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三級魔術師シオンの革命的魔術理論 ~出来損ないと呼ばれても魔術の道を究めてみせる~  作者: 秋野 錦
第一章 幼少年期篇

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第21話 土の魔術師


 シオンはいつの間にか眼前に出現していた『土兵(ゴレム)』に驚かずにはいられなかった。

 なにせモリアンから、魔術行使に必須と言われてる詠唱が聞こえなかったから。


「……君は土の魔術師だったのか。だが、何をした? なぜ無詠唱で魔術が……」


「教えるわけないでしょ。バカなのあなた?」


 先ほど殺されかけたというのに、モリアンは冷静に言葉を返していた。

 手の内を明かすような愚も犯さない。


 とはいえ、語るほどのトリックでもないのだが。

 モリアンが行ったのは唯一つ。魔術の遅延行使である。


 つまり、モリアンはこの部屋に入る前、すでに詠唱を終えていたのだ。

 待機させた術式に魔力を通せばすぐに発動できるよう、待機させていただけ。

 たったそれだけのことなのである。


 だが、それが、その技術こそが軍事国家グレン帝国出身モリアンの魔術師としての最たる強みでもあった。

 研究目的とすれば不要どころか邪魔ですらある技術だが、こと戦闘となれば話は逆転する。最初の一手に限り、確実に相手の虚を突ける隠し玉となるのだ。


 シオンが会得した『多重奏(アンサンブル)』と名付けた魔術理論。


 僅か半年という期間で習得できたのはシオンが『自動型書記(タイプ・ライター)』の開発時に、繰り返し動作する術式について学んでいたというのが大きかったが、それと同時にモリアンが魔術の遅延行使の使い手であることも大きな要因であった。


 普通の術者には扱えない、高等技術。それが遅延行使だ。


「……危険な女だ」


「あらそう? 嬉しいわね。ミステリアスな女を目指してるもので」


「…………」


「…………」


 僅かな沈黙。

 次に動き出したのはほとんど同時であった。


「──『爆炎(ボムズ)』」


 壁を破壊した時に出た瓦礫を手に取り、投げつける男。

 だが、その魔術の正体を既にモリアンは看破していた。


「──『土兵(ゴレム)』!」


 床が盛り上がり、土とは異なる材質で生まれる大理石の土兵。

 それは先ほどと同じく、爆風を受ける即席の盾となる。


 ……だけではない。


 先ほどは事前に術式を組み込んだがゆえに、術者を庇うという簡単で汎用性のある命令しか組めなかったが、状況を把握した今ならもっと複雑な指令が下せる。

 つまりは、目の前の敵を叩け……と。


「ぐっ……!」


 目の前に振り下ろされた土兵の腕に、ひやりと背筋に冷たいものが走る。

 まともに受ければ無事では済まないだろう。

 それだけの質量と速度であった。


「ちぃ……! 『爆炎(ボムズ)』!」


「無駄よ。その魔術の出来ることは把握しているもの」


 投げつけられた瓦礫が届く前に、『形成(ヴィルド)』の魔術で床を棘状に変化させ、叩き落す。

 と、同時に音を立てて爆発する瓦礫。


 ここまで見れば、シオンにもその魔術の内容が理解できた。

 つまり……


「……触れたものを爆発させる魔術、でしょ? 遅延行使で時限爆弾みたいに使ってるあたりは器用だと評価してあげるわ」


 モリアンが一見して男の魔術を見抜いたのは、男が自分の得意技術と全く同じ技術を利用していたから。

 皮肉なものだと思う。同時に、不憫だとも。


「魔術をそんな風にしか使えないなんて……可哀想な人ね」


「…………ッ!」


 男の顔に焦りと怒りが浮かぶ。

 そこでモリアンは自分の優勢を悟った。


 そして……それが彼女の()()となった。


「──『業火(ヘル)・……」


 両手を前に出した男から広がる魔法陣。

 それは今まで使っていた『爆炎』とは違う術式であった。


「……獄炎(ブラスト)』ッ!」


 ゴウッ! と音を立てて放たれる炎の渦。

 大量の魔力が放出され、一体を熱の海へと変えていく。


 これだけ大規模な魔術行使はモリアンにとって予想外であった。

 この距離で使えば術者にも危険が及ぶ。そのリスクを度外視した行動。

 彼女が咄嗟にできたのは、これまでと同じ防御術式のみであった。


「──『土兵(ゴレム)』!」


 目の前に生まれる土の盾。

 だが、それも爆炎にすぐに飲まれていく。


 粉々に砕け散り、無数の隕石のように振りかかる土兵の残骸。

 防ぎきれなかったのだと、モリアンは瞬時に敗北を察した。


 今から別の魔術を行使する暇はない。

 だから……


「え……?」


 彼女に代わり、前に出たのはこれまで静観を続けていたシオンだった。

 シオンはずっとこの瞬間を待っていた。


 師匠の邪魔にならぬよう、そして、師匠が窮地に陥った時、逆転の一手を打てるように。

 溜めて、溜めて、溜め続けていた……術式の再填を、行い続けた。


 シオンの眼前に広がる巨大な魔法陣。

 飛来する瓦礫全てを覆い尽くすほどの魔法陣は、それだけ術式の難解さを示している。


 自分に扱いきれるだろうか?

 一瞬の迷いをシオンは振り切る。

 ここで決めなければ……男ではない、と。


「──『微風(ブレス)』」


 男の顔に笑みが浮かぶ。

 シオンの魔術が誰もが知る風系統の低級魔術だと分かったからだ。


 その程度の魔術では爆炎を払うことはできないと、笑ったのだ。

 しかし……


「……『四重奏(カルテット)』!」


 巻き上がる暴風に、その笑みがかき消える。

 なんだ、これは……と。


 先ほどまでシオンたちに向けられていた爆風、爆炎、その全てが反転し、男に向けて襲いかかる。

 それはまるで夜空を奔る流星のように男の身体を穿つ。


 そのひとつは男の右目を貫き、絶叫が走る。

 その声が決着の合図となった。

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