17話 記憶の番人
こんにちは、あんなです!
今回はルナの最大の恐怖が明かされます。どうぞ、お楽しみください!
ルナ達は、レグルスの威圧感を背に、来た時と同じ石畳の道を急ぎ足で戻った。洞窟の外に出ると、ディープ・シャトルが音もなく、黒い塊となって彼らを待っていた。
「まさか、5か所も回らなきゃならないとはな……」
「しかも、記憶を試されるんでしょ? 勉強ならまだしも……」
「あ、記憶! 僕、この世界の地理とか全然覚えてないよ!」
ベリー達がブツブツ言った。
ルナは、苛立ちを隠せないが、もう引き返せないことを知っていた。
「黙って乗るの! 文句を言う暇があったら、記憶の番人の攻略法でも考えなさい!」
ルナは、一番にハッチを開けてディープ・シャトルに乗り込んだ。
ベリー達も、次々と後ろから乗り込んで、それぞれの席に座る。
ジェスターがルナに尋ねた。
「泥水の味はいかがでしたか、女王様?」
「最悪よ。で、東へ三日って、どういうこと? この変態シャトル、そんなに遅いの?」
ルナは、次の目的地の座標をパネルに入力しようと、レグルスから聞いた情報を頭の中で反芻する。
「ああ、そうだ」ジェスターは答えた。
「このシャトルは、“夜の支配者”の力で動く。君の覚醒が不完全だから、フルスピードは出せないのさ。言っただろう? 時間は、君たちの味方ではない、と」
「はあ? そんなこと言ったっけ?」
「聞いていなかったのかい?」
ルナが答えようと口を開くと、ロジャーが真剣な声でルナに問いかけた。
「なあ、ルナ。あのレグルスの言ったこと……『造り出された』っていうのは、本当なのか?」
ルナはロジャーの目を見て、一瞬返答に詰まった。彼に嫌われたくないという普通の少女の感情と、支配者としての真実が、ルナの中で激しく衝突する。
「ルナ、黙ってちゃダメだよ!」
「何なんだよ、器って……」
ルナは、隣で優雅に笑っているジェスターを一瞥し、目を閉じた。そして、意を決してロジャーに向き直る。
「……多分、本当よ」
と震える声を絞り出すように告白した。
車内は沈黙に包まれる中、ロジャーは一瞬目を見開いた後、ルナの手を強く握った。
「そんなの、関係ねぇよ!」
ロジャーは、普段のクールな彼からは想像できないほど、感情的になっていた。
「ルナはルナだ! 俺達がこの世界で出会った、皮肉ばっかり言って、本当は優しいルナだろ? 造られたとか、器だとか、そんなことでお前が変わるわけねぇだろ!」
ルナの瞳から、熱いものが溢れ出しそうになった。彼女の支配者としての力よりも、人間の心が、ここで救われた気がした。
「ロジャー……」
ルナは、涙をこらえながら、ロジャーの言葉を強く噛み締めて、ロジャーの手を強く握り返した。
「そうだね、私はルナ。器の運命とか、知らないし!」
その言葉を最後に、ディープ・シャトルの車内は重い沈黙に包まれた。
目的地までは三日間。ルナたちは、互いの存在を感じながらも、記憶の番人に何を曝け出すか、そして最大の秘密にどう向き合うか、それぞれが心の奥底で覚悟を深めた。
ロジャーは、いつものクールな表情のままルナの横顔を時折見つめ、静かにルナを見守っていた。
3日目の闇の中、ルナのパネルが赤く点滅を始めた。
「着いたわよ」
ルナはハッチを開けた。
ハッチが開くと、外は昼か夜かもわからない、じめじめとした空気が流れ込んできた。目の前には、古代遺跡のような巨大な石の建造物が、闇に沈んでいる。
ずっしりとした空気の奥から、ジェスターの声が聞こえてきた。
「おやおや、重い空気だね。ここが古の文明の地下図書館への入り口。記憶の番人が君達を待っているよ。――さあ、真実の試練の始まりだ」
ルナは、ベリー達と目を合わせ、無言で頷いた。彼女の胸の奥には、誰も知らない、最も重い秘密が隠されていた。それを曝け出すこと。それが、この運命を打ち破るための最初の代償だ。
ルナ達は、古の文明の地下図書館の入り口に立っていた。巨大な石の建造物が、闇に沈んでいる。ジェスターが「真実の試練の始まりだ」と告げた言葉が、ルナの耳に重く響いた。
ハッチの外へ降り立つと、そこは地下への大階段へと続いていた。階段の壁には、意味不明な文字が無数に刻まれている。ルナは、紫色の光を足元に灯し、警戒しながら階段を下りていく。
「なんか、カビ臭いよ……」
ベリーがほとんど涙声で言った。
階段を下りきると、そこは想像を絶する空間だった。
巨大な洞窟のような空間の壁一面には、天井まで届く本棚がどこまでも続いていた。本棚には、見たこともない言語で書かれた古びた巻物や、石板のようなものがびっしりと並んでいる。冷たく乾燥した空気が、彼らの肌を撫でた。
「なんだこれ……図書館なんて、名ばかりだな………」
ロジャーが小さく呻いた。
その広大な空間の中央に、一際異質な存在が立っていた。
それは、まるで巨大な本がそのまま人の形になったような姿をしていた。全身が古い羊皮紙や本のページで構成され、風が吹くたびに体がパサパサと不気味な音を立てる。顔には口や鼻がなく、その代わり胸の中央に、全てを見透かすような、巨大な単眼が緑色に光っていた。
