第24話 オリヴィア・ロス・シルフィード
シルフィード領を襲撃した賊の噂は瞬く間に巷を駆け巡った。
被害者の証言、その他目撃情報からも、その犯行が『鴉の爪』によるものだと断定された。
「彼らは構成員のほとんどが魔術師で、闇に乗じるため髪色を黒に染めていることが特徴だそうだ。どれも襲撃者の特徴と一致する」
事件の顛末をまとめたウィリアムは、その情報を魔導院に提出した。
魔術師による犯罪への対処は魔導院の管轄だからだ。
「彼ら人相や使っていた魔術についても個別に事情聴取を受ける必要がありそうだ。それでなんだけど……シオンが見たシャドウという男の使っていた魔術に関しては、個別にお母さんに連絡してみようと思う」
シャドウが母の持つ『超躍』の魔術を使ったことに関して、母と何らかの関りがあるとウィリアムはみていた。
通常、術式の盗用は不可能とされている。
一見しただけの魔法陣を正確に真似るのは難しく、出力する魔力量の情報も見ただけ手に入らないからだ。
そうでなくても、『超躍』は修得難易度が非常に高い魔術だ。
開発者であるオリヴィア以外が使いこなせること自体、不自然である。
そのため、オリヴィアについて話を聞かねばということになったのだが……
「え……? お母様が……帰ってくるのですか?」
「ああ。今の研究がひと段落ついたら屋敷に戻ると言われたよ」
オリヴィアはシルフィード邸に帰ってくることを宣言するのだった。
最後に屋敷を訪れてから、実に5年振りの帰還である。
◇ ◇ ◇
中庭に集められたシオンは、中央に置かれた巨大な紙に気が付いた。
「父上、なんですこれは? 魔法陣みたいですけど」
「オリヴィアの転送術式だよ。忙しいから移動時間を極力減らしたいらしい」
「え……そんなことできるんですか?」
「オリヴィアならね」
魔法陣は必ずしも魔力で描く必要はない。
市販のインクで描いたとしても、十分に機能する。
修正が効かないことや、耐久性に難があるため、あまり実用性は高くない技術ではあるが。
「見るのは良いけど、紙の上には入らないように気を付けてね」
「分かりました」
術式に興味のあったシオンはこの機会にと、母の自作したらしい術式をつぶさに観察する。
今の自分には理解できない複雑な式である……ということは理解できた。
「まるで悪魔召喚の儀式みたいね」
シオンの隣で見物にやってきたモリアンが呟く。
「それだと僕の母が悪魔ってことになるからやめていただきたいのだが」
「宮廷魔術師なんて全員似たようなものでしょう」
「それを目指している人が一体何を言っているのやら……」
「魔術を極めた者という意味ならその称号も甘んじて受け入れるわ」
信心深い人間が聞いたなら眉を潜めそうな話であった。
「みんな、魔法陣から離れて。たぶん……そろそろだ」
ウィリアムの言葉にその場にいた全員が緊張する。
風が吹くか、雷が迸るか、天候が変わるか……何かしらのアクションを期待と不安で待ち構えるその場の者は次の瞬間、呆気にとられることとなる。
「おっ、とととっ……! 流石に長距離の『超躍』は頭にクるなぁ」
音もなく、魔法陣の中央に現れる人影。
頭を押さえつつ、周囲に視線を向けたその女性はにかっと笑みを浮かべる。
「ただいま。愛しの家族たちよ」
僅かに揺れる純白のローブ……宮廷魔術師の証であるそれをたなびかせ、オリヴィア・ロス・シルフィードは現れる。
まるで昨日ぶりと言わんばかりの気安さをもって。
◇ ◇ ◇
母の帰還に際し、まず行われたのは食事会であった。
家族の団欒と言えば食事にあるという認識が一般でもある。
故に、料理は出されてもそれは会話の合間に挟むツマミのような意味合いが強いのだが……今回の主役とも言えるオリヴィアはがつがつと運ばれる料理に次々と手をかけていた。
