二十一話 闇の気配
こんにちは、あんなです!
今回は、新キャラが登場します。どうぞ、お楽しみください!
もう、ダメだ。
ただの人間が、最強の騎士を相手にして、抵抗などできるはずがない。
誰もが諦めた、その瞬間――ロジャーの身体に、信じられない変化が起きた。
ロジャーの赤い瞳が、炎のようにゆらめいた。彼の白い肌から、まるで影が沸き立つように漆黒のオーラが噴き出した。それは、ルナ達も、彼自身でさえ、見たことのない力だった。
「手を、出すな」
ロジャーの声は、以前のクールな声とは似ても似つかない、低く、重い、闇の響きを帯びていた。
ロジャーは、折れ曲がった棒を片手で投げ捨て、黄金の騎士の大剣を、素手で受け止めた。
キィィン!!!
大剣を受け止めた手のひらには傷一つない。その肉体は常人のそれを遥かに超えていた。
ロジャーは、深紅に燃える瞳で黄金の騎士を見据えた。赤く光る視線を浴びた黄金の騎士は、動きがピタリと止まった。騎士は何かの強烈な力によって、完全に動きを封じられている。
「動くな。お前の主が誰であろうと、俺の邪魔は許されない」
ロジャーの絶対的な支配力を持った声に、ルナは体が硬直するのを感じた。
黄金の騎士は、恐怖に顔を歪ませながらも、動くことができない。
涙目で震えているベリーは、かすれ声で言った。
「ロジャーの目が怖いよ……誰なの、あのロジャー?」
ルナは、ロジャーの変貌に驚きと恐怖を覚えたが、何よりも、傷一つない姿に安堵した。
ロジャーは、騎士から大剣を抜き取り、大剣の平で騎士の鎧を一撃した。
ガアン!
騎士は空中都市の端から吹き飛ばされ、雲の海へと墜落していった。
「クックック……」
目を細めて残酷な笑い声をあげるロジャーを見て、ルナは思わず月光の道化を思い出した。
「ロジャー……もういいよ! 戻ってきて!」
ルナの必死な叫びが、闇のオーラをわずかに揺らす。
刺客を退けたロジャーの瞳から、深紅の光が完全に失われることはなかった。漆黒のオーラも、薄れはしたものの、ロジャーの体には微かに残っている。
ロジャーは、ガクッと片膝を地面についた。
「ロジャー!」
ルナは駆け寄り、肩に手を置いた。
「……大丈夫だ、ルナ。少し、疲れただけだ」
ロジャーの声は、いつものクールな声に戻っていたが、その瞳には深紅の光が微かに残っている。彼の顔色は青白いが、意識ははっきりしていた。
「完全には戻っていない。あの力を抑制し、理性を保っているようだ」
ジェームズは、注意深くロジャーのことを観察しながら、ブツブツと言った。
ベリーが涙を拭って、言った。
「ロジャー……その目、すごくカッコいいけど……その、大丈夫なの?」
ロジャーは、残酷な輝きが微かに残る深紅の瞳でベリーを見つめた。
「よく、わからないんだ。……少なくとも、家族の血筋に、狼人間かバンパイアなんかが入ってるわけではないと思うよ」
ロジャーはハハッと笑ったが、自分で言った言葉に、猛烈な違和感を感じていた。
ルナ達はディープ・シャトルへと急いで戻った。ロジャーの瞳の怪しげなきらめきと漆黒のオーラは薄れず、彼の異様な姿にベリーとジェームズは戸惑いを隠せない。
ルナ達よりも一歳年上のロジャーだが、十四歳にしては小柄な方だったため、ルナ達との身長差はあまりなかった。しかし、今のロジャーは、ルナ達のことを完全に見下ろしている。
鋭く、長い爪は、瞳と同じ、血の色に染まっていて、口元には、残酷な薄笑いが貼り付いていた。
「ロジャー、その状態でシャトルを操縦するのは危険だ。休んでくれ」
「いや、俺は大丈夫だ。次のノードまでこの力を維持する。お前らに危険は冒させない」
ルナは、ロジャーの固い決意を受け止め、彼に操縦席を譲った。
ディープ・シャトルは、次のノードへ向けて西の夜空を全速力で進んでいた。
その時、操縦席の計器に警告が出た。
「ルナ! シャトルの警告が出てるよ! 進行方向の小さな洞窟に異様なエネルギー反応――だって!」
ベリーが言うのを聞いて、ルナは、ロジャーとジェームズの顔を見た。
