二十話 黄金の騎士
「どうにか切り抜けたな。ノウズの時もそうだったけど、この空中都市も、番人の試練自体は戦闘じゃなかった。ルミナの守り方は、甘いんじゃないか?」
ジェームズは、建物の壁を観察しながら、冷静に答えた。
「甘いどころか、最も厳重だ。ルミナが物理的な力でノードを守らないのには、理由がある」
「理由?」
「ああ。この領域は、ルミナの絶対的な秩序で構築されている。ノードを壊す“夜の支配者”は、ルミナと同じ支配者の力を持っている。物理的な壁では、簡単に破壊される。だからルミナは、ノードを支配者の絶対的な弱点で守らせたんだ」
「支配者の弱点って、何?」
ベリーが尋ねた。
「心、だよ。支配者の力は絶大だけど、真実を隠して、不公平な心を持つと、その力は必ず歪む。ノウズは真実を、ディケーは公平さを問うた。支配者にとって、最も曝け出しがたく、代償を支払いにくいもの、それが、心の矛盾なんだ」
ルナは、少し目を細めた。
「ルミナは、力で私達を止めようとしているんじゃない。支配者として失格だって、証明させようとしているんだ」
「なるほどー! ジェームズって頭良いね!」
ベリーがパチパチと拍手した。
「うん。それじゃあ、行くわよ!」
ルナは、月光の道化の力が心の中で静かに眠っているのを感じながら、軽快に階段を駆け上がり始めた。
ロジャーは、冷静な視線で周囲を警戒しながら、ルナのすぐ隣を上った。
「無理はするなよ。刺客が現れても、ルナは一人で戦う必要はない」
「そうだよ! 私達は、ただのお荷物じゃないんだから!」
ジェームズは、論理的な考察をしながら、階段の構造を分析していた。
「この階段は螺旋状に回転している。最上階まで風の渦が発生しやすい構造だ。気をつけて」
ジェームズの警告が響いた瞬間、壁の隙間から、ガラスが割れるような鋭い音と共に、高速の風の刃がルナ目掛けて飛来した。
「わっ!」
ルナは反射的に“深淵の力”を指先に集中させ、薄いバリアを作り出した。
バシュッ!
風の刃はバリアに激突し、衝撃波が階段に響いた。
「セーフ……」
だが、風の刃は連続して、四方八方から襲いかかってくる。
階段の中腹にある広場のような場所に、風の鎧を纏った警備兵たちが姿を現した。彼らは白銀のヘルメットを被り、背中の羽飾りが風を操る力を制御しているようだった。
「侵入者よ。裁きの番人の裁定があろうと、ノードは絶対に渡さない」
「論理的な障害だ。番人の公平な裁定と都市の防衛システムは独立している!」
「そりゃそうだ! 敵なんだから!」
ルナは、奥歯を噛み締めた。月光の道化の圧倒的な力があれば、この警備兵など一瞬で蹴散らせる。しかし、代償を支払わなければ、ノードへの道は永遠に閉ざされる。
「ベリー! ロジャー! ジェームズ! 私は上へ急ぐわ! “深淵の力”は防御に最低限しか使えない! 戦闘は……お願い!」
ルナは自分自身に課した制約の中で、仲間達に全てを託した。
「任せて、ルナ! ちょっと耳塞いでてね」
ベリーは、警備兵の集団へ向かって、ジェスターから渡された小さなデバイスを掲げた。
「ごめんね! でも耳栓してないの、そっちの落ち度だよ!」
キィィィィン!!
高周波音波発生機から強烈な音波が発せられた。風の鎧の制御系を麻痺させるための音波だ。警備兵たちは一斉に動きを止め、両手でヘルメットを押さえた。
ジェームズは、その一瞬の隙を見逃さなかった。
小型の麻痺装置を無駄なく投擲。動きの止まった警備兵の背中にある羽飾りの根本の制御回路に正確に命中させた。
バチッ!
回路がショートし、風の鎧が音を立てて崩れ落ちた。
ロジャーはポケットから特殊合金の棒を取り出し、硬化させた。
ガキン!