「やっぱセバスの料理は美味いねぇ。宮廷のは高級な食材使ってるだけでなんか違うんだよねぇ、あ、おかわりもらえる?」
そのあまりのマイペースっぷりに誰もが話しかけるのを躊躇う中、最初に言葉を向けたのは夫であるウィリアムであった。
「……オリヴィア、あんな簡単に帰って来られるならどうしてもっと顔を出さない? 子供たちも寂しがっていたのに」
「んー、あれは見た目以上に負担がかかるのよ。元々、長距離の『超躍』は肉体にかかる負荷が大きい術だから、肉体保護とか力場管理とか気を使うことも多いし……何よりやりたい研究だらけで忙しかったし」
「だとしても……」
「それよりなんだっけ? 私を呼んだ理由。盗賊ギルドがなんとかって書いてあった気がするけど、興味なくて読み飛ばしちゃった。もう一度言ってくれる?」
「……はあ、分かったよ」
オリヴィアのペースに巻き込まれる形で、事情を説明するウィリアム。
それを食事し続けながらオリヴィアはふんふんと頷きながら聞いていた。
そして……
「……故に、私たちは君がシャドウと名乗った男について何か情報を持っていないか聞かないと、と思って……」
「良し、分かった。その話は後でしよう」
「……え?」
話の途中で、オリヴィアは会話を止めた。
「なぜだ? 何か話しにくいことでもあるのか?」
「いや、そういうわけではなくね。それってウィリアムがしたい話で、他の子供たちがしたい話ではないわよね? 事実、一言も話してないし」
お腹がいっぱいになったのか、食器を置き、ナプキンで口を拭くオリヴィア。
「ここは家族が集う場所。家族の話題をしましょうよ。ウィリアムには後でしっかり付き合ってあげるから。色々とね」
「いや、色々ってお前……」
流し目でウィンクを飛ばすオリヴィアに、ウィリアムは焦り始める。
隣で話を聞いていたオズワルドは気まずそうに笑みを浮かべる。
意味の分からなかったシオンは特に気にする様子もない。
「さ、皆の話を聞かせてちょうだい?」
それから話題はオズワルドの学園での話になり、シオンの開発した魔術に関する話になり、ウィリアムの最近はまっている趣味の菜園の話になった。
そして最後に、オリヴィアは自身の研究している魔術の話をした。
「私はそろそろ魔術は次のステージに行くべきだと思っているの。今の魔力性質で再現できない事象の開拓ってことね」
「お母様、それは新しい魔力性質の発見、ということですか?」
「方法は目的になり得ないわ。シオンの言うように、新しい魔力性質の発見や開発でも構わないし、既存の魔力の組み合わせでも良い。要は魔術という枠組みそろそろ広げましょう? ってこと」
オリヴィアの語る話はスケールの大きい話であった。
もしもそれが実現するなら、魔術という概念すら変わる可能性がある。
つまりはそこには、果てしないロマンがあった。
「おっと、ごめんなさいね。私の仕事の話ばかりになってしまったわね。折角だからもっといろんな話をしましょう」
話題が偏ってきたことを察し、話題を変えるオリヴィア。
シオンはもっと母と魔術に関する話がしたかった。
いや、より正確に言うなら宮廷魔術師……世界トップの魔術理論を、もっと聞いてみたいと思っていた。
そして、その機会はすぐに訪れる。
食事会を終えた後、自室に戻ろうとするシオンにオリヴィアが声をかけたのだ。
「どこ行くの? シオン」
「え? 自室に戻って勉強でもしようかと……」
「なにつまらないことを言ってるのよ。それとも私だけだった?」
「何がです?」
「二人でもっと話がしたいなって思ってたの。私だけ?」
「…………! いえ! 僕ももっと話がしたいです!」
「そう。なら中庭にでも行きましょうか」
「はい!」
母に誘われたシオンは内心で歓喜の舞を踊っていた。
宮廷魔術師であるエリート魔術師に、会話する価値のある相手だと、そう認められたような気がして。




