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今世でも結婚するなんて、冗談じゃない

作者: 惟光

中編小説化決定のお知らせ。


お立ち寄りくださり、ありがとうございます。

今回は短編として公開しましたが……実は、これで終わるつもりはありません。


彼女の“本当の顔”も、彼が抱く“本当の感情”も、まだほとんど描けていないからです。


ここから先は――彼が必死に逃げ、彼女が静かに追い詰める物語。

そして、その果てに辿り着く答えを、中編連載としてお届けします。


2025年8月16日20時より、週1更新予定。

もしよろしければ、また覗きに来てください。

これはまだ、序章にすぎませんから。


#今世でも結婚するなんて、冗談じゃない



朝だ。

……というより、「朝っぽい」景色の夢だった。

畳の部屋。障子の向こうから、金色の陽が差し込んでくる。


「お茶、どうぞ」


声がして、横を見ると女の人がいた。

着物なんて着てるのに、全然古臭くなくて。

むしろ、妙に似合ってる。

年齢は――俺と、同じくらい?


湯気のたつ湯飲みが、指先にほんのり熱かった。

彼女は、にこりと笑った。


「今日は、お散歩、行けそうですね」


なんて、ほんの些細な会話。


それだけ。

なのに――やけに、心臓がドクンと鳴る。


……誰だっけ、お前。


と思ったところで、目が覚めた。



---


「よぉ、神谷!起きてるかー!」


窓の外からうるさい声。

網戸ごしに顔突っ込んでくるのは、隣の席の岡崎。

いっつも騒がしい、陽キャの化身みたいなやつ。


「うっせぇ……まだ早朝じゃねぇか……」

「いやいや!転校生来る日だぞ!?美人に決まってんだろ、美人に!」


うるせぇ。


俺は夢の内容を思い出そうとしてたんだ。

けど、朝の光と一緒に、いつも消えていく。


誰だったんだ、あの女。

あの古い家。

あの、やけにリアルな、笑顔。

そういえば前は、一緒に縁側でスイカ食ってた。

次の夢じゃ、たぶん将棋でもやってんだろ。


「……マジで誰だよ、あれ」


意味もなく、胸の奥がざわついていた。



---


「転校生マジ?」

「女子?女子来い女子……!」

「頼むから芋じゃありませんように!!」

「まずはお前が芋を卒業しろや」


テンション上げきってる男子陣をよそに、俺は自分の席で欠伸ひとつ。


どうせ、どっかから引っ越してきた普通の子だろ。

クラスが一瞬盛り上がって、すぐ馴染んで、終わり。


だいたい、

“美人転校生がやってきて、人生が変わる”とか――

そんなマンガみたいな展開が、現実にあるわけないだろ。



---


「それじゃあ、紹介するねー。今日からみなさんの仲間になります」


先生の声に、教室が一瞬静まる。

扉が、開いた。

一歩、足音。


……嘘だろ。


いや、見た目の話だ。

文句なしに可愛い。

しかも整いすぎてて、ちょっと非現実感ある。

黒髪ストレート、肌白すぎ、立ち姿の所作まで上品って、

どこの百貨店のマネキンですかってレベル。


うわ、なんか目ぇ合った。

あ。笑った。


