第8話 はじめてのおつかい
「では、行ってまいります。父上」
「ああ、道中は十分に気を付けるように」
簡素な挨拶を残し、シオンは馬車に乗り込む。
対面に座るセバスとレウ。二人が今回の旅の同行者だった。
「お、おお!? なんだこの馬車! 全然揺れないぞ!?」
「衝撃軽減の魔術が施された馬車ですからね。貴族御用達の高級車です。これを狙って襲ってくる賊もいるので気を付けてください」
「ゾク! となれば修行したレウの腕の見せどころさんだな!」
「期待しているよレウ」
「ああ! 任せろ!」
数時間後、すぴーすぴーと寝息を立てながらセバスの膝に涎を垂らすレウの姿がそこにはあった。
「……シオン様、この娘、馬車から投げ捨てても?」
「やめてやれ。流石のレウでも泣くぞ」
◇ ◇ ◇
シオンが術式を持ち込む予定の『紙々の集い』は王都に本店を構えている。
必然、シオンたちの目的地もそこになるのだが、シルフィード領からは数日かけて進む距離になる。
シオンにとって初めての長旅だ。
その間、暇になることを予想し、シオンは馬車に魔導書を持ち込んでいた。
「────」
無言で文字を追うシオン。
彼が持ち込んだ魔導書のタイトルには『初級戦闘魔術』と書かれていた。
数ある魔導書からこれを選んだ理由は、いざというときに最低限戦える力が欲しかったからだ。
元々、魔術は戦場で発展した技術であるがゆえに戦闘用のものが多い。
だが、それらは二級以上の魔術師が運用することを想定しており、シオンにとっては扱えないものばかりだった。
「初級と書かれているくせに三級魔術師が使える術式がひとつもないとはな」
「シオン様が目指されているのは宮廷魔術師でございましょう? 戦闘用の魔術は必要ないのではないですか?」
「確かにそうかもしれないが……」
王の許可を得て魔術の研究を行うことが許された宮廷魔術師は、いわゆる研究員であり実戦を想定した訓練はあまり行われない。
そちらが本業となるのは国家魔術師と呼ばれる軍属の者たちである。
シオンの目指す未来とは方向性が違う。
「……だが、もしもの時にお前たちだけを戦わせるのはな」
「シオン様はシルフィード伯爵家の御子息でございます。いざという時が来たとしても、私どもにお任せください。そのために私どもがいるのですから」
「お前の言い分も分かる。だが、魔術とは力だ。そして、力ある者には責任とそれを正しく扱う義務が伴う。それがどれだけ微弱な力だとしてもな」
魔術は時に戦術や戦況を大きく左右するほどの力を持つ。
魔術師を名乗るのであれば無視できない要件だとシオンは思っていた。
「……全ての魔術師がシオン様と同じ思想であれば、この国は安泰ですな」
「はっ、まさか。もしそうであったなら、魔術の研究費用で国が傾くぞ」
シオンの言葉にセバスは確かに……と、思うのであった。
◇ ◇ ◇
初めての長旅は驚くほどに順調だった。
城門を潜り、街中に出た一行を出迎えたのは賑やかな光景だった。
「ここが王都か……」
道沿いに並ぶ屋台露店その他商店、噴水近くで火を噴く大道芸人、空を飛んで移動する魔術師の姿さえ誰も気には留めていない。
とにかく雑多で、人も多い。それがシオンの第一印象だった。
「うえ……人酔いしそうだぞ……」
「僕の服に吐いたら許さないからな」
「シオン様、宿はこちらです」
セバスの案内で宿を目指す一行。
安全面を考慮して大部屋一つを借りると、荷物を下ろしたシオンが開口一番。
「良し、早速『紙々の集い』に向かうとしようか」
「え、もうですか? 少し休まれた方が良いのでは?」
「問題ない。それより早くこの価値を知りたいのだ」
提出用に持ってきた術式に関する書類の束が入ったカバンを手に、シオンは外出準備を進める。
気が急いているようだが、それも仕方がないことなのかもしれない。
シオンにとってこの新魔術は3年かけて開発した努力の結晶。
更に言うなら、魔術師として初めての功績となるかもしれない代物だ。
誰かに見せたくて仕方がないのだろう。
「……分かりました。レウ、支度しなさい。出ますよ」
「ええー、少しくらい休んだ方が良いと思うぞ?」
「あなたが休みたいだけでしょう。三度は言いません。支度しなさい、レウ」
「あいっ」
じろり、と睨むセバスにびしっと敬礼するレウ。
どうやらセバスの教育は上手くいっているようだなと、シオンは思った。




