12話 悪魔
どうもあんなですー
ベリーに抱きついたら、大粒の涙が次から次へと零れ落ちてきた。
ベリーの可愛いワンピースは、びしょびしょになってしまったが、ベリーは嬉しそうだった。
「ルナ、フード外しなよ。どうしてそんなものつけてるの?」
ベリーが私の顔を覗き込みながら言った。顔が見えないわ、と言いたいのだろう。
「ゔっ、だって……また巨人が凶暴化したら──ひっく──いやだもん」
私が涙を拭きながら言ったら、ベリーはなぜかむっとしたような表情になった。
「ねえルナ、私達は巨人じゃないわよ? それとも、そう見えるの?」
私は、思わず巨人のベリーを想像して、吹き出してしまった。
「ぶふっ……いや、そうじゃ、なくて……くくっ……ごめん……」
「ふふっ、わかってるわ。からかっただけよ」
ベリーも笑い、ロジャーもジェームズもレイヴンも一緒に、みんなで笑った。
「ふーん……楽しそう」
木の枝にとまっている羽根の生えた人間っぽい──悪魔が、にやりと笑ってふわりと枝からおりた。
「その笑顔、真っ赤っ赤に染めてやろうか」
キィン──ッ……
硬い金属音が響いた。
「え……?」
私は、自分が薄黒い壁に囲まれていることに気がついた。
(これって、ダークマスクの魔術の壁……? なんで……いつのまに?)
戸惑って、キョロキョロとあたりを見回し──羽根の生えた変な人を見つけてしまった。
肌の色は、黒──いや、濃いグレーで、見たところ10〜20代の男性だ。にやにやと愉しげな笑みを浮かべ、羽根を使って低めの位置に浮上している。
「へえ、早い」
羽根が生えた男は、ガラガラした低い声で喋った。
「人間にしちゃ強いが、相手が悪かったな」
勝ち気に笑う。
「ねえ、アレ何?」
私はひそひそとダークマスクに尋ねた。
男が答える前に羽根男が、ギラギラした牙を見せつけながら、答えた。
「俺は、ランク。悪魔のランクさ」
ああ、とダークマスクが頷く。
「普通、悪魔は滅多に襲ってきたりしないんだが……そもそも、どうしてここにいるんだ?」
「イライラしたから、弱そうなのを潰そうとしただけさ。まさか、防がれるとは思ってなかったな。ま、アリを潰すより、牛と闘う方が楽しいか」
圧倒的に弱い者を潰すよりも、抗おうと試みることくらいはできる者をいたぶる方が楽しい、と言いたいのか。ベリーは、牛に例えられて、イライラした表情になっている。
悪魔のランクが、羽根をブォンと振った。ぎゃーっ、風がくる!
咄嗟に顔を手で覆う……が、風はこなかった。強烈な風どころか、鼻息レベルのそよ風すらくることはなかった。
「へっ?」
くるっと視線を動かして、ダークマスクが、手を前に突き出して、汗をたらしながらハァハァいっているのに気がついた。さっきまで平然としてたのに。
「うわっ、どうしたの? 大丈夫?」
私が驚いて声をあげると、男は苦しそうに頷いた。全く大丈夫じゃなさそうだけど……。
その時、ピシィッと何かに亀裂が入る音がした。
音がした方を見れば、私達を取り囲んでいた薄黒い壁に亀裂が入っている。そしてその隙間から、暴風や暴風によって飛ばされてきた石や枝が入ってきていた。
(うわー……。アレ、バリアだったのか。ってことは、今までは、アイツが魔術で私達のことを守ってくれていたってわけ)
釈然としないが、そういうことだ。わざわざありがとうと言うまではしないが、眼差しにできるかぎりの感謝と尊敬を詰め込んだ。
感謝と尊敬の目(?)で男を見つめるうちに、私は男が相当疲れているのかも、と思った。顔色が悪いし、魔術でできた壁にはどんどん亀裂が入っている。集中力が切れてきたのかもしれない。
それに比べてランクの方は、余裕綽々でにやにやと笑っている。
「ミスター! 今日はもう、これ以上やると危険です。ここは私に任せて、休んでください!」
レイヴンが焦ったように言う。
危険? 魔術って使いすぎると、危険なの? 私、さっき魔術の訓練でめちゃくちゃ使っちゃった気がするんだけど。
「大……丈夫だ。お前こそ、訓練で魔術を使っただろう……」
レイヴンはグッと唇を噛んだ。魔術って、いつでもなんでもどこでもできる、無制限なものだと思っていたけど、ちょっと、いや、結構違うようだ。
ランクが羽根をバサバサさせるのをやめて、ふわりと高く浮上した。
猛烈な風がやみ、男が一瞬だけ気を抜いた。その隙に、悪魔が急降下してきて……薄黒い壁を蹴り破った。
「あーあ、壊れちゃった」
悪魔のランクは悲しそうにまぶたを震わせた。
「可哀想に……もうすぐ俺に殺されちゃうねー」
クックッと乾いた声で笑う。
私は呼吸を整えた。
さっきの魔術訓練の時はひどかったけど、多分、もうアレができるようになったと思う。正直全然大丈夫とは思えないけど、背に腹は代えられない。大丈夫、できる!