え、待って、なんか近く来てない?先生自己紹介まだ――



「……やっと、会えました」


そう言った彼女は、次の瞬間――

俺に抱きついた。


「は?」


教室が、一瞬フリーズした。

いや俺は、脳が一瞬フリーズしてエラー吐いた。


柔らかい、細い腕が、俺の背中にまわる。

香水じゃない、どこか懐かしい香りがした。


耳元で、ささやくように言われた。


「――ようやく、見つけましたよ。耕平さん。」


ほんの数秒、呼吸の仕方を忘れた。

……俺の背筋が、凍った。


耕平?誰だよそれ。

俺の名前は、神谷遼――

……のはず、なんだけど。


なぜだか、その名前に……妙な懐かしさを感じてしまった。



「お、おい神谷……」

「お前、知り合い……?」

「うわ、マジで美人に抱きつかれてんだけど!?」

「ちょ、カメラ!写真!」


ざわつく教室。

誰かが椅子を倒して、ガタンという音が響いた。


でも、全部、遠くで鳴ってるみたいだった。


「――耕平、さん」


もう一度、彼女がそう呼んだ瞬間――

脳の奥で、何かが“弾けた”。


***


金色の光。

縁側。

夏の風鈴の音。

味の濃い味噌汁。

朝の布団で、手を握るぬくもり。

そして――最後に聞こえた、声。



「耕平さん、あなたが逝ってしまっても……

必ず、来世で、また見つけます」



「あなたは、私のものなんです。

だって、私が一番、あなたを愛してる。

誰にも渡しません。

あなたが死んでも、忘れても、逃げても――

私が全部、取り戻しますから」



「……来世も、再来世も、その次も。

ずっとずっと、一緒にいられますよね」



「あなたが仕事に行く日も、友達と出かける日も、どんな日も。

私がそばにいれば、他の人なんて必要ないはずですもんね」



***


……息が止まった気がした。


背筋が、凍るように冷たくなった。

あれは――誓いなんかじゃない。

あの時、俺が死ぬのを“受け入れられていなかった”女の目だった。

“愛”という名のもとに、俺を縛って、抱え込んで、

“この人なしでは自分が壊れる”と、そう思い詰めてた――あの女の目。


(……これ……やばく、ねぇか……?)


心のどこかが、警報を鳴らしていた。

逃げろ、って。

もう一度、あの女に捕まったら終わりだって。


現実に戻ると、

彼女はまだ、俺を抱きしめていた。


笑ってる。

何年も、何十年も、ずっと――俺だけを見てた、

そんな目で。


……いやいやいやいや。


待て。

あの夢は……夢じゃなかったのか?


背中を汗が伝うのを感じながら――

俺はただ、ひたすら硬直していた。



彼女は、俺を抱きしめたまま、しばらく動かなかった。

そして――ふいに我に返ったように、ハッと顔を上げた。


「……すみません。取り乱してしまって」


そう言って、一歩、俺から距離をとる。

けれどその表情には、謝罪の色なんてなかった。


ただ、微笑んでいた。

懐かしいものを、ようやく見つけたような、目で。


「……じゃあ、自己紹介してねー。」


先生は、何事もなかったかのように笑って言う。


(いや、あっただろ。めちゃくちゃあっただろ)


