二十四話 氷河
こんにちは、あんなです!
今回はルナが、あの狂信者と再会し、世界が隠した秘密に迫ります。重い展開ですが、“夜の支配者”と狂信者のコミカルなやり取りも楽しんでいただけたら幸いです。
ルナは小さく呻いた。
「まさか、本当にあるなんて……」
自分がそれの持ち主であることを改めて実感させられる。
ルナがげそっとした表情で見つめていると、ディープ・シャトルが一瞬だけ、キラリと光った気がした。まるで返事をするように。
「さぁ、ご主人様。お迎えに上がりました。乗って、乗ってくださいませ!」
運転席に座れば操作方法がわかる。近づけば存在を確認できる。そもそもこれは自分に贈られたものである。ルナがそれの持ち主であることは明らかだったが、ルナはそれを否定するように、それでいてどこか諦めたように緩く首を振った。
「ディープ・シャトルの持ち主か……全然嬉しくない」
ルナはロジャーのことを考えていた。
「ロジャー……会いたいな」
今頃どうしてるだろう? 牢屋に閉じ込められてないといいな。まだ、完全な怪物になったままなの?
ディープ・シャトルの運転席から、ぼんやり窓を眺める。これは、後から発見した、ここだけにある窓だ。
窓の外は、氷に覆われた海域だ。
その時、いきなり警報が低く鳴り響いた。
「……何?」
ルナはブリッジへ向かった。
オラクルが静かに報告する。
「未確認飛行体が、本船へ向けて異常な高速で接近中。識別信号……確認した。……登録されている。アダム・クローリー、専用機『シャドウ・レイ』だ」
「アダム・クローリー……?」
どこかで聞いたことのある名前だ。
「誰だっけ」
ルナがデッキに出ると、銀色の小型艇が吸い付くようにドッキングしてきたところだった。エアロックが開いた瞬間、男が飛び出してきた。
その顔を見て、ルナは思わず天を仰いだ。
「うわぁ、思い出した……」
アダム・クローリーと言うのは、“夜の支配者”の熱狂的な信者である。
その異常なほどの忠誠心は、ルナにうざがらせるには十分すぎるほどだった。
ルナが嫌悪感を露わにすると、アダムは、素早くルナの前に跪いた。
「お許しください、女王様。ご命令が下りる前に駆けつけましたこと、深くお詫び申し上げます」
「えっ……ご命令? お詫びもうし……? あんたってつまり――ンンッ――久しぶりじゃない、アダム・クローリー。もう二度と会わないと思っていたわ」
「二度と会いたくないと思っていた」という副音声も、アダムの頭には届かない。
「光栄でございます」
アダムは目を潤ませながら、ルナを見上げた。
「キショ……あ、いや、何でもない。……それよりほら、そんな風にずっと跪いてたらさ、膝小僧冷えるよ? 立てば?」
一瞬だけ言いかけた、失礼な言葉を飲み下し、ルナが少し皮肉も込めて差し出した手を、アダムへ取らなかった。差し伸べられた手を、聖遺物を見るような眼差しで見つめる。
「女王様……あなたは、なんとお優しい方なのでしょう……」
アダムは囁くように言った。
「ですが、私はその手を取れません。なぜなら、このアダム・クローリーの手は、ルナ様の御身をお守りするため、血と裏切りで穢れておりますゆえ。この汚れた手で、月の支配者の清らかな御手を取るなど……恐れ多いことにございます」
彼は再び、深く頭を垂れた。
ルナは、少しホッとしながら手を引っ込め、軽い気持ちで言った。
「『女王様』なんてやめてよ。前にも言わなかった? 『ルナ』で良いって」
少し考えた後、「せめて『ルナ様』くらいでお願い」と付け足した。
アダムは、ルナの「お願い」という言葉に、瞳を輝かせた。
「“夜の支配者”様の、お願い……! この身命にかけても、謹んで承知いたしました。ルナ様!」
アダムは、ルナの「個人的なお願い」を、全宇宙で最も重い「絶対命令」として受け止めた。
大げさすぎるリアクションに、だんだんイライラしてくる。
「……それで、ディープ・シャトルにドッキングまでして、何の用? 十文字以内にまとめてみな」
「それはもう、重大な」
「なるほどね。句読点と小さい『ゅ』を含めなければ、ぴったり十文字だわ」
「嗚呼、ルナ様! お褒めいただき、恐悦至極に存じます!」
