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三級魔術師シオンの革命的魔術理論 ~出来損ないと呼ばれても魔術の道を究めてみせる~  作者: 秋野 錦
第一章 幼少年期篇

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第26話 準備、完了


 オリヴィアが屋敷を去ってから、さらに半年の時間が経った。

 屋敷を襲撃した『鴉の爪』はあれ以来、表沙汰になるような事件を起こしていない。完全に闇へと潜伏していた。


 シルフィード襲撃事件で手痛い反撃を食らい、壊滅したのだという噂が巷を巡ったがそんなはずがないだろうとシオンたちは認識していた。


 いずれまた、必ずやつらは現れる。

 そんな予感がした。


 とはいえ、『鴉の爪』に関してシオンができることは何もない。

 調査や逮捕に関しては完全に魔導院に任せる形で納得している。


 代わりにシオンはこの半年間で、モリアンと共に新しい魔術理論を考案した。

 半年前に行われた、どの分野の研究を行うかを決めるジャンケンに勝っておいて本当に良かったとシオンは思った。


 シオンが求めた研究内容は、魔力性質の変換である。

 火系統の魔力を水系統に、風系統の魔力を土系統に。

 そうやって別の性質に変えることを目的に研究は行われた。


 結果として、当初とまるで違う成果が出てはしまったが、魔術研究においてはよくあることでもある。

 だが、今回はその中でも珍しい現象だったと言える。


 なにせ、不慮の成果が当初予定されていた成果を遥かに凌駕してしまっていたのだから。


「この魔術理論は……公表しないほうがいいかも……」


 承認欲求の強いモリアンをして、そう言わしめる成果であった。

 不用意に公開してしまった場合、魔術世界が崩壊する可能性を感じたからだ。


「この理論を応用した魔術を使うことは多分、大丈夫。見ただけだと何をしているかさっぱりわからないと思うから。でも、この魔術理論は絶対誰にも言っちゃだめ」


「ふむ? そうなのか?」


「世間知らずのお坊ちゃんにはこれがどれだけヤバいことか分からないでしょうけどね! 下手したら国に抹消されるかもしれないレベルよ!」


 弟子の肩を持ち、ぶんぶんと振り回すモリアン。

 シオンの危機感のなさに彼女の危機感はマックスだった。


「もっと深く研究が進むまで、誰にも言わないこと! 助言が必要なら私がいつでも力になるから! それこそ生涯をかけて付き合ってもいい!」


「はっはっは、まるでプロポーズみたいであるな。わが師よ」


「ぷろ……!? ち、違うわよ! そんなんじゃないから! 勘違いしないでよねっ!」


「いや、勘違いというかただの冗談であるが……」


「~~~~っ! タチの悪い冗談を言うなっ!」


 モリアンの鉄拳に頭を抱え蹲るシオン。

 子弟の上下関係は未だ変わらずの様子であった。


「とにかく、あなたはこの理論を隠して研究を続けなさい。私も時間を見つけて研究を進めておくから。いわゆる共同研究ね」


「それは構わないのだが……なんだかまるで最後の教えみたいな言い方だな」


「……そうね。直接、あなたに教えられるのはこれが最後かも」


「む……?」


「あなたも学園の試験がもうすぐ始まるでしょう? 私も乗り越えなくちゃいけない試験があるの。だから来週にはこの屋敷を去ることにするわ」


「試験、それはもしや……」


「ええ。去年落ちた宮廷魔術師の試験を、もう一度受けることにしたの」


 シオンがモリアンと契約した家庭教師の期間は最長で1年。

 気付けばそれだけの長い時間を二人は共に過ごしていた。


 ほとんど毎日、朝から晩まで個室で語り合う二人。

 付き合いたてのカップルだって鬱陶しくなるであろう距離感だった。


 だが、二人は時に衝突しながらもその時間を、関係をまさしく蜜月だったと感じていた。

 言葉に出さずとも、伝わる程に。


「……では、別れの会として合格祈願の前祝いを行わねばな」


「神に祈るなんて私達らしくないでしょう。元は悪魔の術って呼ばれていた道を志すのだから」


「はっ、確かにそうだ。違いない。だが、祝いの席は開かせてくれ」


 そこまで言って、シオンは目の前の師に深々と頭を下げる。


「わが師、モリアン殿。貴殿のおかげで僕はこの1年を有意義なんて言葉では足りないほど価値のある時間とすることができた。感謝する」


「……何言ってるのよ。それ私も一緒。あなたに出会わなければ今もどこかで不貞腐れていたかもしれないわ。だから感謝は不要よ」


 顔をあげたシオンに、モリアンはすっと手を差し出す。


「一足先に宮廷で待っているわ」


「──ああ!」


 固く交わされた握手。

 そこには互いを認め合う、二人の魔術師の姿があった。



  ◇ ◇ ◇



「……もう行くのかい? シオン」


「ええ、大兄さま。万が一にも試験会場に遅れるわけにはいきませんから」


 モリアンが屋敷を立って、すぐにシオンも旅支度を始めた。

 グロリアス魔導学園。その入学試験へ挑むために。


「でも、本当に護衛はレウ一人でいいのかい? セバスも立候補していたのだろう? なんだか『私もまだまだっ!』って言いながら、張り切って訓練していたみたいだけど……」


「セバスも良い歳である。老後の生活を見据えた方が良いでしょう」


「うん。それ本人が聞いたら一気に老け込みそうだから言わないであげてね?」


「いいはしませんとも。ただ、僕がそうして欲しいだけです。それに、誰がなんと言おうとも己の道を決めるのは己自身。セバスがどうしたいかは、彼が決めることでありましょう」


「いや、彼は思いっきりついていきたいらしいけど?」


「では、また会いましょう兄上。長期休暇には戻りますゆえ」


「もっとセバスの話聞いてあげて!?」


 兄の見送りを最後に、シルフィード邸を馬車で出発するシオン。

 以前に屋敷を出た時と違い、対面にはまた少し成長したレウが座っている。


「楽しみだな! シオン様! 学園のごはん、美味しいといいなっ!」


 中身はまったく変わっていない様子であったが。

 とはいえ、前半部分に否定はしない。


「ああ、僕もとても楽しみだよ、レウ」


 ふと、振り返った先。

 屋敷の二階の窓から、シオンの乗った馬車を見つめるウィリアムの姿が見えた。


 彼は最後の最後まで、シオンの入学に否定的だった。

 三級魔術師のシオンは、魔術師が集まる学園では必ず苦労するからと。

 故に見送りには来てもらえぬものと思っていたのだが……


「ははっ……なんとも僕は恵まれているものだな」


「あい?」


「魔術師としての素質などどうでもよくなるほどに大切なものを僕はこの家でもらい受けた、という話さ」


 レウは首を傾げていたが、シオンは構わない。

 この胸の感動は自分だけのものなのだから。


「……行ってきます。父上」


 シオンは振り返り、屋敷に背を向ける。

 ここからは前に進むだけだと、己を奮い立たせて。


 三級魔術師シオンは、今……未知の世界へと足を踏み出したのだ。

 背後で半べそをかきながら追いかけてくるセバスを見なかったことにして。


ここまでご愛読いただきまして誠にありがとうございます。

今作は反響も少なく、残念ながらここまでの投稿とさせていただきたいと思います。

ブックマーク、感想、評価していただいた皆様には本当に申し訳ありません。

精進して、今回の経験を他作品の糧にさせていただきたいと思います。

少しでも気に入ってくださった方がいましたら、他作品などにも目を通していただけると幸いです。

では、またどこかの物語でお会いしましょう。

ありがとうございました!

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