19話 空中都市
こんにちは、あんなです!
今回は、ちょっと長め(7000文字くらい)です。どうぞ、お楽しみください!
ルナ達は、崩れ落ちたノードの散らばる部屋からディープ・シャトルへと急いで戻った。刺客の遺体は、ルミナの領域の防衛システムによって跡形もなく消え去っていた。
ルナは、パネルに次の目的地――西にある空中都市の座標を入力した。
「次のノードまでは、西へどれくらいかかるの、ジェスター?」
ルナは顔を上げずに、ジェスターへ問いかけた。
「フルパワーなら一日だが、君の現在の覚醒度では……四日と見ておこう。ノードを破壊する度に、次のノードの防御と距離は厳しくなる」
ジェスターの答えに、ベリーは悲鳴をあげた。
「四日も!? もう“太陽の支配者”に居場所がバレてるのに、そんなにゆっくりしてられないよ!」
ジェームズは、ルナとシャトルのパネルを交互に見た。
「ルナ。“深淵の力”はどれくらいコントロールできるんだ? 感情の衝動でなく、意識的に力を出力できれば、移動時間を短縮できるんじゃないか?」
ルナは、ジェームズの分析にハッとした。
「そうか……衝動じゃなくて、自分でコントロールすればいいんだ。さっすがジェームズ! やってみる!」
ルナは運転席に座り、パネル全体に手をかざした。“深淵の力”を、溢れ出させないように、慎重にシャトルに流し込んでいく。
「…………っ!」
ルナの手のひらから放出された“深淵の力”が、ディープ・シャトルを強大なエネルギーで包み込んだ。シャトルは、黒い機体を白銀の月の光のように輝かせながら、音速に近い速度で闇を切り裂き始めた。
「うわーっ、すごい! これなら一日で着いちゃうよ!」
ルナは、疲労で肩で息をしながらも、確かな手応えを感じた。月光の道化に頼らず、自分の力で運命を変えられる。その小さな成功体験が、ルナに大きな自信を与えた。
「ありがと、ベリ……ぐっ………!?」
ルナは、どこからか強烈なエネルギーを感じ取った。
(このエネルギー……太陽みたいな鋭い光じゃない。だから、ルミナが近くにいるわけではないと思う。月光の冷たさとも違う。甘くて、どこか懐かしい……でも、恐ろしいほど不安定。夕方の匂いがする……)
「……ルナ、どうかした?」
ベリーは不思議そうに首を傾げた。
「――あっ、何でもない」
ルナは反射的にそう答えた。
ジェスターがふいに立ち上がった。
「命を懸けた戦いで、装備が何もないのは不公平だ」
ジェスターは、「不公平」という言葉を少しだけ強調した。
「『命を懸けた戦い』⁉ ちょっと、ジェスター。聞いてないんですけど⁉」
ルナがすかさず口を挟んだ。
「ということで、君達にはそれぞれ武器を――」
「ジェスター! 『命を懸けた戦い』ってどういうことなの? いつ、どこで、誰がするの?」
「ロジャー。君には、これだ」
ジェスターは、ロジャーに懐中電灯ほどの大きさの、金属でできた棒のようなものを手渡した。
「それは伸縮自在の特殊合金棒、万能ツールさ。衝撃を加えるか、強く念じることで、瞬間的に硬化し、伸縮する」
ロジャーは無言でそれを受け取り、ポケットにしまった。
「ベリー。君には、これ。高周波数音波発生器、音波デバイスだ」
ベリーが受け取ったのは、可愛らしいキーホルダーのようなものだった。
「えー、キーホルダー? これでどうするの?」
首をかしげるベリーに、ジェスターは丁寧に説明した。
「その音波は、敵の鎧の制御性を一時的に麻痺させる。聴覚に致命的だから、使う時は耳を塞ぐんだよ」
ベリーは、少し顔をしかめたが、そのデバイスをぎゅっと握りしめて、ジェスターにお礼を言った。
「ありがとう」
「どういたしまして。さて、ジェームズ。君には、これを二つ。小型麻痺装置だ。ピンポイントで電気信号を流し、回路をショートさせるもので、敵の弱点を突くのに有効だ。使い方次第だが」
「さあ、武器は渡した。これで戦いは公平になっただろう?」
ルナは、仲間達がそれぞれ武器を受け取るのを見ながら、不満で唇をとがらせた。
「ちょっと待ってよ。私には何もないの?」
振り返りながら、ジェスターは、ルナにニコッと笑みを向けた。
「女王様。大事なことをお忘れですか? 女王様には全てがあるじゃないですか」
ジェスターはルナの全身を指し示した。
