二十二話 殺害事件
こんにちは、あんなです!
今回ルナ達は、王の殺害事件に巻き込まれてしまいます。どうぞ、お楽しみください!
杖に埋め込まれたヴァリアントのレリーフは、まだ小刻みに震え、怒っている様子だった。
ルナはそれを無視し、操縦席のコンソールへと杖をかざした。
「さて、オラクルとヴァリアント。あなたたちの使命は、世界の法則と真実を私にもたらすことよ。次のノードへの最短ルートと周辺情報を分析しなさい」
オラクルが即座に、冷静な声で報告する。
「……フゥ、ム……最短ルート上から3.7キロメートル地点に、異常なエネルギー反応、及び『死の印』の残滓を確認。極めて高位の魔術であり、標的は王族クラスと推測される」
ヴァリアントが付け加える。
「チッ! 王族クラスの魔力の痕跡だぞ。面倒ごとを避けてノードへ直行すべきだ」
ルナはロジャーとジェームズの顔を見た。
「ルナ……ねぇ、ルナ!」
ベリーは不安で藍色の瞳を揺らしながら、ルナの腕を掴んだ。
「王族クラスの人が殺されたってことは、 きっと、まだ怪我をしている人がいるかもしれない! 助けに行った方がいいよ、ルナ! 見過ごしちゃだめだよ!」
ベリーの言葉は、ルナの「知的好奇心」という論理的な動機に「人道的義務」という感情的な重みを加えた。ルナは一瞬考え込んだが、すぐに強く頷いた。
「……進路を変更。現場へ急ぐわ」
ディープ・シャトルが着陸した場所から、ルナ達はその光景を目にした。
巨人の王の身体は、真っ二つに割れて、地面に倒れ伏していた。その巨体からは、どくどくと鮮血が流れ出し、地面に大きな血だまりを作っている。王の顔は、信じられないほどの恐怖に歪んでいた。
「キャッ!」
ベリーはパッと目をふさいだ。
「やだ……何、これ」
ルナは口元を押さえながら、ジリジリとその死体に近づいた。
足でつつこうとするルナに、ベリーが慌てて言った。
「あー! ダメダメ! やめてよ、ルナ! 呪われちゃうよ!?」
「呪い? ベリーってば、ホラー映画の観過ぎじゃない?」
ぷっと吹き出しそうになったルナに、ジェスターが言う。
「いや、この死体には本当に呪いがかかっている可能性があるから、気をつけたほうがいいね。こういう、魔術を使った殺害事件では、犯人が警察を手こずらせるために、ちょっとした気遣いを見せてくれることもあるのさ。例えば、死体に直接触れることができないように、その死体に呪いをかける、とかね」
ぴくっと笑顔を引きつらせたルナへ、ヴァリアントが追い討ちをかけるように言った。
「この死体から、悪質な魔力を感じる。触ったら死ぬ、っていう呪いよりも、さらに強力な呪いがかけられているな。取りあえず、俺はここを移動することを推奨するぜ」
「そ、そお? じゃあ、ディープ・シャトルに戻ろうか」
ロジャーは頭を振り、吐き気がするのを必死でこらえた。この異様な血の匂いと、体に沸き立つ何かの衝動が、彼の理性を食い破ろうとする。
(――あの血が欲しい……いや欲しくない! 俺は人間だ! 俺は……)
「……あ、俺は、人間…だ………ぐっ、う、ゔおおおおああああああ!!!!!」
ロジャーは、獣のような咆哮を上げた。彼の深紅の瞳は完全に血の色に染まり、理性が吹き飛んだかのように王の死体へ向かって飛びかかろうとする。
半分だけ「怪物」になっていたロジャーはこの時、血の匂いに興奮して、本物の「怪物」になってしまっていた。
「ロジャー!?」
ルナは咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って、ロジャー。落ち着いて! どうしたの!? あっ、やばいやばい! ベリー、ジェームズ、手伝って!」
「お、おお」
「うう……」
ジェームズも背中側からロジャーの肩に腕を回し、ベリーも泣きそうな顔で一生懸命服の裾を引っ張った。
「ぐあぅっ! うがーっ!」
三人がかりで必死にロジャーを抑え込もうと、もみくちゃになっていた、その時、頭上から声が響いた。
「何者だっ!」
空中から、巨人の帝国の警備隊が転移魔術陣で次々と現れた。彼らは、血まみれの王の死体と、その傍で血に狂った異種族を若者達が必死で抑え込んでいる光景を目撃した。
警備隊の隊長は、まずロジャーの狂気に満ちた瞳を捉え、それを必死で抑え込んでいる三人のティーンエイジャーに視線を移し、一歩引いたところでそれを見守っている一人の男を見て、素早く頭を回転させ、大声で叫んだ。
「……なるほど。この若者達が魔術でそいつの動きを止めていないところを見ると、そいつは魔術が効かないようだ。ロープでそいつを拘束し、刑務所に連行しろ!」
