第7話 奴隷の紋章
奴隷となった者の身体には奴隷紋と呼ばれる魔法陣が刻まれる。
これは本人の魔力に反応し、禁止された事項を破るとどんな屈強な男性だろうとも数秒と耐えられない強い痛みが走るように設定されている。
禁止事項は主人となる者が契約時に自由に設定できるようになっているが、ここでどんな内容の禁止事項を課されるかが奴隷にとっては今後の人生を左右する。
と、言うわけでシオンは熟考に熟考を重ね……
「良し。やはり禁止事項はなしだ」
「「……は!?」」
奴隷商人とセバスが同時に驚愕するようなことを言い出した。
「何を言っているのですかシオン様!? 制限なしということは逃げ出すことも寝首をかくことも自由ということですよ!? 流石にあり得ませぬ!」
「坊ちゃん、俺も流石にそれはどうかと思うぜ。亜人なんて何を考えているかもわからねぇ連中だ。それに、奴隷紋には最低限『主人を襲わない』って命令が組み込まれてる。なしってのは出来ねぇんだ」
「そうか……なら、それだけで良い。他は無しだ」
「シオン様!」
今日何度目かと分からない注意の声に、シオンは耳を抑えて聞こえないフリ。
「まあ、客が良いって言うならいいけどよ……追加の命令がないからって安くなったりはしないぞ?」
「ふっ、構わないさ。思ったよりも安かったし……おっと、今のは失礼な言い回しだったかな? 他意はないから許して欲しい──レウ」
シオンが呼びかけると、外行きの服に着替えさせられたレウが服の端を握って落ち着かない様子で現れる。
「なんでもいい。それよりレウはこれで外に出れるんだな?」
「ああ、僕の従者として存分に活躍してくれ」
「レウはここを出るために仕方なくドレーになったんだ! お前の従者になったつもりはないぞ!」
「ああ、そうだったな。それで構わない」
結局、レウはシオンの手を取らなかった。
形ばかりの信頼の証として、シオンが強引に手を取り握手したのだ。
完全に心開いてくれたとは到底言えないが、それも仕方ない。
出会ってすぐに分かり合うなんてことは不可能なのだから。
「坊ちゃん。奴隷紋は心臓近くの背中にある。もし追加で命令を加えたいなら言ってくれ。かなり高くつくが、変更は可能だ」
「感謝する。名もなき奴隷商よ」
「……いや、俺にも名前くらいあるからな?」
◇ ◇ ◇
レウを近衛として連れて帰ると、ウィリアムは嫌そうな顔をした。
だが、シオンが頑固であることを知るため返してこいとは言わない。
代わりにその全責任をセバスへと押し付けた。
「お前が止めなかったのが原因だ。その獣人の教育はお前がやれ」
ウィリアムに続き、セバスも嫌そうな顔をした。
こうなりそうだったから全力で止めたのに……と。
そんな二人のやり取りをよそに、シオンの服を引っ張るレウ。
「おい、お前」
「何かなレウ」
「腹が減ったぞ。何か食わせろ」
「分かった。ただ、人前では僕のことはシオン様と呼んでくれ。お前なんて呼ばれた経験がないから反応できないかもしれない」
「あい。分かったぞ、シオン」
「いや、だから様を……まあ、いいか」
呑気な二人のやり取りを見て、セバスは再び嫌そうな表情を浮かべるのだった。
◇ ◇ ◇
レウが屋敷にやってきて数日が経った。
その間、思いのほかレウは勤勉に働いていた。
命令されれば炊事や洗濯をこなし、時間の許す限りシオンの近くで周囲の警戒を続けた。
早朝と深夜にそれぞれ近衛訓練としてセバスに呼び出され、戦闘技術と座学を叩き込まれても逃げ出さなかった。むしろ逃げ出して欲しいくらいで一切の手加減をしなかったセバスからしても、脅威の根性だったとか。
「ぐうぅ……今日もレウは頑張ったぞ……シオン……」
「偉いぞレウ。よくやったな」
だが、そんなレウの努力をシオンだけは驚かなかった。
彼は差別された者にのみ宿る反骨心の強さを知っていたから。
『レウはお前ら人族を見返してやるんだ!』
出会った時にレウが言った言葉を思い出す。
見返してやる……その感情には覚えがあった。
三級魔術師として生まれ落ちたシオンは、周囲が自分をどう評価しているかを理解していた。
もちろん、貴族であるシオンを面と向かってこき下ろす従者などいない。
心優しい父や兄にしたってそうだ。
だが、声にはならずともその心は透けていた。
周囲を見返してやりたい。
言ってしまえばそれこそがシオンにとっても原動力であった。
今となっては魔術の魅力にどっぷりと憑りつかれてしまってはいるが……
少なくとも、スタートはそこだった。
そこに共感できたからこそ、シオンはレウを買うことに決めたのだ。
「さて、そろそろ休むとしようか。明日も頑張ろうな、レウ」
「ああ、もちろんだ!」
一言で言ってしまえば……二人は似たもの同士なのであった。