無理矢理自分を納得させて、魔術でランクを倒すことにした。
……攻撃……傷つけ……怪我をしろ……血……。
必死に念じたら、身体中がひんやりしてきて、手からピシュゥッ! と凄い勢いで魔力が飛び出した。魔力は悪魔の羽根に命中して、悪魔は悲鳴をあげながら、落っこちた。
うわあ、私、できるじゃん!
(さーて、魔術が使えることがわかりましたけど、どうしますかね。まずは、仕返ししてやりたいよね。真っ向勝負で勝てるのかな?)
ランクは口汚く悪態をつきながら、起き上がった。
「口が汚いよ、ランク君?」
ベリーをまねて、ふふっと笑いながら、ランクの顔に水をかける。もちろん、魔術で。ついでに石鹸泡もつけてやった。たわしでゴシゴシする? いや、やりすぎか。でもこの悪魔、カッとしやすそうだから、煽りまくって理性がどっかにいくのを待つのがいいかも。
ランクが怒りで顔を真っ赤にしながら、立ち上がった。
「貴、様……絶対に…殺して……拷問だ………」
「あっそう、頑張ってね」
内心ではおののきながらも、必死に隠し、冷たく言って、破壊の光線を放つ。ランクは横っ飛びに避けた。ランクの後ろにあった木が粉々になる。悪魔って、魔術も使えるのかな?
ランクが長い爪で襲いかかってきた。私は、魔術でバリアを造った。
ランクは何度か爪や牙で私のバリアを破ろうとしたが、私のバリアはビクともしなかった。
「ふふっ、あとちょっとだよ」
あとちょっとでもないが、言ってみた。
「ゔおおおおおおおお!!!!」
ランクが絶叫しながら、バリアに魔力を叩きつけるのを、私は冷めた目を取り繕って、内心ではドキドキしながら見つめた。悪魔ってやっぱり魔術も使えるんだ。
ピシッ……メキメキッ!
バリアに亀裂が入り、ランクは狂喜した。
「うわ」
私が手をちょっとだけ振ったら、バリアの割れ目は閉じ、バリアはさらに分厚くなった。
「やっほ。あれ、またこっちに来ようとしてるの? 気をつけてね」
バカだなぁ、と思いながら、頑張ってと手を振る。
その時ランクの目に、少しだけ正気が戻った。
そして、悪魔は冷静に考え、最善の方法を見つけた。
ふいにランクが私に興味を失ったようにバリアから離れた。そのままふらりとどこかに行く。行き先は──ベリー達だ!
「ダメ!」
思わず叫んだ。あの悪魔はニヤニヤとするだけだと、わかっていたのに。ああもう、油断した!
ランクがベリーを脇に持ち、後ろに飛び退いて、取り返そうとするロジャー達を避けた。
「キ、キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ベリーは青くなって叫んだ。
何度か聞いたことのあるその悲鳴に、私は自分の理性がプツンと切れる音を聞いた。
今は夜。周りには、たくさんの星々が輝いていた。
次の瞬間、ルナ・エリアの力によって、星の光も街の灯りも全て消え、あたりは混沌とした闇に包まれた。
やっばー……