スピーディーに動き出した数名の警備隊員が、ロジャーを組み伏せて拘束し、魔術陣を形成した。
「えっ、ちょっ、まっ、えぇー? ロジャ―――!」
ルナの悲鳴、ジェームズとベリーの叫びが響く中、ロジャーは正気を失った獣のまま、光と共にその場から消え去った。
残されたルナ、ジェームズ、ベリーは、ロジャーが消えた空間を呆然と見つめた。
警備隊の隊長が「君たちには後で褒賞を与える! 現場保存に協力せよ!」と告げる声が、ルナの耳に響いた。
「現場保存……ハッ」
ルナは一瞬で冷静さを取り戻した。ロジャーが誤認逮捕されてしまった今、感情的に逃げても意味がない。ロジャーを救う唯一の方法は、この王殺しの真犯人を見つけ出すことだ。
ルナは警備隊の隙をつき、杖を袖の中に滑り込ませ、てっぺんのコアの部分を、王の死体へと向けた。
「ヴァリアント、オラクル。あなた達の力を示す時よ。この現場に残された、全ての真実を吸い上げなさい!」
杖に埋め込まれた二つのレリーフが微かに光り、ルナは警備隊の指示に従いながら、誰にも気づかれないようにデータの収集を始めた――。
ルナ達は、ウィンド・ウィングで刑務所まで連れていかれることになった。
ルナは搭乗橋に足をかけ、振り返った。
後ろにはベリー、ジェームズ、そして最後尾にジェスターがいる――はずだった。
しかし彼は、タラップの下で立ち止まっていた。
他人事のように、ルナ達が乗り込もうとしているウィンド・ウィングを見上げている。
「……何してるの? 早く乗りなさいよ」
ルナが眉を顰めると、ジェスターは恭しく一礼した。その仕草は完璧に優雅だが、拒絶の意味が込めてある。
「恐縮ではございますが、女王様。わたくしはここで辞退させていただきます」
「は?」
ルナの思考が一瞬、停止した。ベリーも目を丸くしている。
「辞退? どういう意味よ。船に乗るのが嫌だとでも言うの?」
「滅相もございません」
ジェスターは静かに言った。
「女王様方が表舞台に進まれます以上、わたくしは裏方に回り、影より女王様方の安全を確保する役目を請け負う所存でございます。ご心配には及びません」
裏方。影。まるで彼だけが、この旅の裏側に存在する真実を知っているかのようだ。
「……裏方? 単に危険な旅から逃げたいだけじゃないの?」
ルナが怒りを滲ませて睨みつけると、ジェスターは静かに微笑んだ。その笑みは、ルナを小馬鹿にしているようにも見えた。
「ご随意にお思いくださいませ。ただ、道中、いかなる困難が待ち受けようとも、女王様の強き御意志が導いてくださるものと、わたくしは信じております」
彼は深く優雅に頭を下げた。それは別れの挨拶ではなく、まるでこれから始まる戦いの祝辞のようだった。
ルナが言葉を詰まらせる間に、ジェスターはそのままタラップから遠ざかり、夜霧の中へと消えていった。
「はぁ?」
後に残されたのは、ルナの混乱と、言い知れない空虚感だけだった。
「え???」
ルナは頭を振って思考を切り替えた。
「……ベリー、ジェームズ、乗るわよ」
「あ……うん」
「……ああ」
――ウゥゥィィィィィィィィィィィィ……ウゥゥィィィィィィィィィィィィ………!
警報が鳴り響き、窓の外に見える巨人の都市は、異様な光景と化した。
巨大な都市全体から、「ひょわあああ!」「ああーおー!」という、情けなくも巨大な悲鳴が、まるで大合唱のように一斉に響き渡った。窓ガラスがビリビリと震え、ルナの鼓膜まで痛くなる。
「な、何、この音!?」
ベリーが耳を塞ぐ。
ルナも耳を塞ごうとしたが、袖に杖が引っかかって、上手く塞げなかった。
その悲鳴の絶叫が止まった後、ドォォォォン……! という地を揺るがす巨大な音が、時間差で響いてきた。
窓の外を見ると、巨大な街路のあちこちで、巨人の市民が一斉に糸が切れたように倒れ、地響きを立てていた。
「まさか……全員、気絶したの?」
ルナは呆然と呟いた。
「まるで終末戦争みたい……」
ベリーも震える声で呟く。
警備隊の隊長は、ひきつった声で言った。
「王が殺された。この帝国の安定の法則が崩壊したんだ。この混乱は、これから始まる騒動の序章に過ぎない……」
ルナは、鼻の頭をかくふりをして、袖の内側に隠してあるヴァリアントとオラクルに話しかけた。
「……データはどれくらい収集できたの? 収集したデータを解析できる?」
ルナがコソコソと話しているというのにも関わらず、ヴァリアントは大きな声で答えた。オラクルも堂々と話し始める。
「当たり前だ! まず、あの……」
「もちろんだ、創造主。『死の印』は、存在の根源の法則を捻じ曲げている。そう、まるで……」
「しーっ! 静かにしてよ!」
