二十六話 ガリウス・アインスベルグ
こんにちは、あんなです!
今回は新キャラが登場します。一応、前にもルナ達とは接触していますが。どうぞ、お楽しみください!
「警察署へ直行よ! もう、証拠なんていらない。正面からぶっ潰す!」
ルナは堂々と言い切った。
「ルナ様の御心のままに!」
アダムは歓喜した。
「ちょちょちょ、ルナ! 落ち着いて! 正面突破はさすがに無謀だって!」
ベリーはルナの手を振りほどいた。
「無謀? それなら、他に何か案でもあるの?」
ルナの瞳は、まだ月光の道化の影響が残っているかのように、傲慢な輝きを帯びていた。頭の中では「レツゴーレツゴー!」と、月光の道化の声が響いている。
「案があるわけじゃないけど……」
ベリーは口ごもった。
「ベリーの言う通りだよ、ルナ」
ジェームズが口を挟んだ。彼は冷静に、しかし必死な表情で状況を分析する。
「正面突破は無謀だし、それに“太陽の支配者”は、僕達に『王殺しの容疑者を逃がそうとした犯罪者』というレッテルを貼りたいに決まってる。ルナが正面から攻撃を仕掛ければ、ルミナはそれを口実にロジャーの立場を二度と取り戻せないものにしちゃうよ! 警察署はルミナが仕掛けた罠の可能性が高い。冷静になろうよ、ルナ!」
ジェームズの訴えに、ルナは正気を取り戻した。
「……それもそうね」月光の道化を身体の奥に押し込んで、冷静に答える。
「ありがとう、ジェームズ。でも、取りあえずここは離れないと」
ルナはそう言うと、杖を地面に突き立てた。頭の中に響いていた子供の笑い声は、不満そうに消えていく。
「ディープ・シャトルに乗って」
「御意! ルナ様の理知的な御判断、素晴らしきかな!」
アダムは、ルナが力を振るわなかったことに不満を見せるどころか、ルナの「理知的な判断」に新たな歓喜を見出した。
氷河の崩壊が進む中、ルナ達はディープ・シャトルに乗り込んだ。
ルナは目的地を帝国治安維持本部に設定した。
(ベリー……さっき、すごく手が冷えたって言ってたけど、大丈夫かな?)
ベリーをちらっと見る。
いつもなら、必ずルナの隣に座るのに、今日はなぜかルナから一番遠い席に座っていて、痛そうに左手をさすっている。
ルナの位置からは見えなかったが、きっと、すっかり冷えてしまって、青くなっているのだろう。
ルナは車内の温度を保っている、暖房のようなものを指で示しながら、優しく声をかけた。
「ベリー。ほらこっち、あったかいよ」
「ひぅっ!?」
ベリーは、思わず飛び上がった。
(……な、なんだ、ルナか……)
「……い、いや、大丈夫だよ。ありがとう、……ル、ナ……」
ベリーは、ルナの名前を呼ぶ時に、少し躊躇した。
「そぉ? なんか、さっき、手がすごく冷えたって言ってたよね? 今もさすってたし」
「いや、本当に、大丈夫」
「本当?」
ルナは、疑うように少し眉を寄せた。
「本当だって」
少し声が震えてしまったが、ルナが気づいている様子はない。
「なら、良いんだけどさ……何かあったら遠慮せず言ってよね」
「ありがとう……」
数時間後――。
ルナ達がいるのは、ドラグラム帝国の巨大な首都の、薄暗い一角だった。
帝国治安維持本部は、光と魔力障壁に守られた巨大な要塞のようだ。
「ここは、本部地下の旧搬入口でございます。通常のセンサーは、私のディープ・シャトルから発せられている魔力を感知できません。しかし、内部は強力な魔力障壁で守られています」
「あっそ」
ルナは、頑丈な扉の取っ手を、何度か回そうとした。
――ガチッ、ガチッ。
「……んー。この扉、開けられる?」
ルナがジェームズに問う。
ジェームズは緩く首を振った。
「無理だな」
「じゃあ、壊せると思う?」
ルナの声が少し高くなった。
身体全体から微量の魔力が漏れ出ている。
やはり、まだ月光の道化の影響が残っているようだ。
「まぁその、君みたいな破壊神が本気を出しても壊せない物は、まだこの世に誕生していないと思うけど……」
ジェームズがぼそぼそと答えた。
「フフッ。嬉しいこと言ってくれるじゃん! それってつまり、あたしが最強ってことでしょ?」
ルナの瞳の青が、かなり黄金色に近づいた。
指先にはすでに、パチパチと音を立てる、冷たい魔力塊ができている。
「……ぅあっ………」
ベリーのこらえきれなかったうめき声も、ルナの耳には届かない。
「……壁をぶち壊すのは止めておいた方が良いと思うよ……」
もう遅いとは思いつつ、ジェームズは最後まで言い終えた。
「えいっや―――!!!」
ルナが手を振り下ろし――、
――ガチャン。
奥にある警備員用の通用口が開いた。
「おぉゎっ!?」
そこから現れた一人の巨人は、とっさに魔力で防護壁をつくった。
――ゴォォォォォォン……!!!
