捨てるように言う。
ルナは、ランクに二つ目の頭がにょきにょき生えてきた、とでもいうように、ランクの顔をまじまじと見つめた。「あんたが俺をこんなところに閉じ込めた」という言葉よりも、「うずくまって泣いている少女が怖い」という言葉に衝撃を受けた。
「は? あの子が、怖い?」
ランクが苛立たし気に舌打ちして、疑うように目を細める。困惑しているようだ。
「あんた、本当に何も知らねぇんだな?」
「何を?」
ルナが警戒しつつ尋ねると、ランクはにぃっと口の端を持ち上げた。
「別に」
ぞわりと背筋があわだった。
「暇つぶしに、少し踊ろうぜ? 死ぬまでさ」
嫌な予感しかしないので、拒否しておく。
「無理」
しかし、ランクの恐ろしいほど冷たい表情に、顔を強張らせる。
「主導権はどっちが握ってると思ってる? あんたに拒否権はねぇよ」
ランクが指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、冷たく、ずしりと重い魔力が、ルナの手足を乱暴に絡め取った。
「……!?」
ルナを吊り上げ、ランクは上機嫌そうに、薄く冷たい笑みを浮かべた。
「な、何これ。離して!」
もがきながら、ランクを睨む。
「誰が放すかよ。せっかく手に入れた復讐のチャンスだ」
ランクが、ルナに顔を近づけたので、ルナは、体の自由を奪われながらも、できるだけのけぞった。
自由の利かない体で、必死に毒づこうと口を開く。
「ちょ……顔、近すぎ……あっち……行けって……!」
「ハハッ、威勢がいいのはそこまでだ。たっぷり可愛がってやるよ」
ランクの残酷な笑みが視界を覆い、ルナの意識は暗転していく。
(……誰か、助けて……! このままだと私、こいつに——……)