「君の存在そのものが、この世界で最も強力な武器。君は、“夜の支配者”の力をその身に宿してる。一般人の彼らと同列に武器を持つのは、不公平というものだ」
「ぐっ……」
ルナは、ジェスターの言葉に反論できなかった。彼らは一般人。自分は“夜の支配者”。力の差は明確だった。
ルナは不機嫌そうに顔をそむけたが、納得するしかなかった。
ディープ・シャトルは、二日かけて西の空域に到達した。眼下には、雲の海がどこまでも広がっている。
「あれが……空中都市!?」
ルナの目線の先には、巨大な螺旋状の柱が雲を突き破ってそびえ立っていた。その柱の頂上には、ガラスと白銀の合金でできた都市が、重力に逆らうように浮かんでいる。
都市全体から、青く微弱なエネルギーが放出されており、それが風のバリアとなっているようだった。
「うわぁ。まるで空に浮かぶ宮殿みたい!」
ベリーは観光地に来たかのようにはしゃいでいる。
ジェスターが言った。
「ノードは、都市の最上部、風を司る最高機関に隠されている。ただし、ここから先は、シャトルでは入れない。都市の防御風バリアが、異物を感知しているからだ」
ルナは、ディープ・シャトルから外の風を肌で感じた。
「なるほど……風の力で侵入者を拒否するってわけね。じゃあ、私たちも風の力で入ればいい」
ルナは立ち上がり、仲間達に強い目線を向けた。
「ベリー! ロジャー! ジェームズ! 私が“深淵の力”で、私達を包む。風のバリアを乗り越えるわよ!」
「うん。頑張って、ルナ!」
ルナは、深淵の力を月の光のような白いオーラとして慎重に周囲に展開した。オーラは、四人の体を優しく包み込むと、風の文明が築いた巨大な螺旋柱に向けて、勢いよく飛び出した。
都市の入り口は巨大な風の渦となっており、ルナのオーラを容赦なく叩きつけた。ルナは歯を食いしばり、必死に耐えた。
そして、風のバリアを突破したルナ達が都市の入り口に降り立つと、一人の人物が、静かに彼らを待ち受けていた。
その人物は、白銀の髪を風になびかせ、両手に精巧な天秤を持っている。透き通るような白磁の肌には、風紋のような青い文様が走っていた。
《ようこそ、“深淵の器”。私はディケー、裁きの番人。力でノードに到達しても、心に公平がなければ、この都市から生きて戻ることはできない》
記憶の番人、ノウズの時と同様に、裁きの番人であるディケーの声は、頭に直接響いてきたが、その静かな威圧感は、記憶の番人ノウズとは別種の重さを持っていた。
「公平? 何が言いたいのよ」
ディケーは天秤を少し傾け、静かにルナに問いかけた。
《君の心は、“夜の支配者”としての運命と、一人の人間としての愛に引き裂かれている。それは不公平ではないか?》
「そりゃ、公平だとは思わないけど、そんなことをグチグチ言い出したって、仕方ないじゃない」
ルナが答えたが、聞こえたのか聞こえていないのか、ディケーは先を続けた。
《故に、裁きを受ける。ノードへの道は、最も重い代償を公平に支払った者にのみ開かれる。仲間の中で、最も重い罪を告白し、その償いを約束せよ》
ジェームズは、いつものように
論理的に状況を分析する。
「公平っていうのは、ルナの抱える罪の重さに見合う代償を、皆で分担するということか? それなら、きっとノウズの時と同じだ。隠し事をすれば、ディケーは巨大化する。ルナ、君が最も重い代償を決めるんだ」
ルナは頷いた。
「わかったわ。ディケー、私の最も重い罪は、お母さんの指輪を無くしたことよ」
ルナは、深呼吸をし、ディケーの天秤を見つめながら、代償を告げた。
「この罪の代償は……次のノードに着くまで、あたしがディープ・シャトルの操縦を一人で担当する。“深淵の力”を使い続けて、完全に疲労困憊になる。それで公平でしょ?」
ルナは、自分の体がボロボロになるという代償を提示した。ルナの覚悟が、ディケーの天秤をわずかに傾けた。
《――その罪への代償は、公平ではない》
ディケーの静かな声が響き、天秤は水平に戻った。ルナは驚きと焦りを覚えた。
「何でよ!? 体がボロボロになるまで力を使うんだから、充分でしょ!」
《その疲労は、君の力の一時的な制限に過ぎない。真の罪は、罪を隠し、君の母親の愛と信頼を裏切ったこと。その代償は、君の最も大切なものを手放すことでのみ、公平になる》