ルナの指先から放たれた魔力塊は、凄まじい轟音と共に、アメジスト色のバリアに激突し、爆発四散した。
「貴様ら……!」
巨人は、その衝撃に耐えながら、ルナの瞳に宿る黄金の光と、その後ろで青ざめているベリーの顔を一瞬で認識した。
「――噂の、“月の支配者”か!」
彼は魔力銃を構え、ルナたちを威圧した。スチールグレーの髪の先が、少し焦げている。
「ここで何をしている!? ここは帝国治安維持施設だぞ。すぐに手を引け! これ以上、自滅的な行動を……」
巨人は、警告しながらも、通信機に手を伸ばすことはしなかった。
ルナは、躊躇なく巨人の言葉を遮った。
「わぁ、びっくり! 壁をぶち壊すだけだから手を抜いていたとはいえ、まさかあたしの魔力塊を受け止めきれるやつがいるとは思わなかったよ! それも、あんたみたいな通りすがりの巨人さんなんかに!」
巨人はしばらく言葉を失っていたが、口を開いて自らの名を名乗った。
「……私の名は、ガリウス・アインスベルグ。このドラグラム帝国治安維持部隊、第一精鋭隊の隊長だ。つまり、『通りすがりの巨人さん』などではない!」
「どうも、ガリウスさん! あたしは、ルナだよ。ルナ・エリア」
ルナは、ガリウスの怒りを見事にスルーして、シャキーンとピースサインを決めた。
ジェームズは目をぱちくりさせた。
(自分のことを月光の道化じゃなくて、ルナと名乗った。ということは、今のルナは月光の道化が混じっているだけ、ということか?)
「あたしの魔力塊を受け止められるなんて、って思ったけど、やっぱり一般人じゃなかったんだねぇ! 隊長さんだったんだ!」
ルナがパチパチと拍手した。
「それとさ、“月の支配者”って呼ぶの、止めてくれない?」
臭いものの匂いを嗅いだように、鼻にしわを寄せる。
「……何故だ」
ガリウスは驚いたようだ。アメジスト色の目を大きく見開いている。
「なんかさ、“闇の支配者”の方がしっくりくるっていうか……まぁ別に、どっちでもいいっちゃどっちでもいいんだけどね!」
ジェームズは眉を顰めた。
(“月”よりも“闇”の方がしっくりくる? なんで?)
考えても考えなくても、わかりそうにない。
(この世界には、僕の理解できないことばかり……元いた世界に戻れるなら、何だってするのにな……そもそも、みんな、危機感がなさすぎるんだ。こんなヘンテコな世界に連れてこられたっていうのに、僕以外は……)
ジェームズの思考が仲間への愚痴へ変わる直前、ベリーのうめき声が耳を突き、現実に引き戻された。
「……んくっ……ぐ……」
「ベリー……大丈夫?」
その場に膝をついて、ベリーの背中をさする。
「だいじょぶ……痛くない、痛くない……」
その言葉は、ジェームズではなく、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
そして、ジェームズはガリウスに問いかける。
「どこかで……お会いしたことがありましたっけ?」
「ああ。この間、ウィンド・ウィングで会ったな。現場から警察署まで送る時」
ガリウスが返す。
「どうりで見たことがあると……」
ジェームズはポンと手を打った。
それよりも、とガリウスが身を乗り出して、ベリーを指さした。
「……そこの少女、顔色が最悪だぞ。魔力中毒か? それとも、何かの呪いをうけているのか?」
ベリーがびくっと震える。
「え? ああ、ベリーのこと? なんか、手が冷えるんだってさ。大丈夫、あたしの友達は強いから!」
ルナが明るく答える。
「馬鹿を言うな! 呼吸が浅い。これ以上の無理は命に関わるぞ」
ガリウスの言葉に、ルナの黄金色の瞳が、不安で揺れた。ジェームズの隣に膝をついて、うずくまっているベリーの肩にそっと手を置く。
「平気だよ!」ベリーが必死に声を張り上げた。
「ちょっとおなかの調子が悪いだけだってば! 気にしないで!」
「ベリー……ほんとに平気?」
ルナの黄金色の瞳に、少しずつ青色が広がっていった。傲慢で無邪気だった表情が、心配そうな表情に変わっていく。
月光の道化の力がルナから去っていくと、ベリーが肩の力をふっと抜いた。
「ふぅ。……ふふっ、もう平気だよ」
ベリーのいつもの笑顔に、ルナは安心して、立ち上がった。
「もう平気だって」その瞳には、もう黄金色のかけらもない。
「あ、そうだ。ベリー、お腹やっちゃってるなら、トイレとか行きたくない?」
トイレに行きたいかと聞かれると、そうでもない。
それでもベリーは、一人になりたかった。
「……行きたいかも」
「ジェームズ、ベリーがトイレ行きたいってよ。どうする?」
ルナはジェームズに向かって、こてりと首をかしげてみせた。
「どうするって言われても……」ジェームズは呆れ気味にため息を吐いた。
「ガリウスさん、トイレ、借りてもいいですか」