けれど、誰もそれを咎めようとしない。


「――高城紅葉たかしろ・もみじと申します。

この学校での生活は、初めてです。

でも……彼の隣が、一番落ち着くと感じました。

昔も、そうだったから。」


ざわり、と空気が揺れる。

彼女の視線は、みんなはなく、

……俺から、微塵も逸れない。


「……今世でも、よろしくお願いしますね。旦那様」


静かな声で、そう告げた。

騒がしいはずの教室が、一瞬、無音になった気がした。


俺は――固まって、何も返せなかった。



昼休みも、彼女は俺の隣にいた。

お弁当箱を開けて、嬉しそうに笑って、

「明日は、あなたの分も作ってきますね」――とか。


普通にヤバい発言だろそれ。

でも俺の頭ん中は、“耕平さん”って呼ぶあの声で、

まだ、ずっとノイズみたいに埋まってて。


弁当の味?知らん。

舌の上、何か乗ってた気はするけど。

それより俺、昨日まで平凡な高校生だったんだけど。



---


「なぁ神谷、マジでどうすんの?あの子」


放課後、俺の“逃走計画”を聞いた岡崎が、半笑いで言った。


「知らねぇって言ってんだろ。

……人違いでもしてんだろ、さすがに」

「前世の嫁ってやつかもよ?うわー、代われよお前!」

「やめろ。笑えねぇんだよ、こっちは。

なんか怖ぇんだよ。距離感が。」


俺は今――

昇降口から全力で逃げるプランを組み立ててる最中だ。


相手は転校生。地の利はこっちにある。

正門は混むから回避、裏門はさっき下見済み。

ダッシュ一発で、駅まで逃げ切れるはず。


……作戦は完璧だ。

問題があるとすれば――

教室の窓の向こう、誰かの視線が、

俺を追っている“気がする”ことだけ。


放課後。チャイムが鳴った瞬間、俺は立ち上がった。

鞄よし。靴ひもよし。

裏門の人通りも確認済み。


「……行ける」


声に出すと、ほんの少し勇気が出る気がした。

俺は、校舎を駆け抜ける。


階段は二段跳び。

途中、女子に「ちょっ危なっ!」って睨まれたけど、今の俺には生死が懸かってる。


昇降口に飛び込み、靴を履き替え、ドアに手をかけた――その時だった。


「……あ、遼さん」


心臓が、一拍ずれた。

そこに立っていたのは、制服姿の――高城紅葉。


「えっ、なんで!?お前、教室に……」

「……遼さん、裏門に回ると思いました。だから、先回りしました」


にこりと微笑んだその顔は、夢で何度も見た顔と重なる。

その声が、あまりにも自然に“俺の動き”をなぞってくるから、背筋がぞくりとした。


「今日は……もう少しだけ、お話、できませんか?」


紅葉が、まるで“初対面”の距離感じゃない手つきで、俺に手を差し出してくる。


「……だって、もう離れたくないんです」


その笑顔は、優しかった。

でもその奥の瞳だけ、懇願とも執着ともつかない熱を宿していた。


足が、止まった。


つま先は、まだ出口を向いているのに。

足首のあたりだけが、目に見えない鎖で絡め取られたように。


「……おかえりなさい。耕平さん」


また、あの声。

あの、遠い夢の中で、俺の名を呼んでいた声。


……俺の逃走計画は、完璧だった。


でも――

たった一人の女に、心臓を掴まれた。


そのまま俺は、静かに――

“捕まった”。



それからの日々は、

――簡単に言うと、地獄だった。


朝。教室の席に着いたら、机の上に弁当箱。


「今日は、唐揚げにしてみたんです♡」


もう、朝から嫁ムーブがすごい。


廊下。

女子グループに囲まれた俺を見つけて、さっと腕を絡めてくる。


「遼さんは、他の女子とはお話しません♡」


共学だぞ?無理だろ?


体育。

サッカーでパスを受けた瞬間、遠くのベンチから拍手が飛ぶ。


「ナイスパスですっ♡」


遠すぎるのに声、通りすぎだろ……。


帰り道。

「たまたま同じ方向だったんです」って言いながら、

裏門前で毎日、待ち伏せしてくる。


……お前の家、そっちじゃねぇだろ。


さらに――


「遼さん、朝は小松菜が不足しがちなんです」


って、俺の通学ルートに青汁差し入れてくるし。


「私の方が遼さんの生活習慣、把握してるかもしれません♡」


……ホラーだよそれ、もう。


しかも、俺が気づく前に、なぜか行動を全部読まれてる。


コンビニで立ち読みしてた本、次の日には彼女の机の上に置かれてるし。

校門で咳き込んだら、朝には喉飴が筆箱に入ってた。


(……なんなんだよこの子。どこまで見てんだよ)


最初は、そう思ってた。


でも――

ふとした仕草。言葉。表情。

全部が、俺の“どこか奥”を揺らしてくる。


誰にも言ってない癖とか。

忘れてたような好みとか。


……何度か、「初めて聞いたのに、懐かしい」って

思ってしまった自分が、ちょっと怖かった。


だから俺は、毎日逃げようとした。

でも、毎回――

彼女は、どこかで待っている。


「……今日も、帰り道、ご一緒してもいいですか?」


制服の袖を、そっと摘まれて。

振り払うことも、受け入れることもできないまま、

俺はただ、呆然とその顔を見てた。


(……この笑顔、どこかで、見た気がする)