「……褒めてないけど」
「なるほど!」
苛立ちを抑えつつ、ルナはアダムへ「控えめで、優しい言葉」を使って気持ち悪さを指摘した。
「……あのさ、私のキャパシティをオーバーフローさせるのやめてよ! あと、私のキャラ設定を、勝手に『ガチ恋勢向けの崇高な女王様』っていう 解釈違いの沼に沈めるのも、即刻やめてもらえるかしら! シンプルに気持ち悪くて、背中がゾワゾワするのよ!」
アダムは、ルナの長文の罵倒を、一言一句、全てを喜びとして受け止めた。
「っ……なんと、過分なるお言葉の数々! これほど詳細かつルナ様らしい、現代的なご指摘をいただけるとは……! この私が、ルナ様にとっての『オーバーフロー』というほどの重要な要素になれたことに、深く感謝いたします! このディープ・シャトルも、まさか今も使っていただけているとは、思いもしませんでした! ありがたき幸せ! 形容しがたき幸せ!」
ルナは、反論する気力もうせ、浅くため息を吐いた。
ディープ・シャトルは、分厚い雲と氷の霧を突き破り、目的地である「忘却の氷河」の上空に到達した。
眼下に広がるのは、太陽の光さえ拒絶する、鉛色の巨大な氷塊。その冷気はシャトルの機体を震わせるほどだ。
操縦席で航行を担当していたアダムは、すぐさま顔色を変えた。
「ルナ様、危険でございます。これ以上、機体を降下させることはできません」
アダムの声は真剣そのものだ。ディープ・シャトルからも、警告音が発せられた。
『ピッピー、機体温度、急激に低下。ピッピー、前方、高密度の非物理的障壁を検出。ピッピー、これ以上先に進むと、搭乗者の肉体に甚大な損傷を及ぼす。ピッピー』
ルナはイライラと杖の柄をカチカチと叩いた。ジェスターのあのメッセージを思い出す。
「人には入れない」。
「ふざけてるわね、あの男は」
ルナは苛立ちを隠さずに呟いた。この場所が通常の手段で辿り着けないからこそ、ジェスターはあえて自分達をここに送ったのだ。
「ルナ様、ご命令を。直ちにこの宙域から離脱すべきと愚考いたします」
アダムは跪き、ルナの判断を仰いだ。彼の熱狂的な眼差しが、ルナに判断を迫る。
「離脱? 冗談じゃないわ」
ルナは杖を強く握りしめ、立ち上がった。杖を叩くカチカチという音は止まり、代わりにより強く、冷たい決意がその場を支配した。
「ジェームズ、障壁の正確な座標をオラクルに示させてくれる? アダムはシャトルを固定。私は、無理矢理にでも道を開くわ」
彼女は振り返らなかったが、背中にアダムの、狂信的なほど満足した息遣いを感じた。
「はっ。ルナ様のご命令、この身に代えても実行いたします」
ルナはアダムの言葉に答えず、エアロックの前に立った。
手を掲げて、ハッチを開けようとする。
「なっ……! ルナ様、正気でございますか!? 外は絶対零度に近い極寒、生身で出れば瞬時に凍りつきます!」
さすがのアダムも顔色を変えて止めに入った。しかし、ルナは振り返らない。
「大丈夫、自分で道くらい創れるわ」
ルナの全身から、目に見えない圧力が放たれた。それは魔力というより、もっと根源的な、周囲の空間を歪めるような覇気だった。
ルナは、学校に登校する時のような笑みを浮かべながら、振り返った。
「……じゃあ、行ってきます」
――プシューッ!
警告音と共にハッチがスライドした瞬間、暴力的な冷気がシャトル内になだれ込んだ。
「くっ……!」
「きゃああっ!」
ベリーが悲鳴を上げてコンソールにしがみつく。ジェームズも、顔をしかめて腕で顔を覆った。アダムは、ご想像の通り。
しかし、ルナだけは、吹き荒れる暴風の中に堂々と立っていた。彼女の周囲だけ、薄い魔力の膜が冷気を遮断している。
ルナは眼下に広がる、鉛色の氷河と、その上空に渦巻く目に見えない「拒絶の障壁」を睨みつけた。
ルナは杖を高く掲げた。意識を集中させる。体内にある魔力回路を、限界まで強制的に開放する。血管が焼き切れるような熱さと痛みが走る。
「――開け!」
ルナの叫びと共に、杖の先端から青白い光が爆発した。
直線的なビームではない。光は渦を巻き、巨大な三日月のような刃となって、眼下の空間を切り裂いた。
キィィィィン……!