その単眼が、ルナたちを捉えた瞬間、ルナたちの頭の中に直接、声が響いた。
《ようこそ、“深淵の器”。そして、彼女に連なる者達。私はノウズ、記憶の番人。この古の図書館の知識と真実を守る者。君たちの目的は、この図書館の最深部にあるノードの破壊。しかし、それを許す前に、君たちの真実を見せてもらう》
番人の巨大な単眼が、ルナの心を深く抉り取るように見つめる。ルナの胸の奥に隠された、誰にも知られたくない、最も重い秘密が、暴かれようとしていた
記憶の番人の緑色の単眼が、ルナの心を深く抉り取るように見つめる。ルナの胸の奥に隠された、誰にも知られたくない、最も重い秘密が、暴かれようとしていた。
《隠し通したければ、それで良い。だが、君の嘘は、この図書館の全ての文字を毒に変え、君たちを永遠に閉じ込めるだろう。曝け出せ、“深淵の器”。君の最も重い真実を》
ルナは、唇を噛みしめた。造られた器であるという事実、ロジャーへの想い、その全てが自分の意思とは関係なく、番人によって晒される恐怖。
ルナは、意を決して一歩前へ出た。
「あたしの最大の秘密は……」
ルナは、震える声で、目を閉じて、誰も知らなかった、最も重い過去を吐き出した。
「あたしが小学6年生の時、お母さんの大事な指輪を、友達に自慢したときに……無くしちゃったの! 一生懸命探したけど見つからなくて、怖くて、まだ誰にも言えてない……」
その瞬間、ノウズの巨大な単眼がピカッと強く光った。ノウズの全身を構成する羊皮紙がパサパサと激しく音を立てる。ルナが告白した「指輪を無くした過去」が、ルナの頭上に、文字の映像となって浮かび上がった。
《――その程度の罪か。“深淵の器”の最大の秘密が、母親への小さな嘘とは……小さすぎる!》
ノウズの声が洞窟全体に響き渡ると、ルナの頭上に浮かんだ文字が真っ黒に染まり、ノウズの体が巨大化し始めた。
「ノウズが大きくなってる!」
ベリーが叫んだ。ジェームズも言う。
「ルナの秘密じゃ足りなかったんだ!」
ルナは再び唇を噛んだ。指輪の紛失は事実だが、最も重い真実は、心の奥底にある、「人間として最も恐れていること」だった。
「……わ、わかったわよ!」
ルナは、声を張り上げ、もう1つの「真実」をノウズに叩きつけた。
「私の最も重い真実は……私の、1番重い真実は……」
「……ぅ……私は、ルミナに造られたって言われたけど、絶対に認めない!」
ルナは、バッと顔を上げた。瞳の縁に溜まっていた涙が、重力から解き放たれたように、ポロポロと溢れ出す。
「この心は、私のものよ! 私は、ただの中学生だ! なのに、なのに……」
声を詰まらせた。
「……なのに、いつか、“夜の支配者”の力が暴走して、ベリー達を傷つけるのが怖いの! 造られたってことは、いつかこの人間の心が壊れて、怪物になるってことでしょ! それが、怖くて怖くてたまらない……それが、私の最も重い真実、私の最大の恐怖よ!」
ルナの告白は、ノウズの巨大化の異音を一瞬で掻き消した。
ノウズの胸の単眼が、激しく点滅を始めた。ノウズの全身を構成する羊皮紙が、今度は収縮し、激しく震え始めた。
《――この真実は……“器”としての運命に、人間の愛が反発する……これこそが、君の真実》
ノウズは、巨大化を止め、苦悶するようにその単眼の光を弱めた。ノウズの体から大量の古い羊皮紙が雪崩のように崩れ落ちる。
ノウズは、その身を縮ませながら、図書館の奥へと続く、新たな通路を出現させた。
《……進め、深淵の器。君の真実は、ノードを破壊するに値する》
ベリーはガッツポーズして喜んだ。
《……お前の力は、誰かを傷つけるためではない》
ルナは、涙を拭うこともせず、静かに言った。
「行くわよ。さっさとノードをぶっ壊す」
ロジャーは、ルナの強くなった瞳を見て、小さく頷いた。彼の表情は相変わらずクールだが、その真摯な視線はルナから離れなかった。
ジェームズは、お得意の論理的な思考を働かせ、冷静にノウズの残骸を観察した。
「すごいな……ノウズは、ルナの真実の重さに、システムが耐えられなかったみたいだ。論理的に、最も矛盾する感情が一番重いってことか」
「ルナの私達への想いと支配者の運命の矛盾が、この石の番人を倒したんだね!」
ベリーは嬉しそうに息を弾ませた。
ジェスターは、ノウズの通路の前に立ち、優雅に頭を下げた。
「ノウズは、古い文明が知識の保管のためだけに造ったシステムに過ぎない。愛という予測不能なバグは、計算外だったようだ」
ジェスターは、そこでフッと笑い、新たな通路を見つめた。
「ただし、このノードへの道は、一方通行だ。ノードを破壊すれば、ルミナに場所が特定される。逃げ場はなくなるよ」
「上等よ。もう逃げ隠れはしない」
ルナは、ジェスターの不吉な言葉を一蹴し、光を放つ通路へと真っ先に足を踏み入れた。続いてロジャー、ベリー、ジェームズが緊張感を漲らせて続く。
通路は緩やかに下り、その先には青白い光が脈打つ空間が見えてきた。
いかがでしたか?
次話は「18話 月光の道化」です。お楽しみに! ブクマ、評価、コメント、リアクションもお待ちしています。