ディケーの言葉は、ルナの最も恐れることを突いていた。
「……ん……わかったわよ、ディケー。あんたってホント性格悪い。私の代償は……この都市にあるノードを、月光の道化の力を借りずに、自分の力だけで破壊することよ」
ルナの覚悟は、自分の最大の強みであり、弱みである月光の道化の力を封印すること。それは、ルミナの刺客が現れた場合、再び仲間が危険に晒されるという究極のリスクを背負うことだった。
その瞬間、ディケーの天秤が激しく傾いた。罪の重さと代償の重さが、完全に釣り合ったのだ。
《その決意は公平である。裁きは下された。ノードは最上階。登るがよい》
ディケーが天秤を高々と掲げると、空中都市の奥へと続く巨大な螺旋階段が、青白い光を放ちながら出現した。
「どうにか切り抜けたな。ノウズの時もそうだったけど、この空中都市も、番人の試練自体は戦闘じゃなかった。ルミナの守り方は、甘いんじゃないか?」
ジェームズは、建物の壁を観察しながら、冷静に答えた。
「甘いどころか、最も厳重だ。ルミナが物理的な力でノードを守らないのには、理由がある」
「理由?」
「ああ。この領域は、ルミナの絶対的な秩序で構築されている。ノードを壊す“夜の支配者”は、ルミナと同じ支配者の力を持っている。物理的な壁では、簡単に破壊される。だからルミナは、ノードを支配者の絶対的な弱点で守らせたんだ」
「支配者の弱点って、何?」
ベリーが尋ねた。
「心、だよ。支配者の力は絶大だけど、真実を隠して、不公平な心を持つと、その力は必ず歪む。ノウズは真実を、ディケーは公平さを問うた。支配者にとって、最も曝け出しがたく、代償を支払いにくいもの、それが、心の矛盾なんだ」
ルナは、少し目を細めた。
「ルミナは、力で私達を止めようとしているんじゃない。支配者として失格だって、証明させようとしているんだ」
「なるほどー! ジェームズって頭良いね!」
ベリーがパチパチと拍手した。
「うん。それじゃあ、行くわよ!」
ルナは、月光の道化の力が心の中で静かに眠っているのを感じながら、軽快に階段を駆け上がり始めた。
ロジャーは、冷静な視線で周囲を警戒しながら、ルナのすぐ隣を上った。
「無理はするなよ。刺客が現れても、ルナは一人で戦う必要はない」
「そうだよ! 私達は、ただのお荷物じゃないんだから!」
ジェームズは、論理的な考察をしながら、階段の構造を分析していた。
「この階段は螺旋状に回転している。最上階まで風の渦が発生しやすい構造だ。気をつけて」
ジェームズの警告が響いた瞬間、壁の隙間から、ガラスが割れるような鋭い音と共に、高速の風の刃がルナ目掛けて飛来した。
「わっ!」
ルナは反射的に“深淵の力”を指先に集中させ、薄いバリアを作り出した。
バシュッ!
風の刃はバリアに激突し、衝撃波が階段に響いた。
「セーフ……」
だが、風の刃は連続して、四方八方から襲いかかってくる。
階段の中腹にある広場のような場所に、風の鎧を纏った警備兵たちが姿を現した。彼らは白銀のヘルメットを被り、背中の羽飾りが風を操る力を制御しているようだった。
「侵入者よ。裁きの番人の裁定があろうと、ノードは絶対に渡さない」
「論理的な障害だ。番人の公平な裁定と都市の防衛システムは独立している!」
「そりゃそうだ! 敵なんだから!」
ルナは、奥歯を噛み締めた。月光の道化の圧倒的な力があれば、この警備兵など一瞬で蹴散らせる。しかし、代償を支払わなければ、ノードへの道は永遠に閉ざされる。
「ベリー! ロジャー! ジェームズ! 私は上へ急ぐわ! “深淵の力”は防御に最低限しか使えない! 戦闘は……お願い!」
ルナは自分自身に課した制約の中で、仲間達に全てを託した。
「任せて、ルナ! ちょっと耳塞いでてね」
ベリーは、警備兵の集団へ向かって、ジェスターから渡された小さなデバイスを掲げた。
「ごめんね! でも耳栓してないの、そっちの落ち度だよ!」
キィィィィン!!
高周波音波発生機から強烈な音波が発せられた。風の鎧の制御系を麻痺させるための音波だ。警備兵たちは一斉に動きを止め、両手でヘルメットを押さえた。
ジェームズは、その一瞬の隙を見逃さなかった。
小型の麻痺装置を無駄なく投擲。動きの止まった警備兵の背中にある羽飾りの根本の制御回路に正確に命中させた。
バチッ!
