二十八話 天井裏
ガリウスが、素早く口を動かして、何か呟くと、ルナ達の体がアメジスト色の魔力泡に包まれ、ふわっと宙に浮いた。
「わぁ、何これすごい! ぷにぷに!」
ルナは楽しそうに、自分を包んでいる魔力泡を触っている。
ベリーは、ガリウスが創り出した魔力泡の中で、ホッと息を吐いた。
(「痛くない」って、こんなに楽なものだっけ……)
魔力の中なら、ルナの力の影響を全く受けずに済む。
(ずっと、ここにいられたらいいな……)
そんなベリーの淡い願望は、パチンという音とともに弾け飛んだ。魔力バブルが割れたのだ。ベリーは天井に、おしりから落下した。それと同時に、左手に鈍い痛みが走る。
「……痛っ」
ベリーは鋭く息をのむ。
「いってて……」
ルナは腰をさすった。
「ちょっと、アインスベルグ隊長! 痛いんだけど!」
「そんなことより、早くあの穴を塞げ!」
ガリウスはルナの不満を無視して、天井に空いた、直径三メートルの穴を指さした。
「塞げって言われても……そんなの、できるかどうか、わからないわ」
ルナは少し困ったように、答えた。
「そうなんです、アインスベルグ隊長」
ジェームズは頷き、ふっと笑いながら首を振った。
「この破壊神は、破壊することはできても、それを直すことはできません。最高ですよね」
ルナは、ばつが悪そうに言った。
「破壊神って……だって、やり方とか知らないし……破壊するのは、簡単だけど。体の中にあるエネルギーをぶちかませば、いつの間にか壊れてる。けど、直すとか、そういう難しいことは……」
ガリウスは面食らったようだ。
「――つまり、暴発はできるが、責任は取れない、と言いたいのか。貴様は本当に……天才なのか、ただの厄介者なのか……恐れ入った破壊神殿だな。今までどうやって生きてきたのか……まぁいい。私がやろう」
ガリウスはそう言うと、手から瞳と同じ、アメジスト色の光を出した。
「これは、単なるカモフラージュだ。完全に修復できたわけじゃない。急ぐぞ」
「天井裏から脱出なんて、忍者みたいね!」
埃まみれになりつつも、ルナは冒険にワクワクしているようだった。
「何言ってんだよ、ルナ。こんなの、閉所恐怖症にとってはただの悪夢だよ」
ジェームズが震える声で反論した。
「つまんないこと言わないでよ、ジェームズ。天井裏から脱出よ? 私達、今、警察の精鋭部隊から逃げて、ホッコリまみれの天井裏から、脱出しようとしてるのよ?」
ルナはノリノリな様子だ。
「ワクワクしない方がおかしいわ!」
カカーンンンン……カカーンンンン……。
スキップする音が、クワンクワンと響く。
「二人とも、静かにしろ!」
ガリウスは二人に、強く囁いた。
「やつらが下を通る」
遠くから、低く、規則的な音が響いてきた。
ザッ、ザッ、ザッ……。
複数の人間が同じ歩調で近づいてくる音。ドラグラム帝国が誇る最強の精鋭部隊に違いなかった。
音は次第に大きくなる。ダクトの金属を通して、足音だけでなく、彼らの身につけた重厚な装甲が擦れる不快な音が伝わってきた。
ガチャ、ガチャリ……。
革と金属、そして武器の留め具が触れ合う、機械的で鋭いノイズ。精鋭部隊は、まさに今、ルナ達が隠れている場所のの真下に差し掛かろうとしていた。
ルナは息を詰めた。
ドスン。
すぐ真下で、複数の足音が止まった。
「――巡回エリア、クリア。異常なし」
数秒間の静寂の後、再び規則的な足音が響き始めた。
ザッ、ザッ、ザッ……。
音は遠ざかっていく。そして、ガチャリ、ガチャリという擦れる音も、次第に小さく、曖昧になっていった。
ルナは、全身の力を抜いた。
「ふぃー……」
「おい。油断するな」
ガリウスは低く囁いた。
ザッ、ザッ、ザッ……。
再び、精鋭隊の足音がルナ達の耳を突く。そして――ルナの背筋を、巨大な炎の槍で貫かれたような、耐え難い悪感が走った。
「ゔっ……!?」
(この、強大なエネルギー……もしかして……)
天井越しに、巨人の声が聞こえた。
「あっ……ルミナ女王」
名前を聞いた途端、ルナの青い瞳が、反射的に黄金色に弾けた。
(“ 太 陽 の 支 配 者 ” が 、 こ の 下 に い る ?)
その瞬間、ルナの隣で身を潜めていたベリーの全身に、左手から、骨を砕くような激痛が走った。
「が……ッ、あぐ……ゔふっ……!!」
ベリーは声を押し殺すのが精一杯だった。
幸い、誰も気づいていないようだ。ガリウスもアダムもジェームズも、煌々と輝き始めたルナに夢中になっている。
「魔力が溢れている。何があった?」
「ルナ様! どうされましたか?」
「ルナ!? 何するつもり!」
ガリウスとアダムとジェームズが言ったが、ルナの意識は既に、ルミナ・アウレアの熱い魔力と、自分の内側から湧き上がる破壊の衝動に支配されていた。
「ち、違……う。あたしじゃな……うわあああっ!」
ルナの意思とは関係なく、体内から、制御不能な魔力の奔流が溢れ出した。
――キイィィン!!! ドオォォン!!!
轟音は、コンクリートの壁と金属のダクトの中で反響し、周囲の耳を完全に破壊した。換気ダクトは、ルナの魔力で内部から引き裂かれ、周囲の配管をへし折った。
爆発の衝撃は、ベリー達をジェット噴射のように押し出した。
「キャァァァアアア!!!」
「うわあっ!?」
「ルーナーさーまー!!!」
「ぐっ……!」
吹っ飛んだベリー、ジェームズ、アダム、そしてガリウスは、そのあと、まるで瓦礫のように床に叩きつけられた。