そう思った時点で――

たぶん、もう、完全には逃げられなかったんだと思う。



---


その夜、俺は夢を見た。

いや、また“あの夢”だ。


障子越しに陽が差し込む畳の部屋。

金色の光が、ゆらゆら揺れている。


「……お茶、どうぞ」


声がして、振り返ると、やっぱりあの女がいた。

着物姿で、穏やかに笑っていて。


でも、今回は違った。

空気が、重い。

彼女の笑顔も、どこか、苦しそうだった。


「今日は……調子、どうですか?」


問いかける声が、少しだけ震えてる。

そして俺――いや、“耕平”は、

布団の上で、弱々しく首を横に振った。


「……そうですか」


彼女はそう言って、俺の手を握った。

細い指が、必死に力を込めてるのが分かる。


「……もうすぐ、ですね」


小さく、そう呟いた。

それが何を意味するか、俺は理解してしまっていた。


「でも――私は、必ず、見つけますから」


彼女は、俺の手を両手で包み込んで、

まっすぐに目を見た。


「耕平さんが、どんなに遠くに行っても。

どれだけ時が流れても――

必ず、来世で、見つけます」


彼女の細い指が、ひんやりとしていた。


「……だから、もう、置いていかないでください。

愛しています、耕平さん。」


その瞬間。

目の前が、金色に染まった。

耳鳴りがして、心臓がバクバク音を立てる。

目の奥で、映像がフラッシュする。


彼女が泣いていた顔。

あの縁側で過ごした日々。

交わした約束。

そして、死に際に触れた指のぬくもり――


全部、全部、思い出した。

あの目。あの声。あの言葉。


あの時、俺は確かに――

“あの女の子”と、夫婦だった。


(……紅葉、だったんだ)


夢の中で、俺は呟いた。


目を開けると、天井だった。

いつもの、自分の部屋。


でも、汗でシャツが背中に張りついて、

心臓はまだ、バクバクいってる。


息を吸っても、足りない。

だけど、確かに分かった。


(……あの夢は、“ただの夢”じゃなかった)


紅葉は――俺を、探していた。

ずっと、ずっと、何年も。


死んで、時代を越えて、生まれ変わって、

それでもなお、俺を――


俺は、枕をぎゅっと掴んだ。


「……重すぎんだよ、全部」


そう呟いた声は、誰にも届かない。

でも――


たぶん、もう逃げられなかった。

逃げる理由も、逃げられる余地も。

全部、もう、なくなってしまっていた。



---


放課後。

もう、何度目の逃走だろう。


俺はまた、裏門へと走っていた。


いつもなら、そこに“待ち伏せ女”がいるはずなのに――

今日はなぜか、誰もいない。


「……あれ?」


不意に立ち止まる。

警戒するように、辺りを見渡した。


が、気配は――ない。

足音も、視線も、あの独特の“圧”も。


……いない。

本当に、いなかった。




ホッとしたような、少し物足りないような。

複雑な気持ちで門をくぐろうとした、そのとき。


「――やっぱり、ここですね」


声が、背後から降ってきた。

俺はビクリと肩を跳ねさせた。


振り向けば、案の定。

制服のままの高城紅葉が、笑顔で立っていた。


「ちょっ……お前、どっから来た!?」

「……もちろん、耕平さんのことは、全部わかってますから」


さらりと、恐ろしいことを言うなよ。

紅葉は、ふわりと笑って、言った。


「今日は……ちゃんと、お話できますよね?」


 


俺は、しばらく黙っていた。

視線をそらして、地面を見て、ため息をひとつ。

そして。


「……お前さ、もうそういうの、やめろよ」


ぽつりと、言った。

紅葉の笑顔が、すこしだけ揺れる。


「前世とか……関係ねぇじゃん。

俺は耕平じゃねぇ、神谷遼。

お前も、今は“紅葉”、なんだろ?」


言葉を探しながら、俺は続けた。


「嫁とか旦那とかじゃなくてさ。

……順番、あるだろ。つーか、段階っていうか……まず、“友達”とか……」




一瞬、沈黙。

風が吹いた。


そして――


「……じゃあ、恋人ですね!」


「は?」


「だって、“嫁”はまだ早いんですよね?

だったら、“恋人”を経由すれば――問題ありません!」


満面の笑み。

ノータイムで段階を飛び越えてくるの、やめてくれ。


「いやいやいやいやいや、飛び級すんな!

無理なんだって、その距離感!」


俺は慌てて踵を返すと、走り出した。


「ま、待ってください!デートはどこにしますか!?」

「決めてんじゃねぇよおおお!!」


追ってくる足音。

全速力で逃げる俺。


でも――

その心の奥では、どこかほんの少し、笑っていた。


 


「……もう、勝てる気しねぇ」


小さく呟いた声は、

夕焼けの空に、ゆっくりと溶けていった。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

別作品ではありますが、

この読み切り以上に丁寧な心理描写を心がけている作品がこちらです。


→俺たちは、壊れた世界の余白を埋めている。

https://ncode.syosetu.com/n0544kt/


ちなみにこの作品、

「毒親」「依存」「拗らせバディ」「壊れた倫理観」あたりが好きな方には

地味にハマるかもしれません。


ご興味があればぜひ、お試しください。

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