1話 仮面の男
こんにちは、あんなです!
今回はスタメンが一気に登場します。一応、もう一人いますが。どうぞ、お楽しみください!
ルナは、自分が檻の中にいることに気がついた。
しばらくの間、意識は朦朧としており、ただぼんやりと檻の天井を眺めることしかできなかった。しかし、次第に意識がはっきりしてくると、ルナはある存在に気がついた。
人がいる。
その存在は、重く、静かな圧力を放っていた。
男の纏うローブの黒は、光を吸い込むように深く、その輪郭すら曖昧にさせる。冷たく、どこか超越的な雰囲気を全身から漂わせていた。
ローブの下に隠されているが、男の身長は高く、肩幅はしっかりとしていることが見て取れる。立ち姿には無駄がなく、その身のこなしは鍛えられ、洗練されている。
仮面とローブで顔は完全に隠されているものの、わずかに覗く首筋や手の動きからは、二十代から三十代の男性であると推測された。埃一つない厚手の黒いローブのフードは深く被られ、仮面の上部をさらに覆い隠している。
男が、ゆっくりと口を開いた。
「ようやくお目覚めかい、ヴェーナ様」
「お前は誰だ」「ここはどこだ」「どういうことだ」と、ルナは男を問い詰めたかった。しかし、情けないことに、口が動かない。
(頑張れ、ルナ・エリア! 自分の身体でしょ?)
そこで、ルナは気がついた。怖くて身体が動かないのではない。動かせないのだ。心を落ち着け、冷静に身体を動かそうと試みるが、やはり動かない。しばらく体を動かそうともがいている(もがこうにももがけないので、もがこうとしている)と、男がパン、と手を打った。
「……んんううう! ……う? あ、声出る。あ〜、あ〜」
声を出そうと踏ん張っていたところで突然声が出せるようになったので、ルナはかなりマヌケな声を出してしまった。
「おい! どういうことか説明しなさいよ! なんで私は檻の中にいるの!? どうして体が動かないの! あんたは誰? ヴェーナ様って誰よ!」
動かせるようになったのは口だけで、体は相変わらず動かせない。
「いいか、よく聞け……いや、まだ聞かせなくていいか。まだ全員そろってない」
「はぁ!? 聞かせなさいよ! そろってないってどういうことよ!?」
「あのなぁ、今君に説明しても意味がないんだ。後で他の奴らが来たらまとめて説明してやるから、静かにしてろ」
男はそう言いながら、面倒臭そうに上から二番目の手を振っ……って、あれ?
ルナは、思わず目を見開いた。腕が――あの男、普通の人間より、四本多い。腕が。
「あんた……あの、人間的視点から見ると……ちょっと――異物――余計なものがついて……ますね」
「えっ、余計? お前が暮らしていた世界では、腕が六本あるのが普通――ではないのだな」
ルナの、変態を見るような目を見て、男は色々察したようだ。
「……腕が六本あるのは、小人だったか」
「紛らわしいな」とブツブツ呟きながら、男はいくつかの余計なモノを消し、二本だけ残した。
なんとか今の状況を理解しようと、ルナが脳ミソに鞭打っていたその時、甲高い悲鳴が耳を貫いた。
「キャアアアアアアアア!!! はぁっ!? ほぉぅっ!? ヒャアアアアア!!!」
さっきまではいなかった女の子が、檻の中にいる。彼女は絶叫しており、かなりの大声だ。
男が面倒臭そうに軽く手を振ると、女の子の声が小さくなった。
「ぁぁぁぁぁぁ! ぉぉぉぉぉぅ! ぃゃぁぁぁぃ!」
女の子は、自分の声が自分の意思に関わらず小さくなったことに、さらにパニックになったようだ。まず男を指さし、次にルナを指さして(小さな声で)絶叫する。
「はゥ……」
そのまま失神してしまった。
ルナは男を睨む。
「いやいや、私はしてないよ。こいつが勝手に気絶したんだ」
「そうじゃないわ! その子、誰!? いつからいたの!?」
「この子は、今さっき来たばかりだ」
男はさらっと言ったが、ルナには意味がわからなかった。
「どうやって来たの? 入口も出口もないじゃない」
ルナが周りを見渡しながら言うと、男は不思議そうに首を傾げた。
「まだ、わからないのか? 私が手を振っただけでお前らは動けなくなったり、声が小さくなったりしたんだぞ? さっきまではいなかった人間が、いきなり、入口もないのに現れたんだぞ?」
「わからないわよ!」と言いかけて、ルナは口をつぐんだ。今朝見たおかしな広告を思い出す。もしかして――?