ルナは慌てて人差し指を立てたが、警備隊の隊長がその声を聞き逃すなど、杖が言葉を発するくらいあり得ないことなのだ。
鋭く尋ねてくる。
「何の声でしょう」
ルナは、頭の軽い女の子を演じることにした。
「えぇっ、何の話ですかぁ?」
「とぼけないでいただきたい! 今さっき、あなたの袖の内側から聞こえてきた、二つの声のことだ!」
「声? 怖ーい! ルナには、聞こえなかったお? おじさんってもしかして、霊感、あるんですかぁ? キャー!」
わざとらしく身体をくねらせるルナだが、内心では冷や汗を流していた。
(こいつ、鋭いな。……っていうか、あのくらい大きな声だったら、聞こえてない方がおかしいんだけど)
警備隊の隊長は、ルナの演技を冷たく見下ろし、静かに、しかし有無を言わせぬ迫力で言った。
「演技は結構だ、お嬢さん。その袖の中にある物を、今すぐここに出してもらおうか」
ルナの背筋に、冷や汗が流れた。警備隊の手が、ルナの袖に向かって伸びてくる。
その時、ウィンド・ウィングの通信機から、けたたましい警報音が響いた。
「隊長! 大変です! 首都の刑務所で大規模な暴動が発生! 容疑者が収容された棟を中心に、 巨人の暴徒が襲撃しています!」
警備隊長は、ルナから伸びていた手を渋々引っ込めた。彼の顔は、王殺し以上に深刻な事態に直面したことで、怒りから焦燥の色に変わった。
「チッ! 最悪のタイミングだ! お前ら、異邦人どもから目を離すな! 私は暴動鎮圧に向かう!」
隊長はルナを睨みつけ、「貴様らには、この後、ゆっくりと尋問させてもらう」と言い残し、ウィンド・ウィングを降りていった。
「九死に一生を得たわね……」
ルナは口パクで呟いた。
ルナは安堵の息をつきながらも、すぐに真剣な表情に戻った。シャトル内には、隊長に代わってルナ達を監視する数名の警備隊員が残っている。
(データの解析を開始するぞ)
ヴァリアントは、ルナの頭に直接話しかけた。
周りの反応を伺ったところ、ルナ以外には、聞こえないようだ。
「あんたね! こんなことができるなら、最初からやりなさいよ!」
ルナは、思わず立ち上がって、叫んだ。
(お、おい! 静かにしろよ!)
ヴァリアントは慌てて言った。
「ルナ? どうかしたの?」
いきなり立ち上がって叫んだルナに、ベリーは恐る恐る尋ねた。
そして、ルナはヴァリアントに答えた。
「あんたに言われる筋合いはないわ!」
「えっ? ご、ごめん」
ベリーはびくっとして、反射的に謝った。
(おいバカ、黙れ!)
「誰がバカですって!? あんたが黙んなさいよ!」
「私、バカとか言ってないよ!」
ベリーが返した。ちょっと涙目になっている。
(おい! あの娘、泣きそうじゃねーか! 周りも見てみろ、変な目で見られてんぞ!)
ヴァリアントの呆れた声が頭に響く。
ハッとしてルナが周囲を見渡すと、まずベリーが涙目になってルナのことを見つめているのに気がついた。
「あ、あー! 違うの! ごめんベリー! ベリーのことじゃなくて……その、虫! 変な虫が飛んでたから!」
「む、虫……?」
「そう! すっごい腹立つ顔した虫がいたのよ! だからベリーは悪くないの。ね?」
ルナは必死に取り繕って、ベリーの肩をポンポンと叩いた。
ベリーはまだ少し疑わしそうに目をぱちくりさせていたが、「う、うん……ルナがそう言うなら……」と、なんとか涙を引っ込めてくれた。
ルナは深いため息をついて、椅子に座り直した。心臓がバクバクしている。
(誤魔化し方が雑すぎだろ……。ま、いい。邪魔が入らないうちに済ませるぞ)
(……ええ。お願い)
ルナが息を詰めて待つ中、オラクルとヴァリアントからの情報が一瞬で彼女の頭脳に送られてきた。
それは言葉というよりも、膨大なデータの濁流だった。視神経の裏側を、青白い光の列が猛スピードで駆け抜けていくような感覚。
「解析完了である。『死の印』の法則は、既知の法則系譜に存在しない」
オラクルが冷静に報告する。
「そしてその意図は、太陽の因子の制御構造と酷似している。王の魔力を完全には消さず、あえて自身の痕跡を誇示しているのだ」
「異端の法則……、そして、傲慢な誇示……」
ルナは、気づいてしまった。
「犯人は……ルミナよ!」
――その瞬間、鈴を転がすような、それでいて背筋が凍るような甘い声が、風に乗って鼓膜を叩いた。
ハッとして顔を上げると、そこにはいつの間にか人影が立っていた。逆光で表情は見えないが、そのシルエットを見間違えるはずがない。ウィンド・ウィングの密閉された空間の、すぐ背後から、氷のように冷たい声が響いた。
「正解よ、“月の支配者”」