「少しだけ寄り道するわ。何かが私を呼んでいる気がするの」
シャトルが地面に着陸すると、ルナは一人、ロジャーの制止を振り切って外へ出た。
ルナが洞窟の入り口で発見したのは、片翼がボロボロに破損した、小さな、漆黒の龍だった。
そして、ルナは息を呑んだ。その龍の体からは、二つの首が生えていたのだ。
一つの頭は静かにルナを見つめ、もう一つの頭は警戒心を剥き出しにして唸っていた。四つの瞳は、ルナの“深淵の力”とどこか似た、冷たい光を宿していた。
「……双子なの?」
ルナはまるでこの双頭の龍が自分自身の「ルナ」と「月光の道化」という影であるかのように親近感を覚えた。
「……あなた、私と一緒に来る?」
漆黒の龍は、ルナの問いに応えるように、二つの頭をルナの腕に優しく擦りつけた。
ルナが漆黒の龍を抱いてシャトルに戻ると、ロジャーは警戒心を剥き出しにした。
「ルナ。それは、危険だ。闇の波動を発している」
ルナは、答えた。
「大丈夫よ、ロジャー。この子、私と同じ匂いがするの」
「龍はこの世界で最も強力な生物の一種だ。なぜ、こんな場所に傷ついて?」
ジェームズが鋭く尋ねてきたが、ルナははぐらかすことにした。
「最も強力? よく知ってるわね、ジェームズ」
ジェスターが言う。
「ああ、女王様。随分と物騒なペットを拾ってきたね。その龍は“深淵の影”の断片さ。君の力に魅かれてやってきた、いわば相棒だ」
「影!? ロジャーも闇のオーラ出てるのに、影が増えちゃうの!?」
ベリーの藍色の瞳に、「不安」という文字が浮き出ていた。
「そして、ロジャーの覚醒。君の相棒と、彼の新しい力が、君を救うか、それとも破滅させるか……楽しみにしているよ」
「ハァ……どういうことか、って聞いても、どうせ答えてくれないよね?」
「よくおわかりで」
「とにかく、手当てを急ぐわ」
ルナは、龍を小さな机に置いた。
龍はぐったりとして、その漆黒の体から、魔力の光が点滅しながら不規則に漏れ出していた。
「体が分解している……生命エネルギーを維持しているのは、この核だけ」
ルナは冷静に分析すると、緊急の処置として、龍の体から黒曜石のようなコアを分離した。龍の体はすぐに消滅し、コアだけがルナの手の中に残った。
ルナは、手のひらに残ったコアを見つめた。
その瞬間、ルナの瞳の奥で、微かな魔力の光がスパークした。
「えっ? な、何これ……」
「ルナ、どうしたの!?」
混乱したように頭を抱えるルナへ、ベリーがすぐさま声をかけた。
(……コアの設計図が、まるで脳裏に直接書き込まれたみたいに理解できる……。これは、ただの知識なんかじゃない。遥か古代の、夜を統べる力が持つ、世界の法則へのアクセス権だ)
ルナは静かに口を開いた。
「……大丈夫。なんでもないよ。……このコアを安定化させないと、すぐに二つの意識が暴走してしまうわ。ロジャーの覚醒した力と、このコアの暴走……どちらも危険すぎる」
ルナはそう言い、超伝導性の合金線を手に取った。
超伝導性の合金線をコアの表面に、まるで幾何学模様を描くかのように精密に組み付けていく。彼女が精密なピンセットで微細な回路を調整し、特定の接点に特殊な樹脂を流し込むと、コアから漏れていた不規則な魔力の波動が、規則正しい振動へと収束していくのが、空気を通してベリーにも感じられた。
部屋に鉄が冷えていくような清涼感が広がり、青白い光の粒子が、まるでルナの心臓の鼓動のように一定のリズムで点滅し始めた。
できあがったのは、魔法工学的なスマートな黒杖だ。先端の黒曜石コアに、静かで賢明そうな青白い龍と、皮肉な笑いを口元に浮かべている、赤く光る龍のレリーフが対をなす。
「……これで完了よ」
ルナはフッと息を吐いた。いつものルナなら、それ、どういう意味? と首をかしげていたであろう言葉を、平然と口にする。
「魔術っていうのは、不確定なエネルギーを、論理的な手順で安定化させる技術。このコアはただの魔力の塊だったけど、私の回路を通すことで、計算可能な法則に従うようになったわ。このコアは二つの矛盾した意識が同居している」
