二十三話 真の支配者
「こういう時、最近の若者は何て言うのかしら。……ピンポーン?」
ルミナは、小首を傾げてみせた。口元には、勝気な笑みが浮かんでいる。
「……ルミナ、あんたが王を殺した犯人、なの? ……そんな欺瞞と血の上に、秩序が築けると思っているの!?」
「欺瞞? フフ、“月の支配者”は相変わらずロマンチストね」
ルミナは皮肉な笑みを深めた。
「私はただ、より良い未来を選んだに過ぎないわ。真実なんて、脆くて愚かな巨人をさらに混乱させるだけ。私は今、彼らに真の秩序と、従うべき神を与えるのよ」
「そのために、嘘を重ねるっていうの?」
「あなたには理解できないわ」
ルナは杖を握る手に力を込めた。それは怒りではない。胸の奥が凍てつくような、絶望に近い感情だった。彼女が固執する過去、そして真実が、目の前の人間によって踏みにじられている。
ルナが再び口を開こうとしたその時、バァン! と大きな音がして、甲板のハッチが開き、武装した警備隊の隊長が数名を連れて飛び込んできた。
「何者だ! ただちに武装を解除し、身元を明かせ!」
ルミナは警備隊の方へ、わずかに視線を向けた。その表情には、煩わしい虫を見たような嫌悪感が滲んでいる。
「……邪魔が入ったわね」
次の瞬間、ルミナを中心に、優しく、しかし圧倒的な光が周囲に溢れ出した。それは太陽の祝福のような、神聖な輝き。
警備隊は光に包まれた瞬間、苦しむことなく、まるで眠りに落ちるかのようにその場に倒れ伏した。
ルミナは再びルナに向き直る。その目の冷たさは、宇宙の闇よりも深い。
「ルナ。あなたは私の進める秩序の、唯一の障害物よ。無駄な抵抗はやめて、早く過去の一部になりなさい。――次に会う時は、容赦しないわ」
そう言い残し、ルミナの姿は光の残像を残して、ウィンド・ウィングから消え失せた。
ウィンド・ウィングから姿を消したルミナは、すでに帝都の中心部――ドラグラム帝国の中枢、かつて王が統治した大宮殿の上空にいた。
都市は混乱の坩堝にあった。
巨大な体躯を持つ巨人達が、失われた記憶と目覚めたばかりのパニックの中で、お互いを押し合い、叫び、建物を破壊していた。秩序は失われ、ただの巨大な暴徒と化している。彼らは統治者を失い、進むべき方向を見失っていた。
その混沌のただ中に、ルミナは静かに舞い降りた。
彼女の体から放たれた光は、先ほどの警備隊を無力化させた神聖な光とは比べ物にならない。宮殿の上空に第二の太陽が出現したかのように、圧倒的な金色の輝きが帝都全域を包み込んだ。
その光は熱を持たず、ただ優しかった。
狂乱していた巨人たちは、その強烈な輝きに目を閉じたまま、動きを止めた。彼らの身体から、長引く混乱と恐怖が引いていく。それは、神の恩寵としか言いようのない、絶対的な安寧だった。
ルミナは空中に優雅に浮きながら、すべての巨人に向けて、静かに、しかし威厳のある声で語りかけた。
「我が愛しき子らよ。私は、あなた方を導くために天より降りてきた。絶望することはありません」
その声は、巨大な都市の隅々まで、まるで脳内に直接響くかのように届いた。
「真の支配者は、すでに失われました。しかし、嘆く必要はない。あなた方を混乱に陥れた闇は取り除かれた。私が秩序と正義、そしてあなた方が求める真実を、この手に携えてきたのです」
光が落ち着き、巨人たちは目を開けた。彼らの視線の先には、黄金に輝く光の女王が立っている。パニックで消耗し、絶対的な権威を求めていた彼らにとって、それは正に救済だった。
一人の巨人が、跪いた。
その行動は瞬く間に伝播し、数千、数万の巨人たちが、一斉に宮殿の上空に立つルミナに向かって頭を垂れた。
王を殺し、国を混乱に陥れた張本人であるルミナは、彼らの崇拝の中心に立ち、満足そうに微笑んだ。
「ようこそ、我が新しい王国へ」
ルミナが消え去り、ウィンド・ウィングには重苦しい静寂だけが残された。
ルナが杖をコツコツと叩く音だけが響いている。
ルナは、その規則的なリズムで、なんとか正気を保っていた。
思考の整理をしようとするが、どうにもうまくいかない。
「……クソッ」
吐き捨てるように呟いた。
『――ッヅーヅヅ……ビビッ――』
突然、ウィンド・ウィングの制御盤から、電子音とは違う、ノイズ混じりの機械的な音声が響いた。
『――この録音が再生されているということは、最悪のシナリオに到達したようですね』
ルナは弾かれたように顔を上げた。聞き間違えるはずがない。その低く、人を小馬鹿にしたような冷静な声。
「ジェスター……!?」
『あなたのことだ、女王様。どうせまた無茶をして、あの“太陽”に噛みつこうとしたんじゃないですか? ……私は言ったはずですよ。今のあなたでは、“太陽の支配者”には勝てない、と』
ホログラムも何もない。ただ声だけが、虚空から響いてくる。
『だが、諦める気もないのでしょう? ……やれやれ、本当に女王様は世話が焼ける』
音声に、わずかな溜息が混ざる。
『次の目的地をお送りします。私の計算が正しければ、そこに君達が探している法則の欠片があるはずです。……急いだ方がいいですよ。世界が完全に“塗り替えられる”前にね』
プツン、と唐突に音声が途切れると同時に、オラクルが反応した。
「新規ナビゲーションデータを受信。座標入力を確認した。……目的地、北の果て、忘却の氷河」
「……は?」
「座標は承知した。しかし、場所は北の果て、忘却の氷河。人類の立ち入れぬ領域だ。女王の決意を問う」
ルナは乱れた呼吸を整え、顔を上げた。
瞳に宿る光は、絶望から、鋭い反骨の意思へと変わっていた。
「……行くに決まってるでしょ。あいつの手のひらで踊らされるのは癪だけど、今は藁にだってすがりたい気分よ」
「どうやって行くの?」
ベリーの問いに、ルナは皮肉な笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「背筋がゾワゾワするような、気持ち悪い気配を感じるの。多分、変態の愛の結晶が迎えに来てくれてるんだわ」
いかがでしたか?
次話は「二十三話 氷河」です。お楽しみに!
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