そうだ、とばかりに男が頷く。
「魔術だ」
ルナは、全く理解できないまま、目の前の男にオウム返しに聞き返した。
「魔術?」
「ああ」
「魔術って、どういうこと?」
「ちょっと、後にしてくれないか。もうすぐ彼らが来る」
「彼らって……」
ルナが最後まで言い終わらないうちに、ドサッと何かが落ちるような音がした。
「……あれ? ここどこ?」
先ほど少女がいきなり現れたように、今度は男の子が突如として現れた。
光を浴びると、上質な絹糸のように反射するサラサラとした明るい茶髪は、丁寧に手入れされていることが伺える。整然とセットされているというよりは、自然な流れを活かしたラフさがあり、風になびく前髪から額が少し覗いている。
瞳の色は、落ち着いた褐色。知的でありながらも、軽やかさや柔軟性が先に立つ、親しみやすい印象のイケメンだ。
「僕、どうして……あ!」
男の子が状況を理解し顔を強張らせた瞬間、仮面の男がサッと手を振った。
「……ちは……で……か?」
彼から漏れるのは、かろうじて聞き取れる小さな声だけだった。男の子は思わず喉に手を当てる。そして、警戒心たっぷりの顔でルナ達を見た。
「………………?」
また何か喋っているようだが、何も聞こえない。男がもう一度手を振ると、ようやく普通の声が聞こえてきた。
「……あなた達は、誰ですか?」
丁寧に尋ねるその言葉に、男は皮肉な笑いを漏らした。
「おお、見ろ。誰ですか、と言っているぞ。君の『アンタダレェッ』とはえらい違いだ。わざわざ叫べなくしたが、その必要もなかったようだな」
「うるさいわね!」
図星を指され、ルナは少し頬を赤くして、慌てて話題をそらした。
「そっ、そんなことより、私を早く動けるようにしなさいよ!」
「ほら、この子は君に、誰ですかと聞いているんだぞ。『ウゴキタイワ』じゃなくて早く答えたらどうなんだ」
「あんたこそ、さっさと答えたらどうなのよ!」
ルナはますます赤くなりながら叫んだ。
「このさっきからうるさいやつは、ルナ・エリアだ。君の名前はジェームズ・イリリアで間違いないか?」
男の子は目を見開いた。図星なのだろう。ルナも驚いた。この胡散臭い黒仮面に、自分は名前を言っていない。やはり「魔術」としか言いようがないのか。
その時、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ、ごめんなさい。さっき目を覚ましたのだけど、あんまり面白くて……」
先ほど絶叫して失神していた少女が、上品にクスクスと笑っている。改めて見ると、彼女がとても可愛らしい女の子であることにルナは気がついた。
その小さな体から溢れ出る無邪気な明るさは、周囲の空気をパッと華やかにする。控えめな上品さと、親しみやすさが絶妙なバランスで溶け合っている。
髪の毛は、光を透かすような淡く薄い金髪。毛量は豊かで柔らかくウェーブがかっており、彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。
大きな藍色の瞳は、感情がそのまま映し出されるようだ。
常ににこやかな笑顔が標準装備されているかのように見え、膝丈の淡いクリーム色のワンピースを着用していた。
「名前を伺ってもよろしいかしら?」
男が少女の問いに答える前に、誰かの声がした。
「……なあ………」
ルナはビクッと振りかえり、驚愕した。なんと、体が動かせるようになっている。
そこに立っていた男の子の黒髪は、手入れされているとは言い難いボサボサのくせ毛だ。
黒い髪の束が影を落とす、その瞳の色は、夜闇に灯る小さな炎のように、深く鮮烈な赤。ルナは、じっと見つめていたら吸い込まれてしまいそうだと思った。
着用しているのは、流行りとは関係のない、ややくたびれた黒のパーカー。そのフードは深くかぶられ、顔の半分が影に覆われている。下は、何度か自分で裾上げした痕がある濃いグレーのチノパン。姿勢は悪くないが、どこか力が抜けたような脱力感があり、気だるげでアンニュイな雰囲気を漂わせていた。
「ロジャー・ムースか? 君を待っていた。いつからいたんだ?」
「……今さっき。ここはどこだ?」
「見ての通り、檻さ」
男はロジャーの質問に答えてから、全員に向かって言った。
「これで全員集合した。自己紹介から始めようか」
そういえば、さっきからアイツ、自分の名前を聞かれても全然答えていないな、とルナは気づいた。
「ではまず私から」
みんなの視線が男に集中する。
「私のことは、ミスター・Xと呼んでくれ」
男はにこやかに言った。
「『Mr.X』なんて、履歴書に書けると思ってんの!?」
「あんたの中の『かっこいい』が、そこで止まってて可哀想になってきた」
「そんな名前で名乗れるの、幼稚園のお遊戯会くらいだぞ」
「帰っていいですか?」
ルナ、茶髪の男の子、黒髪の男の子、金髪の女の子……誰もが思い思いに絶叫すると、ミスター・Xは満足そうに笑みを深めた。
「個性豊かなブーイングだな。私の期待していた以上だ」
「もうやだ! 何なの、こいつ! 気持ち悪いんだけど!」
「なんで笑ってるんだよ!」
「お前、今日から『ミスター・ニヤニヤ』でいい?」
「気持ち悪い!」
また、全員で大絶叫していると、ミスター・Xはうるさそうに言った。
「……わかったわかった。私の本当の名前は、ジェームズ・ボンドだ」
「そんな名前、レンタルビデオ屋の旧作コーナーで探せばあるわよ」
「あんたの顔を見ただけで、マティーニが不味くなるわ!」
「誰が信じるかよ!」
「私の大好きな映画……」
みんなが「そんなわけない」と大合唱していると、ミスター・Xはため息を吐いてから、さらりと話題を変えた。
「……ああそうだな。じゃあ、次はお前らの番だ。早く自己紹介しろ」
ミスター・Xは、まずはお前からだ、とジェームズを指差した。
「えっ、僕? 僕は……ジェームズ・イリリアです。変な広告に興味を持って、電話して……気づいたら、ここにいました」
アイコンタクトで、時計回りでしていこうと決まったようだ。ジェームズの左隣にいたロジャーが、深く被っていたフードを外し、細い首と白い肌があらわになった。
「俺は、ロジャー・ムース。ここに来たのは……イリリアとほぼ同じだ」
次に金髪の女の子が自己紹介した。
「私は、ストロベリーです。ベリーって呼んでね」
「よし、最後はお前だぞ」
ミスター・Xが指差したのは、赤毛に青い目の女の子――ルナ・エリアだ。
なんだか、ちょっと緊張してきた。頭の中で文章をすばやく組み立てる。
「私の名前はルナ・エリア。十三歳です」
いかがでしたか?
次話は「2話 ドラグラム帝国」です。お楽しみに! ブクマ、評価、コメント、リアクションもお待ちしています。




