第5話 貴族も伊達に貴族をやっていない
シオンの持ってきた魔術に、ウィリアムは戦慄していた。
原理としては目を見張るものではない。だが、その応用力が見事の一言だった。
一見しただけでもその使い道は幅広く思いつく。
書類作業に追われる自分とて、この魔術はぜひ修得したいと思う。
魔導院の審査が通るか通らないかで言えば、余裕で通るだろう。
更に言えばこの魔術は売れる。
なにせ修得難易度がとんでもなく低い。魔力性質が風系統であれば、魔力量が少なくとも動かすことができるのだから。
潜在顧客の数で言えば相当な数に上るだろう。
「……シオン、お前はこの魔術をどうするつもりだ?」
「えっと、まず魔導院へ術式理論を送って新魔術として登録してもらおうかと。特許が取れれば、使用料がもらえるはずですので」
「なるほど、王道だな。だが、それよりもっといい方法がある」
「……と、言いますと?」
ウィリアムは書斎にあった本を一冊手に取り、裏表紙に書かれている一文をシオンに指し示す。
「国内最大級の出版ギルド……『紙々の集い』に持ち込んで、この術式を売るんだ」
「術式を……売る?」
ウィリアムの説明に、シオンはピンと来ていない様子だった。
「魔導院に送ればまず特許はとれるだろう。だが、無断利用の罰則が甘い今の規則では魔導院経由での発表は金になりにくい。地位や名声を求めるのであればそれが王道だがお前の目的は違うだろう?」
「……なるほど!」
ここまで言ってシオンはウィリアムの言いたいことを完全に理解した。
「正確に言うならこの術式の占有権を買い取ってもらうことになる。契約内容は売り切りよりも、使用料を取る形が良いだろう。この技術を使って印刷した印刷物による印税の何パーセントかを徴収する形だな。早ければ来年にも使用料が送られてくるはずだ。お前の入学費用の工面には十分間に合う」
ウィリアムはシオンの夢を覚えていた。
というより、ここ数年のシオンの頑張りを見れば嫌でも意識せざるを得ない。
息子は本気なのだと。本気で魔術の道を突き進むつもりなのだと。
「契約は年単位で区切られると思うが、なるべく長く契約してみろ」
「はい! ……え? ぼ、僕が契約するのですか!? 父上は、その……」
「これはお前が開発した魔術で、お前の手柄だ。応援も助言もするが、実際の契約に関してはすべてお前が決めろ。でなければお前の手で得た金とは言い切れん。そうだろう?」
息子を真っすぐに見つめるウィリアムの視線に、シオンも覚悟を決めた表情を浮かべる。
「──分かりました。やってみます」
「良し。なら早速、連絡を取れ。こういう前段階の動きは早ければ早いほどいい」
出版社の連絡先、実際の旅路に至るまで事細かに説明するウィリアム。
本来、10歳の子供にここまでやらせる親はいない。
だが、ウィリアムは既にシオンを一人前の魔術師として見ていた。
それがウィリアムにとって最大級の賞賛であることを、この時のシオンはまだ気づいてはいなかった。
◇ ◇ ◇
「なるほど、それで旅の準備でございますか」
「ああ。既に訪問する旨は早文で伝えている。だが、僕にとっては初めての旅となる。勝手が分からぬことばかりで困るだろう。故に同行者を求めているのだが……共に来てくれるか? セバス」
「勿論でございます。シオン様がそう望まれるのであれば」
「そうか……」
ほっと表情を緩ませるシオンに、セバスは内心で悶絶していた。
なにこの可愛い生き物、と。ただ、その萌えをおくびにも出さずいたって冷静な顔でセバスは旅の問題点を指摘する。
「しかし、他の同行者はいるのですか? 旅となれば護衛も必要です。道中、賊や魔物に襲われる可能性もございますからね。身の回りの世話は私がいたしますが、こと戦闘になるとちょっとしか自信がございませんぞ?」
「そのちょっとの自信がとても気になるが……護衛に関しては安心しろ。アテがある。僕にもそろそろ専属の近衛が必要だと考えていたのでな」
「専属の近衛……私のことですかな?」
「いや、奴隷だ」
「奴隷、ですか」
「ああ。魔術によって言動を制限された奴隷は最も安全な従者と言えるだろう。個人的にも興味が尽きない」
わくわく顔のシオンはきっと奴隷契約の術式の方に興味があるのだろうな、とセバスは冷静に分析していた。
「資金は父上に前借りた。早速、探しに行こうではないか。僕の専属従者を!」
拳を握り、意欲満々のシオンに対し……
「……その役目、やっぱり私ではダメですか?」
セバスは最後の最後まで納得がいかない様子であった。
※この世界におけるギルドとは会社くらいの意味合いです。出版ギルドは出版社くらいに思ってください。