回路がショートし、風の鎧が音を立てて崩れ落ちた。
ロジャーはポケットから特殊合金の棒を取り出し、硬化させた。
ガキン!
ロジャーの棒と警備兵の風の鎧がぶつかり合い、金属音が響いた。ロジャーは棒を盾にして風の刃を防ぎ、その隙に警備兵の頭部へ一撃を見舞う。
ルナは、最小限の“深淵の力”で階段の風圧から仲間を守りながら、その光景に感動を覚えた。
「すごい……! 戦闘経験なんてないのに!」
「まあね、一般人でも、守りたい人がいれば、何とかなるものだよ」
ベリーが息を上がらせながら、ルナにウインクした。
「それより、ルナ! あと少しだよ!」
ヤッター、とベリーはその場でくるくる回っている。
「残りは最上階のノードだけだね。気を引き締めなきゃ」
ジェームズは、ぐっと拳を握っている。
四人は、螺旋階段を駆け上がり、空中都市の最上階へと到達した。
そこは、白銀の合金でできた広大なテラスであり、都市全体を風力制御する巨大な装置が中央に鎮座していた。装置の中心に、第二のノード――巨大な水晶が風のバリアに包まれて浮遊している。
ノードに近づくと、ルナは強烈なエネルギーを感じ取った。
「…………!」
一瞬怯んで後ずさったが、ルナは覚悟を決めてもう一歩踏み出した。
「……行くわよ。私の力だけで、このノードを破壊する!」
ルナは、月光の道化の衝動を心の奥底に押し込め、自分の意志と深淵の力を手のひらに凝縮させた。
ルナの全身から、以前よりも遥かに制御された、緻密な紫色のオーラが静かに放出された。
ベリー、ロジャー、ジェームズは、緊張してルナを見守る。
「論理的には、過負荷を避けて破壊するには、前回よりもさらに精密な出力が必要だ」
ジェームズが呟いた。
「前回よりも?」
ベリーが少し目を見開いて、ジェームズへ聞き返した。
「……ああ」
ベリーは、息を詰めてルナのことを見守った。
ルナは水晶のノードへ向けて、制御した力を放出した。
――キィィィィィィィン……!
水晶のノードは、前回のような爆発的な悲鳴ではなく、高周波の共鳴音を上げた後、内側から静かにヒビが入った。
パキン!
第二のノードは、完全に砕け散った。
「やったー! ルナ、月光の道化を使わずに成功だよ!」
ベリーは、ほっとしてルナに抱きついた。
ルナは、全身の力が抜け、ベリーに寄りかかった。
「はぁ……疲れた……でも、約束は守ったわ……」
「お見事。女王様は成長が早い。これでルミナの領域の三分の一が崩壊に近づいたよ」
その安堵の瞬間、空中都市のテラスに巨大な影が落ちた。
空が一瞬にして、真昼の太陽のように灼熱の色に染まった。
ルナの本能が警告を発した。
――逃げろ!
熱くて、痛い。何かが、鋭い針のように、明確な脅威として、ルナの身体をチクチクと刺す。
「これは……ルミナの力だ! 前回の刺客とはレベルが違う!」
ルミナの領域から直接、第三の強力な刺客がテラスに着地した。その刺客は全身を黄金の鎧で覆い、手に持った大剣からは太陽の炎が噴き出していた。
「深淵の器よ。二度もルミナ様の秩序を乱すとは。貴様の存在を消滅させる!」
黄金の騎士は、ルナが疲れ果てているのを見逃さず、炎を纏った大剣を振り下ろした。
「ルナ!」
ロジャーは、考える間もなく、特殊合金の棒を伸ばしてルナを庇った。
ガアアアアン!!
大剣と棒が激突し、ロジャーは渾身の力で耐えたが、人間の身体では限界だった。衝撃で棒は折れ曲がり、ロジャーの腕に激しい炎の熱が伝わる。
「くっ……」
「人間如きが、無意味だ! 死ね!」
二撃目が、ロジャーの頭上へ振り下ろされた。
ルナは“深淵の力”を使おうとしたが、代償の疲労でなかなか出てこない。月光の道化の衝動を呼び覚まそうとしても、ディケーとの約束が邪魔をする。
「嘘……ロジャー!!!」
いかがでしたか?
次話「20話 影の気配」です。お楽しみに! ブクマ、評価、コメント、リアクションもお待ちしてます。




