第4話 3年間の成果
シオンが新しい魔術の開発に乗り出して、3年が経過した。
下の兄が無事に試験に合格したことで、上の兄と揃って二人とも学園生活を始めることとなった。遠方にある学園に通うため屋敷を離れた息子たち。シルフィード邸は少し寂しくなったように感じる。
「見ろセバス。ようやく完成したぞ」
シオンもまた、この3年で立派に成長し、精神的にも落ち着いて……
「美しいッ! 実に美しい術式だッ! セバスもそう思うだろうっ!?」
……いなかった。むしろ、以前にも増して騒がしい性格になっていた。
「ですから私に魔術は分かりませんよ、シオン様」
「ああ、すまない。つい気が逸ってしまったようだ。なにせ3年である。世界が三巡するほどの時間だ。我が心の震えを抑えろという方が無理な話」
言動の歪みは趣味に劇団鑑賞が追加されたことも影響されていそうだった。
屋敷のメイド達からは変人扱いされて久しいシオンだが、セバスだけは以前と変わらぬ態度でシオンに接し続けていた。
「早速、魔導院に新魔術として申請なさいますか?」
「いや、まずは父上に見せて、評価をいただくつもりだ」
束になった羊皮紙を片手に、にっと自身に満ちた笑みを浮かべるシオン。
「では、早速行ってくる」
それはまるで魔王の城に乗り込む勇者のようだったと後に語られたとか、語られなかったとか。
◇ ◇ ◇
「なるほど、3年かけてこの魔術を開発したわけか」
「はい、父上。基本は『微風』の術式に手を加えたものですが、内容は別物と言っていいほどに組み替えられています。十分に新魔術として申請できるかと」
「ふむ……」
正直に言ってウィリアムは驚いていた。
術式研究が進んだ現代魔術界において、新魔術などそうそう見るものではないからだ。
それも、それを作ったのが僅か10歳の少年となればなおさら。
「まずは術式が正常に作用するか確認しよう。魔法陣を出しなさい」
「もちろんです。我が父」
自身の呼び方に違和感を覚えたが、ウィリアムは突っ込まなかった。
ただ、シオンってこんなキャラだったかと首を傾げるだけで。
「──『自動型書記』」
お父様と呼ばれ慕われていた過去を思い出すウィリアムの前で、シオンは魔法陣を展開する。すると、持参していた羽ペンがひとりでに動き出し白紙の上で模様を描き始める。
「発端は文字の書きすぎで腱鞘炎になったことでした。痛む右手の代わりに『微風』で文字を書いている途中、ふと思ったのです。『自分の意志とは関係なく動き続けるペンがあれば便利なのに』と」
説明するシオンはその場でくるりと反転する。
シオンが見ていないところでも、動く羽ペンは正確に模様を描き続ける。
「その魔法陣には過去の動きを模倣する術式が刻まれています。一度は自分で書く必要がありますが、それ以降は魔力を注ぐだけで自動的に同じ動きをペンで再現ができるのです。一度自分で書く必要があるのならこの魔術に意味があるのか? と、疑問に思うでしょう。意味は大いにあります。例えば出版業界」
再び振り向いたシオンの表情には自信が満ちていた。
「現代の印刷技術では多くの印刷物を同時に出版することは難しい。その理由は正確な印刷技術がまだ確立されていないから。ですが、この魔術を使えばどうでしょう? この魔術は三級魔術師である僕にも使えます。つまり、それは平民の人たちにも使える、ということなのです」
魔術とは、選ばれた貴族のみが扱える奇跡だと巷では言われている。
だが、もしもこの魔術が普及したのなら。奇跡はただの現実となる。
「印刷技術の進歩は魔術界にも大いに影響を与えます。魔導書の価格減少、流通量の増加。今では魔術の修得には魔導書の調達が必須になっています。正確な形の魔法陣を何度も何度も見直す必要があるからですね」
魔法陣を魔力で描けばそれだけで術式は起動する。
一から我流の絵を描くよりも、模写の方が簡単なのと同じ理屈で、魔術師たちはこぞって魔導書を買い集めていた。
現代の魔術師にとって魔術の修得とは開発ではなく、暗記の作業なのだ。
「もちろん、影響を与えるのは魔術界だけではありません。歴史書や数学書、文芸も今より盛んになることでしょう。この魔術が持つ価値は僕自身にも計り知れない……と、思うのですがどうでしょう? 僕より遥かに知見の深い父上から見て。僕の考えは甘いでしょうか?」
「……シオン」
「ああいえ。分かってます分かってます。本当に一般人が魔術を修得できるかとか、問題点が多く残っていることも事実です。机上の空論であることは……」
「……素晴らしいぞ、これは」
「え……?」
落ち着かない様子で口元に手を当てるウィリアム。
その指先ははっきりと震えていた。
熟達した魔術師である彼には、この魔術がもたらす影響を瞬時に理解できてしまったから。
「これは──まさしく革命的な魔術だ」
この魔術は文字通り世界を変える魔術だ、と。




