16話 ディープ・シャトル
こんにちは、あんなです!
今回は変態の愛の結晶に乗ります。どうぞ、お楽しみください!
「おやおや、まさか女王様は、ピースがただの石ころだとでも思ったのかい? 狂信者が君に捧げた愛の結晶は、そこいらの廃墟に隠してあるよ。場所は、ここからすぐそこに見える、あの古びた教会の裏だ」
ロジャーは、「え、マジかよ」と呆れた声を上げた。
「そんな安直な場所に、変態改造車を隠してんのかよ!」
ジェームズは冷静に質問する。
「どうやって動かすんだ? 鍵とかリモコンとか、必要なんだろ?」
ジェスターは、愉快そうに笑い、ルナのポケットを指でコンコンと叩いた。
「女王様が持っているものが、全てだよ。さあ、急いで。アダムの愛の結晶を拝見しに行こう」
ルナは、嫌悪感に身を震わせながら、ポケットの中のピースの感触を確かめた。「変態の愛の結晶」という言葉が、ルナの神経を逆撫でする。
「わーったよ、探すよ! その、変態の愛の結晶をね!」
ルナの「あーもう!」という叫びが響く中、一行はジェスターが指差した古びた教会へと向かった。その教会は、石壁のほとんどが蔦に覆われ、窓ガラスは割れていた。
教会の裏手に回ると、巨大な石の墓標と苔むした壁の間に、明らかに異質な物体が隠されていた。
それは、まるで黒曜石の棺を逆さまにしたような形をしていた。表面は無数の魔術的な刻印と、気持ち悪いほど光沢のある塗装が施されている。車輪らしきものは見当たらず、黒い翼のような飾りが上部についていた。
ベリー、ロジャー、ジェームズは呆然として、呟いた。
「うわぁ……何これ。本当に気持ち悪いデザイン……」
「ジェット機と棺桶を足して二で割らなかったみたいな見た目だな。本当にこれが乗り物かよ」
「こんなのに乗って、二百キロも移動するの?」
ルナは、胸の奥から湧き上がる生理的な嫌悪感を必死で抑え込んだ。これはアダムの狂信が詰まった乗り物だ。
「あの変態、趣味が悪すぎる……」
ルナは、ズボンのポケットから“地図のピース”を取り出した。
「ジェスター、これ、鍵って言ってたよね。どうやって使うのか知ってる?」
ジェスターは、クスクスと笑いながら、その黒曜石の乗り物の側面に刻まれた大きな紋章を指差した。その紋章の中央には、小さな窪みがあった。
「君の持っているピースは、君の力でチャージされた鍵だ。パズルのように、そこにはめるのさ。君の愛の力でね」
ルナは顔をしかめた。「愛の力」という言葉が、背筋をゾワゾワさせる。
しかし、地球に帰るためには、これに乗るしかない。
ルナは意を決して、ピースを窪みへと押し込んだ。
黒曜石のピースが紋章の中央にピタリとはまった瞬間、乗り物全体が「ズンッ」と重い振動を発した。
紋章の刻印が、毒々しい紫色の光を放ちながら、乗り物の表面を走り回った。それはまるで、血管に血が流れ始めたかのようだ。
「うわっ、光った!」
ジェームズがビクッと後ずさった。ロジャーもジリジリと後退する。
「なんだこれ、魔改造にも程があるだろ!」
「ルナ、大丈夫!? ルナの力で動いてるんだよね?」
ベリーは、心配そうにルナへ声をかけた。
ルナの手のひらからは、氷のように冷たい魔力が石を通じて乗り物に吸い込まれていく感覚があった。体が微かに震える。乗り物と自分の力が繋がった、気持ち悪いが強力な感覚だ。
乗り物の上部についていた黒い翼の飾りが、「キィン」という甲高い金属音と共に左右に展開した。
ジェスターは、その様子を拍手しながら見つめていた。
「さすがは女王様の愛の結晶だ。この乗り物は、君の力でしか動かない。そして、音もなく、光も持たずに、闇を滑る。名前を呼んであげなよ、ディープ・シャトル。深淵の王座にふさわしい乗り物だ」
ルナはジェスターの言葉に反論する気力もなくなり、大きくため息をついて天を仰いだ。
乗り物には窓らしい窓がなく、どこから乗り込むのかも不明だ。しかし、ルナが力を注いだ瞬間、乗り物の側面に「ズズッ」と音を立てて、黒いハッチが現れた。
ハッチの奥は、紫色の光に照らされた狭い空間になっている。座席は黒い革のような素材で、座り心地が良さそうだ。
「おお、マジでハッチが開いたぞ!」
「あ、これなら長旅も楽そうだね」
「でも、窓がないと外が見えないよ! 怖い!」
「もう、仕方ないから乗ろう! ロジャー、あんたが『一発逆転』って言ったんだから、ちゃんとついてきてよね!」
ルナはロジャーのことを少しだけ意識しながら、早口で言い放った。
「わかってるって」
ロジャーが答え、ベリーも言う。
「ルナがそう言うなら……行くしかないね!」
ルナは嫌悪感を飲み下し、ディープ・シャトルの内部へと飛び込んだ。ジェスターが最後に乗り込むと、ハッチは音もなく閉まった。
ドクン――。
ルナの目の前の操縦パネルには、レグルスのいる南の座標が、紫色の文字で点滅していた。
ドクン――。
ルナがピースを押し込んだ場所から、鼓動のような低い振動が伝わってくる。乗り物は音もなく、車輪もないのに、フワリと宙に浮いた。
