第2話 貴族の務め
「魔術の道を諦めろって……なぜですかお父様!?」
「なぜ? 理由はお前が一番分かっていることだろう」
両手を組み、僅かに身を乗り出してウィリアムが言う。
「三級魔術師のお前が魔術師として大成することはない。ならば、他の分野に進むべきだ。お前は頭がいい。数学者や天文学者、聖職者としての道もある」
「僕は宮廷魔術師になりたいのです!」
「ああ、分かっている。だがな、三級魔術師で過去に宮廷魔術師となった者はいないのだ。どれだけ望んだところで叶わぬ願いなのだよ」
宮廷魔術師とは、王宮にて最先端の魔術研究を行うエリート集団の名称だ。
ウィリアムの言う通り、願ってなれる職業ではない。
だが……
「前例がないからと言って、不可能というわけではないと思います!」
「……シオンならそう言うと思ったよ。頑固なところはアイツ譲りかな」
「アイツ? あ、もしかしてお母様のことですか!?」
「ああ。ついでに言うと魔術オタクなところもそっくりだ」
母について語る父の言葉を、シオンは興味津々といった様子で聞いていた。
宮廷魔術師である母、オリヴィアとは滅多に会うことがない。
故に、母に関する話はなんでも聞いてみたかった。
「……だが、好きだからだけでやっていけるほど魔術業界は甘くない。加えて私達は貴族だ。伯爵家だ。その収入は民の血税からいただいている。お前が普段食っている飯も、今着ている服もそうだ。無論私もな。だからこそ、我々は民のために行動する義務がある。分かるか?」
「分かります。その貴重なお金を無能な僕の教育には使えないということですね」
「いや、まあ……そこまでは言っていないがな?」
ズバズバと物を言うシオンに、話を切り出した側のウィリアムがたじろいでしまう。
自分で言ってて悲しくならないのかな、と。
「事実は正しく認識しないと意味がありません。僕に魔術の才能がないことも、僕が貴族で、その務めを果たす責任があるのも事実です」
世襲制であるグロリアス王国において、貴族は生まれた時から貴族だ。
その心構えは物心ついた時には既に完了している。
とはいえ、シオンほど割り切った考え方をする者は珍しいが。
「ですがお父様、僕が魔術師として大成できるかどうかはまだ分からないと思います。魔術には無限の可能性が眠っています。それは逆に言うと、魔術師にもまた無限の可能性があるということではないでしょうか?」
「それはそうだが、より高い実現性を求めるのは至極当然のことだろう。反論材料としては弱い」
「ではどうすれば?」
「言っただろう。選択肢はないと」
「…………」
ウィリアムはシオンが泣くか怒ると思っていた。
7歳の子供に理不尽なことを言っている自覚はある。
だが、それよりも優先されるべきはやはり貴族の務め。
家長領主ともなれば感情だけで判断できないことも多い。
故にウィリアムの思考はどうやってシオンを慰めるかという点に終着していた。
しかし……
「──金銭面が問題なのであれば、自分で稼げばどうでしょう?」
「……なに?」
シオンが泣き喚くことはなかった。
代わりに冷静に現状を分析し、対案を出してきたのだ。
「魔術の勉強に必要な資金、入学に必要な入学金、普段の生活費……それらを全て自分で稼げば文句はないでしょう?」
「……い、いや待て。体面というものもある。それに資金の透明性が確保されなければ民からの信用は得られん。貴族の務めとして何かしらの学問を……」
「では算術と占星術の授業も受けます。その上で空いた時間を魔術の勉強に費やすという取り決めでどうです?」
次から次に条件を足していくシオン。
何としてでも魔術を学ぶ、という前提条件だけは崩させない構えだ。
「……そうまでして魔術を学びたいのか?」
「え? あ、はい。僕の中に魔術の道を諦めるという選択肢はないです。そのためなら最大限譲歩しますが、無理そうなら家を出ます」
「は……はぁっ!? ダメダメ! それだけはダメ!」
「貴族としての体面、ですよね。分かっています。それは僕にとっても最後の手段です。最愛の家族と離れ離れにはなりたくありません。ですので、お父様も譲歩してください」
にっこりと笑みを浮かべるシオン。
いつしか話の主導権はシオンへと移っていた。
「普通の学問も修める代わりに生活費くらいは担保してください」
「それくらいはまあ……」
「では決まりですね!」
パン、とまるで商談の決まった商人のようにシオンは手を叩く。
「さーて、早速色々と考えなきゃ。忙しくなるぞぉ!」
一秒でも惜しいと言わんばかりに動き出すシオン。あまりの勢いの良さにウィリアムは待ったをかけるタイミング完全に逃してしまっていた。
(なんかいつの間にか条件つきで許可するみたいな流れになってしまったが……まあ、問題はない……か?)
ウィリアムが強く言ったのには理由がある。三級魔術師は魔術業界では強く差別されているからだ。学園に行けば間違いなく目をかけられる。悪い意味で。
親として子供に苦難の道は歩ませたくはなかったのだ。
「どちらにせよ、納得してくれるなら良いのだが……」
この時、ウィリアムはどこかでシオンが挫折すると思っていた。
シオンの語る条件は非常に厳しいと言わざるを得ない。
学園の入学費は高額であるからだ。魔術について書かれた魔導書もまた同様に。
僅か7歳の子供に用意できるような金額ではない。その期限が入学条件の12歳に届く5年後まで伸びたところで変わらないだろう。
故に、シオンが学園に通うことはないと考えていたのだ。
そう──この時は、まだ。