ロジャーの棒と警備兵の風の鎧がぶつかり合い、金属音が響いた。ロジャーは棒を盾にして風の刃を防ぎ、その隙に警備兵の頭部へ一撃を見舞う。
ルナは、最小限の“深淵の力”で階段の風圧から仲間を守りながら、その光景に感動を覚えた。
「すごい……! 戦闘経験なんてないのに!」
「まぁね、一般人でも、守りたい人がいれば、何とかなるものだよ」
ベリーが息を上がらせながら、ルナに向かってピースサインを決めた。
「それより、ルナ! あと少しだよ!」
ヤッター、とベリーはその場でくるくる回っている。
「残りは最上階のノードだけだね。気を引き締めなきゃ」
ジェームズは、ぐっと拳を握っている。
四人は、螺旋階段を駆け上がり、空中都市の最上階へと到達した。
そこは、白銀の合金でできた広大なテラスであり、都市全体を風力制御する巨大な装置が中央に鎮座していた。装置の中心に、第二のノード――巨大な水晶が風のバリアに包まれて浮遊している。
ノードに近づくと、ルナは強烈なエネルギーを感じ取った。
「…………!」
一瞬怯んで後ずさったが、ルナは覚悟を決めてもう一歩踏み出した。
「……行くわよ。私の力だけで、このノードを破壊する……うぇ、楽勝」
ルナは、月光の道化の衝動を心の奥底に押し込め、自分の意志と深淵の力を手のひらに凝縮させた。
ルナの全身から、以前よりも遥かに制御された、緻密な紫色のオーラが静かに放出された。
ベリー、ロジャー、ジェームズは、緊張してルナを見守る。
「論理的には、過負荷を避けて破壊するには、前回よりもさらに精密な出力が必要だ」
ジェームズが呟いた。
「前回よりも?」
ベリーが少し目を見開いて、ジェームズへ聞き返した。
「……ああ」
ベリーは、息を詰めてルナのことを見守った。
ルナは水晶のノードへ向けて、制御した力を放出した。
――キィィィィィィィン……!
水晶のノードは、前回のような爆発的な悲鳴ではなく、高周波の共鳴音を上げた後、内側から静かにヒビが入った。
パキン!
第二のノードは、完全に砕け散った。
「やったー! ルナ、月光の道化を使わずに成功だよ!」
ベリーは、ほっとしてルナに抱きついた。
ルナは、全身の力が抜け、ベリーに寄りかかった。
「はぁ……疲れた……でも、約束は守ったわ……」
「お見事。女王様は成長が早い。これでルミナの領域の三分の一が崩壊に近づいたよ」
その安堵の瞬間、空中都市のテラスに巨大な影が落ちた。
空が一瞬にして、真昼の太陽のように灼熱の色に染まった。
ルナの本能が警告を発した。
――逃げろ!
熱くて、痛い。何かが、鋭い針のように、明確な脅威として、ルナの身体をチクチクと刺す。
「これは……ルミナの力だ! 前回の刺客とはレベルが違う!」
ルミナの領域から直接、第三の強力な刺客がテラスに着地した。その刺客は全身を黄金の鎧で覆い、手に持った大剣からは太陽の炎が噴き出していた。
「“深淵の器”よ。二度もルミナ様の秩序を乱すとは。貴様の存在を消滅させる!」
黄金の騎士は、ルナが疲れ果てているのを見逃さず、炎を纏った大剣を振り下ろした。
「ルナ!」
ロジャーは、考える間もなく、特殊合金の棒を伸ばしてルナを庇った。
ガアアアアン!!
大剣と棒が激突し、ロジャーは渾身の力で耐えたが、人間の身体では限界だった。衝撃で棒は折れ曲がり、ロジャーの腕に激しい炎の熱が伝わる。
「くっ……」
「人間如きが、無意味だ! 死ね!」
二撃目が、ロジャーの頭上へ振り下ろされた。
ルナは“深淵の力”を使おうとしたが、代償の疲労でなかなか出てこない。月光の道化の衝動を呼び覚まそうとしても、ディケーとの約束が邪魔をする。
「嘘……ロジャー!!!」
いかがでしたか?
ロジャーのピンチ! 次話は、「二十一話 闇の気配」です。お楽しみに!