「ジェスター、早く行くよ! こんなところでグズグズしてられないでしょ!」
ディープ・シャトルは、古びた教会の裏手から、音もなく、光もなく、闇に溶け込むように加速していった。
ディープ・シャトルの内部は、ハッチが閉まると同時に完全な闇に包まれた。しかし、ルナが手をかざすと、紫色の淡い光が車内を満たす。それは、ルナの力が乗り物に満ちている証拠だ。
座席は快適で、加速しているにも関わらず振動は全くない。窓がないため、外の景色は見えないが、闇の中を猛スピードで滑っている感覚だけが伝わってくる。
「すごい……。全然揺れないね。これが魔法の力なんだ」
ベリーは思わず呟いた。
「こんな乗り物、ルミナも追いつけないんじゃない?」
ジェームズも楽しげに言った。
ロジャーは、ルナの真後ろの席に座り、パネルを熱心に覗き込んでいる。ルナは、彼がすぐ後ろにいることを強く意識し、少しだけ背筋を伸ばした。
「ねえ、ジェスター。この変態の棺桶に乗ってる間に、レグルスのこと、全部説明してよ」
ジェスターは、乗り物の片隅で、優雅に足を組んでいる。
「おやおや、女王様は、ゲームの解説書を要求するのかい? いいとも。レグルス・キングは、君の名付け親。そして、太陽の支配者が世界で最も憎む男だよ」
ロジャーが口を挟んだ。
「ルミナが憎む男……。それって、ルミナの弱点に直結してるってことか?」
ルナは、ロジャーが自分と同じ考えだと知り、内心で少し嬉しくなった。
「そうだね! 私の力の根源とか、領域の全てを知ってるって、アダムも言ってたよ!」
「そう、君の力の根源を知る男だ。そして、ルミナの目的、深淵の王座、そして地球への帰還……。すべての真実は、彼が握っている。君たちが地球に帰るには、彼に会う他ない。ただし――」
ジェスターは口の端を釣り上げた。
「彼は君の敵にも、味方にもなり得る。その真実は、君が想像するよりずっと重いよ」
ルナは、その重い真実という言葉に、思わず呻いた。
「気持ち悪いことが連続で起こりすぎてて、頭が痛いよ」
「おい、ルナ。大丈夫かよ。顔色、すげえ悪いぞ」
ロジャーは、心配そうに身を乗り出し、ルナの肩にそっと手を置いた。
ルナは、ロジャーの手が触れた瞬間、一瞬だけ冷静になった。この黒い棺桶のような乗り物の中で、自分を普通のルナとして見てくれる存在がすぐ後ろにいる。その事実に、ホッと息をついた。
「大丈夫……じゃないけど、平気。私は女王なんかじゃないし、こんな運命、絶対に受け入れてやるもんかって思ってるだけ」
「そうだよね。私たちは、ルナが元の生活に戻れるように、レグルスって人に会うんだもんね」
ルナの隣に座っていたベリーも、ルナに身体を寄せた。
ジェスターは、そんな中学生たちの温かいやり取りを、冷めた目で見つめていた。
「……座標が目的地に到達したよ」
ルナはパネルに視線を戻した。紫色の文字の点滅が、停止したことを示している。
「着いた……!?」
ディープ・シャトルは、音もなく、静かに停車していた。ハッチの外は、乗り込んだ時と同じ、暗闇に包まれている。
ルナはパネルの点滅が止まったのを確認すると、覚悟を決めたような顔で立ち上がった。
「着いたよ、ジェスター。ハッチを開けて」
ジェスターは肩をすくめた。
「ご自由に、女王様」
ルナは、眉をひそめた。
「女王様の力でしか、この乗り物は動かないんだよ。ほら、そこの紋章に手を触れてみな」
ルナは操縦パネルの横にある、小さな紋章に手を触れた。ルナの力が伝わると、黒曜石のハッチが音もなく、外側に滑るように開いていった。
「うーわ、この変態の愛の結晶の持ち主なのか、私……」
改めて吐きそうになったが、ぐっとこらえた。
ハッチの外は、星の光すらない、完全な闇だった。昼か夜かすらわからない。湿った土の匂いと、遠くで水が滴る音だけが聞こえてくる。
どこからか、ベリー達の声がした。
「うわぁ……何も見えないよ」
「静かすぎるだろ。待ち伏せとか、罠の可能性もあるぞ」
「こんな暗いところに、本当に人がいるの?」
ルナは、無言で頷いた。ロジャーが冷静でいてくれることが、ルナにとって大きな支えだった。
ルナは、体から自然に、紫色の淡い光を足元だけに灯した。光はほんの数メートル先しか照らさないが、地面が石畳になっていることがわかった。
「とにかく、降りるよ。ジェスター、余計なことはしないで。レグルスっていう人が、ルミナが憎む人物なんだから、味方だと信じるしかないでしょ」
「残念ながら、光の支配者が憎むのは、夜の支配者を陥れる者だけではないよ。私は、ただガイドをするだけさ」
ルナは、ジェスターの不吉な言葉を無視し、一番にディープ・シャトルから降り立った。続いて、警戒するロジャーとジェームズ、不安そうなベリーが降りる。
ルナたちは、紫色の光を頼りに、暗闇の中に続く石畳の道を歩き始めた――。
いかがでしたか?
次話から、更新日を日曜日と木曜日にします。
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