鼓膜をつんざくような高音が響き渡る。「人には入れない」はずの障壁が、月の刃と衝突し、悲鳴を上げているのだ。
空間が歪み、光が弾け飛ぶ。
「ルナ様……! おお、なんという……!」
アダムが暴風の中で跪き、恍惚とした表情でその光景を見つめている。彼の目には、ルナが放つ破壊の光が、この世で最も神聖な輝きに見えているのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……! アダム、今よ! 突っ込むの!」
ルナが肩で息をしながら叫んだ。障壁に、シャトルがギリギリ通過できるだけの歪な亀裂が走っていた。
「はっ!」
アダムがコンソールに飛びつき、スラスターを最大出力で噴射した。 ディープ・シャトルは、ルナがこじ開けた「神の領域」への裂け目に向かって、弾丸のように突入していった。
「これで厄介事を押し付けられるわね。さあ、行くわよ。あの裏切り者の目的を阻止するために」
ディープ・シャトルは、氷河の裂け目を抜け、広大な空洞へと滑り込んだ。
そこは、外の猛吹雪が嘘のように静まり返っていた。青白い氷の壁がドーム状に広がり、どこか神聖な大聖堂のようにも見える。
シャトルが着陸し、エンジン音が停止すると、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。
「……着いた、の?」
ベリーが恐る恐るシートベルトを外す。
ルナは無言で頷き、エアロックを開放した。キンと冷えた空気が流れ込んでくるが、先ほどの暴風のような拒絶はない。
「外に出るわよ。ジェスターがここを案内した理由を確かめないと」
ルナが先に立ち、タラップを降りる。アダムが護衛として、すぐに横についた。
氷の地面を踏みしめ、ルナは周囲を見渡した。
美しい場所だ。氷の壁が淡い光を放ち、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「綺麗……」
ベリーが感嘆の声を漏らした。だが、アダムの反応は違った。彼は周囲を警戒し、ある一点を見つめて硬直した。
「……ルナ様、ご覧になってはいけません!」
アダムが咄嗟に動き、ルナの前に立ちはだかって視界を塞ごうとした。その顔色は蒼白だ。
「何? 邪魔しないでよ!」
アダムの腕を強引に払いのけるルナ。
そして、アダムが隠そうとした氷の壁を、ルナはその目で捉えた。
「……――っ!?」
ルナの喉から、声にならない音が漏れた。
壁だと思っていたもの。それは、氷漬けにされた「何か」の標本箱だった。
人間サイズの者から、見上げるような巨体を持つ者まで。数え切れないほどの「生物」が、氷の中に閉じ込められている。
ある者は苦悶の表情を浮かべ、ある者は体の一部が異形に変形し、またある者は……明らかに「失敗作」としてつぎはぎにされていた。
「これ……全部、死体……?」
あまりにも鮮烈で残酷な光景に、ベリーが口元を押さえて座り込んだ。
ここは古代の遺跡などではない。ここは、世界の創造主達が捨てた、「失敗した命」の廃棄場だったのだ。
ルナは吐き気をこらえ、杖を握る手が白くなるほど力を込めた。
「……ジェスター。あんた、私にこれを見せたかったわけ?」
虚空への問いかけは、ただ冷たい氷の壁に吸い込まれていった。
その直後、杖が振動し、オラクルが話し出した。
「主よ。嘆くのは後にされたし。この空間に、通常では検知できぬ微弱なデータ信号を検出いたしました」
「データ信号?」
ルナが杖の柄を握りしめると、すぐさまヴァリアントの甲高い声も響いた。
「チッ、やはりあの慇懃無礼な男は、死体の山の下にまで仕掛けを残していくなんて、本当に趣味が悪い!」
「うるさいわね、黙ってなさい!」
ルナは杖を握る手にさらに力を込めた。
アダムはルナの杖を見つめ、何事か察したように尋ねた。
「ルナ様。その信号、すぐに解析可能でございますか?」
「ええ。ヴァリアント、信号の形式は?」
「ジェスターの暗号と酷似しているな。……あいつのあの趣味の悪い独自暗号化システム、すぐさま解析いたしますよ、主殿!」
ヴァリアントが悪態をついた数秒後、オラクルが静かに結論を告げた。
「解析完了。メッセージは、ジェスターより――」
メッセージは音声でルナの耳に届いた。
『あなた様が今ご覧になられているのは、この世界の創世の真理でございます。
愚かな巨人の祖先が、自らの傲慢なる過ちのために、ここへ封印なさいました。
あなた様が今、ロジャー・ムースの無実を証明するために必要としているルミナの裏切りの証は、この廃棄場の最奥、最も深き氷床の底にご用意がございます。
さりとて、そこへお進みになるには、鍵が必要でしょう。その鍵は、この氷河に長きにわたり眠る失敗作の御身のうち、ただ一つ……未だ、動く御方の中に隠されております』
メッセージはそこで途切れた。
ルナは顔を上げた。血の気が引いたように白い顔で、周囲の氷漬けの死体の山を見つめる。
「……『動く御方』?」
ベリーが怯えきった声で繰り返した。
ルナの心臓が、恐怖でドクンと鳴る。
その続きを言わないでほしくて、ベリーに懇願するような目線を向けた。
「ベリー……」
しかし、ベリーは気づいたのか気づいていないのか、プルプルと震えながらも、そのまま続けた。
「まさか、この中にはまだ生きてる人がいるってこと?」
いかがでしたか?
次話は「二十五話 氷の亀裂と、目覚める死体」です。お楽しみに! ブクマ、評価、コメント、リアクションもよろしくお願いします。




