第23話 終幕、そして……
遠くから聞こえてくる破壊音を、マウスは笑顔で聞いていた。
旦那たち、随分と楽しんでいるなあ、と。
まさか年端も行かぬ子供達にやられているとは思いもせず。
「オレもちょっとだけ遊んじゃおうかなぁ。なあ、どう思う? 君」
「か……はっ……」
「ああ、悪い悪い。喋れる状態じゃなかったね」
マウスの足元で、使用人のメイドの一人が声にならない嗚咽を漏らす。
その様子をマウスは愉し気に眺めていた。
「動けない相手を一方的に嬲るってのは良いよなぁ……それも邪魔が入らなければ、だけど?」
マウスが視線を向けた先、廊下の先から迫る何者かの気配を彼は感じていた。
「誰?」
「……賊に語る名などない」
暗闇から月明りの元に現れたのは、この屋敷の当主、ウィリアムであった。
その背後には固唾を飲んで見守るオズワルドの姿もある。
「父さん……僕は……」
「お前は見ているだけでいい。実戦は初めてだろう。なに、すぐに終わる」
息子を守る様にマウスの前に身を晒すウィリアムに、
「くはっ! 確かに一瞬で終わっちまうかもなぁ!」
破顔したマウスが魔法陣を展開する。
セバスを圧倒した、その術式を。
「──『白風』!」
「…………」
「え? あ、あれ……?」
「ふん。莫迦め」
術式を起動したのに倒れないウィリアムに困惑する。
自分は確かに魔術を行使したはずだった。
「魔法陣は隠して出すのが魔術戦の基本だ。熟練の魔術師ならそこに描かれた術式を見ただけで看破できる」
「は? まさか……オレの魔術を見抜いたってのか!?」
マウスの言う通り、ウィリアムはその術式の正体を看破していた。
魔法陣に刻まれた術式の肝、それは言ってしまえば酸素濃度の操作にあった。
それも極小範囲限定の術式。
対象の口内近くの空気の酸素濃度を低下させるだけのもの。
大気に含まれる酸素は約21%、それが高所などの条件下で薄まると人は頭痛やめまいなどの症状を引き起こす。
更にそれが6%を下回ると、たった一呼吸しただけで人は失神してしまうのだ。
いわば見えぬ猛毒、それが彼の魔術『白風』の正体であった。
だが、その魔術規模は決して大きくはない。
分かってしまえば簡単に対策が出来てしまう程度のものだ。
具体的には呼吸を止めるだけでもこの魔術は効果を発揮しない。
もっと言うなら、高位の魔術師なら魔力操作で体内に発生した魔術の術式を乱れさせてやるだけでガードできるのだ。
「あり得ねぇだろ、あんな一瞬で! できるわけがない……ッ!」
「何を今さら動揺している?」
右手を掲げるウィリアム。
彼が展開した魔法陣はマウスから見て垂直に、つまり、その術式内容を看破できないように展開されていた。
「言ったはずだろう……すぐに終わる、と」
マウスが聞き取れたのはその言葉が最後だった。
「──『暴風』」
ウィリアムが右手を横薙ぎに振るうと同時に、マウスの身体が宙を舞う。
弾丸のような勢いで吹き飛ばされたマウスは窓ガラスを突き破り、屋敷の外へ吹き飛ばされる。
自分が直接、魔術で投げ飛ばされたのだと気付くことはできなかった。
それほどに素早く、滑らかな魔術行使だったから。
ウィリアムがそうしたように、魔力で自分を守ることすら間に合わない。
まさしく神速の魔術行使であった。
「がはは……これがホンモノ……かよ、まったく……化物だなこりゃ……」
ぐらぐらと回る視界。
全身のあちこちで骨が砕けていると分かる。
それでいて死なないようにウィリアムは投げ飛ばしていた。
動くことすらままならないマウスの前に、影が現れる。
「あ……?」
いや、それは影のような男であった。
「なんだ……助けに来てくれたんすか……ボス」
突如現れたのは、シオンに自らをシャドウと名乗った男だった。
彼はまるで子供をあやすかのような手つきで、マウスの頭に手を伸ばす。
「酷くやられたものだな。良い教訓になっただろう。我々は魔術師だが、決して強者ではないと。むしろその逆だ。故に我らは闇に乗じ、影に隠れて事を行う必要がある」
「へへ……次は気を付けます……」
「次、か」
「ええ。へへ、へ……へ?」
体を何とか起こし、見上げるマウスはシャドウの瞳と目が合った。
マウスを見下ろすシャドウの瞳は、底冷えするような冷たさを纏っていた。
「……ボス?」
「次はない。お前はここで死ね」
「────っ!?」
言われた言葉に体が凍る。
金縛りにあったかのような感覚にマウスは陥る。
そんな彼に、シャドウは……
「……ふっ、冗談だ。あまり反省していないようだったのでな。少しは懲りたか?」
「え、冗談? なんだもぉ、やだなぁ……一瞬、本気にしたじゃあないっすか」
「これぐらいしないとお前は反省しないだろう。なに、ちゃんと連れて行くから許せ」
ぐしゃぐしゃとマウスの頭を撫でつけながら、シャドウは魔法陣を展開する。
先ほどシオンの前で使ったものと同じ、瞬間移動の術式だ。
最後にシャドウは屋敷を見て、一瞬、名残惜しそうに眺めたあと……
「……『超躍』」
その場からマウスと共に姿を消した。
まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、音もなく。