杖が、その言葉に応えるように発光し――、
「我が名はオラクル。あちらはヴァリアントだ。汝の技術に感謝する、創造主よ。ところで――」
冷静で荘厳な声が響いたかと思うと、杖の反対側から、甲高い皮肉めいた声がそれを遮った。
「なんで俺はこんな体になっているんだ!? 助けてくれ!」
オラクルが、少し苛立たしげに言い直す。
「――ところで、創造主よ、汝は何故我々をこの不完全な形に再構築したのだ? 我が力の法則が乱されている。汝は――」
「俺は龍だったはずだ! こんな杖みたいな姿に押し込めるなんて、創造主とは名ばかりの暴挙だ!」
オラクルは、明らかにイラついている様子で、さらに言葉を挟もうとする。
「――汝は、その――」
しかしルナは、その言葉を聞き流すことはできなかった。
「ハァ? 暴挙?」
鋭く突っかかるルナに、ヴァリアントは再び怒鳴りつける。
「そうさ! お前の傲慢な論理のおかげで、俺の優雅な龍の姿が、この細長い棒切れに変わったんだ!」
「ふざけてんの?」
その低い声に、ヴァリアントは一瞬怯んだ。
「いい? ヴァリアント。私がどれだけ精密な作業をしたと思っているの? 私の超絶的な魔術工学がなければ、あんた達は今頃、ただの黒曜石の粉よ! その暴走するコアを安定化させ、二つの意識を同時に維持できるように再構築してあげたのよ!? それは古代の叡智を現代技術で昇華させた最高傑作なの! あんた達の生命線よ! 恩知らずにも程があるわ!」
「恩着せがましいにも程があるだろ! 俺は――」
「……フゥ、ム……」
オラクルが、二人から逃げるように静かに咳払いをした。
ルナの怒りの熱が、一瞬で冷徹な知性へと切り替わった。彼女の瞳は、もうヴァリアントを見ていない。
「良いわ」
ルナは杖を強く握り、ディープ・シャトルのメイン計器へと向けた。
「そんなに不満なら、私が作ったこの最高傑作の性能を、今ここで証明してあげる!」
ヴァリアントが甲高い悲鳴を上げた。
「ぎゃあ! 待て、小娘! 勝手に俺の力を使うな! 制御されていないんだぞ!」
「ハッ! それが何?」
ルナはそれを無視し、杖を計器にかざした。夜の霧のような光が杖から計器へと流れ込むと、シャトルの全ての数値が一瞬で理論上の限界を超え、金色に点滅した。
オラクルの頭が静かに、しかし力強く語り始めた。
「……推進効率、設計値の100.003%を達成。次回のワープ到達時間は、理論値を7秒短縮。記録を更新した」
ルナは満足げに杖を収め、ヴァリアントに言い放った。
「わかった? あんた達の真の価値は、限界を超えた最高の性能を導き出すことよ。棒切れなんかじゃないわ!」
参ったか、というように鼻を鳴らすルナに、ヴァリアントがすぐに反撃する。
「結局、俺の力を使っただけじゃねぇか! お前がこんな物に俺を閉じ込めたせいで、力が制御しきれていない。以前の俺だったら、これ以上のことが――」
「うるさいわね!」
イライラが頂点に達したルナは、杖をまるでペン回しをするかのように、高速で指先で回転させ始めた。
「うぐっ! ぐわああ! ぎゃあぁ! やめっ、ゔえっ、ろ……やめろぉぉ、ゲボボボボ……」
ヴァリアントの甲高い悲鳴が、シャトル内に響き渡る。
「……フゥ、ム……」
オラクルもまた、静かに苦痛の声を上げる。
「知覚の法則が乱れ、視覚が論理的でなくなっている。この回転は、8.5Gを超えるぞ。即座に停止せよ、創造主!」
ルナは、満足いくまでヴァリアントの悲鳴を聞くと、ピタリと回転を止め、杖を収めた。
「はぁ、はぁ……おい! いきなり何てことするんだよ、このスカタン!」
「あーらやだ、スカタンですって? もう一回自分のゲロでうがいしたいようね、ヴァリ君?」
ロジャーとベリーとジェームズは、“夜の支配者”と皮肉屋の口喧嘩を、ただ呆然と見守るしかなかった。
いかがでしたか?
次話は「二十二話 殺害事件」です。お楽しみに! ブクマ、評価、コメント、リアクションもお待ちしています。




