第6話 それはまるで愛の告白のように
身分制を採用するグロリアス王国において、国民の1割は奴隷が占めている。
そのほとんどは金銭的に困窮し、日常生活が困難となった者たちだ。
そんな彼らの生活を保障する意味で、金銭的に余裕のある貴族は奴隷を買うことがグロリアス王国では奨励されている。
奴隷の購入は慈善事業としての側面があるのだ。
「ここが奴隷市場か……思ったよりも綺麗な場所であるな」
「奴隷にも人権はありますからね。不遇な扱いをすれば司法局に詰められます」
セバスを連れ奴隷市場を訪れたシオン。
巨大なテントで区切られた市場の中には、何十人という人がいた。
商人に聞くと、彼らは奴隷で、買い手を探して待機しているのだとか。
シオンのイメージでは手錠や首輪で拘束されているのかと思っていたが、奴隷たちはどこか虚ろな表情で虚空を見つめてばかりいる。
逃げ出す意欲も、逃げ出す先もないのだろう。
「……ふむ」
正直に言うと期待外れだった。
「セバス、他の市場を……」
「……おい、そこのお前!」
見切りを付けようとしてたシオンに呼びかけられる声。
周囲を見渡すシオンは、テントの端で座り込む一人の少女を見つける。
歳はシオンとそう変わらないように見える。あちこち飛び跳ねた赤髪が印象的な少女の手足には頑強そうな鉄の枷が嵌められていた。
「お前! レウのこと、買え!」
叫ぶ少女の頭部には、普通の人にはないものが生えていた。
少女の言葉に合わせピコピコと動く獣の耳。
それは獣人と呼ばれる種族である証であった。
「──アレは亜人ですな。シオン様、耳を貸す必要はありませんぞ」
「ほう、初めて見るな……少し見学してくる」
周囲の奴隷たちの中でも浮いた存在感を持つ少女の元へ歩み寄るシオン。
近くで見ると、獣の耳と尻尾以外は普通の人間と変わらないように見える。
「お前、レウという名前なのか? お前を買うことでどんなメリットがある」
「めりっと……? なんだそれは! いいからレウをここから出せ!」
「シオン様、亜人は知能が低い。会話になりませんよ」
「それはこれから判断する。おいレウ、どうしてここを出たい? ここから出て何をするつもりだ?」
「何をするか? 決まってる! レウはお前ら人族を見返してやるんだ!」
「……ほう?」
「お前ら人族はレウたちに酷いことをした! 許せない!」
「許せないから見返すと。具体的にどうするんだ?」
「あい……?」
「人族を見境なしに殺すか?」
「そんなことはしない! レウは誇り高き赤狼族の人間だ! 命に対して敬意を払う! お前たち人族とは違う! レウは……お前たちに謝らせたい!」
「謝らせてどうする? その先は?」
「さ、先……?」
シオンの問いに、レウは小首を傾げて考え込む。
感情が優先されたせいで、具体的なイメージがなかったのだろう。
「その先は……ごめんなさいしたんだから、許して……仲直り?」
それでも何とか絞り出したその答えは、シオンにとって好ましいものだった。
いや、むしろ……
「──ふはっ」
シオンにとってこれ以上ないほど最高の答えであった。
「決めたぞセバス。僕はこの娘を買うことにした」
「え……ッ!?」
「手続きは任せた。僕はもう少しこの子と話す」
「お、お待ちくださいシオン様!」
話を進めようとするシオンに、セバスが待ったをかける。
「専属の従者となれば公の場に連れて行くことも考えられます。そんな場所に亜人を連れて行くなどありえませぬ。考え直された方が良いかと」
「なるほど。確かにそうだな。だが、知ったことか」
「し、シオン様! 亜人は裏切りますぞ! いくら奴隷紋の拘束があるとはいえ、それも万全とは言えませぬ。何か事故があってからでは遅いのです!」
「裏切られたのであれば、それは僕の器の問題だ。それに、お前のそれも一般論だろう? 先ほどのやり取りで一般論が当てにならないことは判明している」
「え……?」
「何が亜人は会話にならないだ。レウは自分の頭で考え、自分の意志を伝えたぞ。ならばこちらもそれ相応の対応をするべきだ。対等な人間同士としてな」
「…………っ」
シオンの宣言は王国民の常識から考えるとあり得ないものだった。
人ならざる部位を持つ亜人はその名の通り、人未満の存在なのだから。
「レウ。お前もこんなところで死ぬくらいなら、僕の役に立て。お前とて、こんなところで死ぬのは本懐ではないだろう?」
「な、なんだなんだ!? お前、レウをリヨーするつもりか!?」
「ああ、そうだ。だからお前も僕を利用するといい。レウが僕を守ってくれる限り、レウの生活は僕が保障する。これは契約だ。契約は、必ず守る」
シオンは目の前の少女に向けて、手を伸ばす。
「僕は君が欲しい。だからどうかこの手を取ってくれ」
そう、それはまるで愛の告白のように。




